第53話 疑惑の視線?
……あ!
これ、勘違いされてる。
急に万札を出した俺。
普通の中学生は、五万も持っているわけがない。
給食費盗難事件の犯人だと思われたに違いない。
そもそも無実なのに、容疑者扱いされていた。
証拠不十分で、犯人にされなかっただけなんだ。
背中にじわりと汗がにじむ。
俺は慌てて口を開いた。
「俺、探索者をしていて、一回行けば三万以上稼いでるんです。学校が終わってから、夜の九時くらいまで、池袋西探索者ビルのダンジョンに潜ってるんです」
早口になっているのが自分でも分かる。
こんなこと言っても、疑いが晴れるはずなんかないじゃん。
……くそ。
先生は黙って俺を見つめている。
その視線が痛い。
あ……そうだ!
証拠を、探索者カードを見せればいい。
「ちょ、ちょっと待ってください」
俺はポケットから探索者カードを取り出し、松本先生に手渡した。
先生は受け取ると、光にかざすようにしてじっと見る。
カードの縁、ホログラム、刻印番号。
視線が細かく動く。
「本物のようね……でも、探索者って、そんなにお金になるものなの?」
当然の疑問だ。
何しろ俺は毎回スライムゼリーを手に入れているが、普通は五回に一回ほどらしい。
俺とだいたい同じくらい、例えばスライムを五〇匹倒した場合、その収入はスライムゼリー十個五千円、魔石五十個五千円で、合計一万円と予想できる。
ははは……ダメじゃん。
証拠になってないわ。
「たぶん、人それぞれじゃないですかね。俺って結構稼いでる方だと思いますし」
……まだ、疑いは晴れていない。
松本先生の表情で分かる。
目が疑っている。
……当然だよな。
俺は一瞬だけ迷った。
本当は、あまり人に見せたくないけどな。
探索者口座を作成した時に渡された通帳と黒いカード。
通帳には、預金残高が記されている。
その額は千四十七万三千三百円。
見せたくはないが、これを見せれば疑いは一気に晴れる。
給食費盗難事件で盗まれた金額より圧倒的に多いのだから。
……しょうがない。
「これを見てください。俺の探索者通帳です。大きな収入があった時は、現金渡しじゃなく、口座振り込みになるんです。俺、結構稼いでるでしょう」
通帳を取り出し、先生の前でページを開いた。
先生の視線が、数字で止まった。
「え! え! 一千万……円?」
小さくつぶやく先生の目が、大きく見開かれていた。
俺は慌てて、人差し指を唇の前に立てた。
「しーっ」
周りには、参考書コーナーで立ち読みしている学生や、子どもに問題集を選んでいる親の姿もある。
聞かれるのはまずい。
「あ、ご、ごめんなさい」
松本先生は、両手で口を覆いながら俺を見つめた。
そりゃ、ビックリするよね。
貧乏で、高校に行けないと言っていた中学生の通帳に、七桁どころか八桁の数字が並んでいるんだから。
「隠していたわけじゃないんですよ。俺も探索者に成って、まだそんなに経ってないんです。始めたのはサッカー大会の前の日なんで……」
「そんなにたってないのに、もうこんなに稼いだの?」
「たまたま、プラチナの塊を手に入れて。……それが1千万円になったんで」
俺は、先生の耳元に顔を近づけ、小声で告げる。
夏の匂いの中に、先生のシャンプーの匂いが混じる。
松本先生は両手で口を覆いながら、俺を見つめた。
「……そんなこと、あるのね」
さっきまでの疑いは、完全に消えている。
代わりに、戸惑いと少しの安堵が浮かんでいる。
1千万円を除いても、残りは四十七万円以上ある訳だから、すごく高給取りなのは、間違いない。
「高校に行けるじゃない? 高校受験した方がいいわよ。お母さんは、なんて言ってるの?」
……そう来たか。
そりゃ、先生だもの、そう言うよね。
金があるなら、貧乏だから高校に行けないという理屈は成り立たない。
確かに成り立たないが、俺は高校に行っても、絶対ボッチで、いじめの対象になるだけだ。
俺のとーちゃん……泥棒で、刑務所の中ですよ。
嫌な思いをするだけなのに、行きたいはずがないじゃないか。
それに、探索をする時間も減るしね。
「あの――高校に行っても、不登校になりそうだから、俺としては、高卒検定のほうが嬉しいかな……」
書店の中を、冷房の風が静かに流れる。
先生はすぐには何も言わなかった。
ただ、まっすぐに俺を見つめて考えている。
「そうよね。きっとそうなるわね」
先生は、小さく息をついてから続ける。
「それに、もう就職しているようなものだもの。働く時間を増やしたいと思うのは、当然か……」
そうそう。
先生だって、そう思うでしょう。
「はい……」
短くうなずく。
本当は、少しだけホッとしている。
否定されないで良かったぜ。
「探索者って仕事には、いいイメージを持っていなかったけど……案外、夢のある職業だったみたいね。考えが、改まったわ」
先生は苦笑した。
「プラチナの塊を手に入れたのは、宝くじに当たったようなものだから、それは、あまり参考にしないほうがいいです。俺が一日三万円くらい稼いでいるって言っても、新人の一日の稼ぎなんて、一万円くらいだと思いますよ」
「まあそうでしょうね。私も今までそういう認識だった。命の危険も大きいし、普通の人はなりたがらない職業だって」
「それで、合ってると思いますよ」
先生は小さくうなずき、そしてふっと笑った。
「でも、宝くじは――買わないと当たらないものね」
実際は、運だけではプラチナの塊を手に入れられない。
メタルスライムに出会うのは、運かもしれないが、倒せる実力がなければプラチナの塊は絶対手に入らない。
逃げ足がすごく早くて、倒せるのはかなりの実力者だけだ。
しかも、ドロップ品を落とす確率も低いはず。
並の探索者がプラチナの塊を手に入れられる確率は――ほぼゼロだ。
「……まあ、そうですけど」
とりあえず、そう答えて苦笑い。
ここで細かい説明をして、真実を伝える必要もないし、伝えること自体が自慢になってしまいそうだ。
「じゃあ、予定通り、天心君は高卒認定を受けるってことで、参考書を選びましょう」
松本先生は、本棚のほうに視線を移した。




