第40話 一斉テスト一日目
翌日、月曜日なので俺は学校に行った。
保健室に直行である。
白いカーテン越しの朝の光と、消毒液の匂い。
いつもと変わらぬ保健室には、松本先生が机に座っていて、俺が入っていくと振り返って機嫌のよさそうな声をかけてくる。
「おはよう、天心君。今日は、テストの日だからね」
なんだか、嬉しそうな顔してる気がする。
ドSかな?
俺は、全然嬉しくないんだけど。
「おはようございます」
先生は俺の挨拶に軽く頷き、壁際に用意された机と椅子を指さした。
そこに座って、テストを受けろってことは分った。
「午前に3教科テストをして、給食はなしよ」
一斉テストの日は半日で終わりだ。
午後はダンジョンで長い時間稼げそう。
「はい」
俺は椅子に腰を下ろし、筆記用具を取り出す。
周りに誰もいないところでテストを受けるのには、ちょっと違和感を感じる。
「チャイムが鳴ったら問題用紙を配るから、それまで勉強していていいわよ」
教科書ガイドを渡された。
「はい」
一限目は英語だ。
ページを開き、テスト範囲に目を走らせる。
僅か五分の時間でも、直前の五分で詰め込んだ知識は点数に直結する……ってこともないか。
昔の俺ならそうだったけど、今は俺の知力がかなり上がっている。
この前覚えた内容は、ちゃんと頭の奥に残っている気がするんだよね。
あり得ないスピードで、パラパラとページをめくっていく。
そんなスピードで読めるのも、ステータスアップの影響だ。
スチールってすごいチート能力だぜ。
一限目のチャイムが鳴り、俺は本をしまい、先生は手にしたテスト用紙を机の上に置いた。
「はい。はじめー」
俺はシャーペンを取り、問題を読み始めた。
……分かる。
……解ける。
設問を読むたびに、答えが自然と浮かぶ。
文法も単語も、引っかかるところがない。
テスト範囲は、丸まる頭に入ってる。
この前までは、全然分からなかったんだけどね――。
俺は、五分で解き終え、五分見直しをして完璧だからとペンを置いた。
後ろから覗き込んでいた松本先生が、大きく息をつく。
俺が「できました」と視線を送ると、先生は「仕方ないわね」というように頷いた。
「本来なら、もう一回見直しなさい……って言うところだけど、必要ないみたいね」
後ろからのぞいていたから、俺の回答はチェック済み。
もしかして、満点かな?
テスト用紙を回収し、二限目の歴史の教科書ガイドを差し出してきた。
「チャイムが鳴るまで勉強してる?」
「そうします」
たぶん赤点は取らないと思うけど、ここは『人事を尽くして天命を待つ』だ。
ページをめくるたびに、文字がそのまま脳裏に焼き付いていく。
覚えようとしなくても、勝手に入ってくる。
テスト範囲はすぐに終わっちゃったので、最初のページから読み直すことにした。
それでも、終わりのチャイムまでに三回読み返せた。
「始まりのチャイムが鳴るまで好きにしていいわよー」
松本先生は軽い調子でそう言い、椅子の背にもたれる。
もう準備は万全なので休むことにする。
たった十分でも、することがないと手持ち無沙汰だ。
かと言って、松本先生と話すこともないし、その気もない。
「天心君、トイレは大丈夫?」
暇そうな俺を見て先生が話しかけてくる。
「はい。大丈夫です」
「社会科のテストも、天心君なら十分くらいで終わらせそうね」
確かにその通りだ。
五分で終わらせて、五分で見直し。
「そうですね」
「三教科目は国語だけど、十分で終わったら、チャイムを待たずに帰りたい?」
国語のテストも十分で終わる感じかな?
「まあ、それはそうですね」
「でも、ダメよ」
なら最初から聞くなよ。
やっぱりドSだわ。
「チャイムが鳴るまで勉強時間だから、早く帰ると早引き扱いになっちゃうわよ」
それじゃあ、時間いっぱいいた方がいいな。
僅かな時間で早引きになるのは、とても損だ。
ご忠告痛み入る。
「だから、早く終わったら数学の勉強でもしましょうか? それとも、認定試験合格用の勉強をする?」
テスト勉強は、明日すれば間に合う気がする。
「認定試験合格用の勉強で」
「分かったわ。昔私が使ってた英語と数学の参考書を持ってきてるからそれを使いましょう」
二教科か?
「どっちがいい?」
片方ね。
「じゃあ、数学で」
「分かった」
ちょうどそのとき、二限目の始めを知らせるチャイムが響く。
「社会科のテストの時間よ」
松本先生が立ち上がり、机の上にテスト用紙を置く。
俺は背筋を伸ばし、シャーペンを手に取る。
問題用紙に視線を落とす。
設問を読んだ瞬間に、答えが頭の中に浮かぶ。
シャーペンを走らせる。
迷う箇所は一つもない。
五分で完了、見直しも五分で終わった。
もう終わったのかという目で見てくる松本先生。
解答用紙をスッと差し出す。
「はい。じゃあ、国語の教科書ガイドでも読んでおいて」
チャイムが鳴るまで次の科目のテスト対策だ。
国語の教科書ガイドを開き、設問の出そうな箇所を意識しながら読み進める。
文章の構造、作者の意図、語句の意味。
以前なら苦手だったはずなのに、今はスッと頭に入ってくる。
やがてチャイムが鳴り、短い休み時間に入った。
今度はトイレに行かせてもらおう。
「トイレ、行ってきます」
「はいはい、どうぞ」
廊下に出ると、教室の方からざわざわとした声が聞こえてくる。
教職員用のトイレを使わせてもらった。
三年は三階で、ここは一階だからね。
用を足して保健室に戻ると、ほとんど間を置かずに三限目を知らせるチャイムが鳴った。
「じゃあ、国語のテストを配るわね」
松本先生が新しい問題用紙を机に置いた。
最初の漢字問題は、拍子抜けするほど簡単だった。
次も、その次も、特に迷うところはない。
ステータスが上がって、頭の回転が速くなった今なら分かる。
国語はセンスじゃない。
論理だ。
該当箇所を読み直す。
主語は誰か。
その発言は事実か、感情か。
作者が強調している言葉はどれか。
小さく頷いて、ペンを走らせる。
結局国語は見直しを入れて十二、三分かかってしまった。
俺が軽く手を挙げると、先生は一瞬だけ眉を上げ、それから小さくため息をついた。
「……はいはい、分かりました」
松本先生は、呆れたように、でもどこか感心したように、テスト用紙を回収する。
「十分って言ったけど、本当はもう少し時間かかると思ってたんだけどね」
他より少しは、時間がかかったぞ。
「他より時間がかかったのは事実ですね」
「もいいわ。天心君がすごいのは分かってたからね。じゃあ、認定試験合格用の勉強しましょう。これは、数学1の参考書。読んで問題解いて、分からないところは聞いてちょうだい」
「はい」
俺は数学1の参考書を受け取ると読み始めた。




