表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
祝15万PV達成 『親ガチャ失敗・俺の親、泥棒ですが何か!』 怪盗紳士は『スチール』極めて成り上がる。  作者: 米糠


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/118

第39話 心の整理



「……探索者、か。本当にあれからやっておるんじゃのう」


 道造さんはそう呟いてから、少しだけ考える間を置いた。


「稼げとるのは、悪いことじゃない。じゃがのう」


 言葉を選ぶように、ゆっくりと続ける。


「それは今だけの話じゃ。いつまでも安定して稼げるとは限らんぞ。怪我をしたらそれまでじゃ」


 この前も、安全を心がけて、無理をするなといったな。


「……はい。でもこれを見てください」


 俺は、探索者ビルで作った通帳を手渡す。


「この前、プラチナ塊を手に入れて、すごい大金になったんです」


 一千万だよ、一千万!


「なんじゃ? プラチナ塊じゃと」


 俺の通帳を開いて残高を確認する道造さん。


 その目が数字を追って泳ぐ。


「一千万じゃと! こ、こ、これは、本当か」


 通帳を裏返して、またもたもとに戻す。

 数字の桁数を数えなおす。


 通帳は、本物だからね。


「だから、お金の心配はないですよ」


 道造さんが、俺の笑顔をポケッっと見返した。


「う、うん!」


 咳払いして真顔に変わる道造さん。


「無理をせず、怪我さえしなければ、当面は大丈夫そうじゃのう」


 心配して損したという顔だ。

 渡した通帳を返してくる。


「さて、そうなると、あとは母親が帰らん理由じゃな……」


 道造さんは腕を組み、畳に落ちた影を見つめた。


「まず一つ。事故や病気で、身動きが取れん可能性――じゃが、その場合、警察か病院から連絡が来るはずじゃなあ」


 そうなんだよね。

 俺もそれは考えた。

 今の日本、家族なら絶対連絡が来るはずなんだよ。

 家に連絡が来なくても、学校に来ることだって考えられる。

 だから、その線は薄いってことだよね。


「次。借金や厄介ごとを抱えて、姿をくらました」


 その言葉は、重かったが、妙に現実的だった。


「……家賃が三か月分、滞納しとったんじゃろ?」


「はい」


「なら、その線は薄くないのう」


 他にも借金がたくさんあるとか?

 サラ金から金借りたとか?

 

 でも、サラ金が取り立てに来たことは、今まで一度もないよなあ?

 ……たぶん、その線も薄いと思う。

 

「最後は……」


 道造さんは、一瞬だけ言葉を止めた。


「自分の意思で、帰らんことを選んだ場合じゃ」


 胸の奥に、鈍い痛みが走る。

 男と駆け落ちしたってことだよね。

 俺が一番ありそうだと思っていた仮説だ。


「……俺を置いてってことですか?」


「可能性の話じゃ」


 道造さんは、すぐにそう付け加えた。


 俺は、膝の上で拳を握る。


「……俺、迷惑だったのかな」


 思わず、口からこぼれた。


 道造さんの視線が、すっと鋭くなる。


「馬鹿を言うでない」


 低く、しかしはっきりした声。


「子どもが迷惑になることなんぞ……ない。それを迷惑だと思うなら、大人のほうが間違っとる」


 言ってることは正しいと思うけど、俺のかーちゃんだし、間違っちゃう可能性って高そうなんだよね。


 男と一緒に暮らしたいなら、俺は邪魔に違いないし、第一男が許すはずないじゃん。


 要するに、俺と男を天秤にかけて、男を選んだだけのこと。

 人間としてはダメだけど、かーちゃんらしいと言えばかーちゃんらしいよ。


「お前が悪いわけじゃない。それだけは、覚えとけ」


 道造さんが何か言っているけど、俺の耳にはもう入ってこなかった。


 やっぱり、俺は捨てられたんだ。

 それが一番しっくりくる。

 

 別に悲しくなんてない。

 悲しくなんてない。


 悲しくなんかないはずだけど、俺の頬を一筋だけ熱いものが流れていた。


 俺は、急いでそれを腕でふいた。


 これで、すっきりしたぜ。

 女々しい心にけじめをつけたかったんだよね。


 道造さんは、ふっと息を吐き、少しだけ表情をゆがめる。


「道造さん。俺、なんだかすっきりしました。これからちょくちょくお世話になって良いですか? デイトレードとか、できるようになりたいし」


 俺は思いっきりの笑顔を作りながら、話題を変える。


「もうすぐ夏休みだし、そうしたら、デイトレードやってるところを見学したいな」


 俺の作り笑顔を、道造さんはじっと見ていた。


「ああ、ええぞ。夏休みになったら見せてやる。九時が一番大事な時間じゃ。夏休みになったら八時半にはここに来とれよ」


 道造さんは、言いたいことはあるはずなのに、俺の話題変更に乗ってくれる。

 

『……無理に、明るくならんでもええ』

『すっきりした、なんて顔じゃないぞ』

『人はな、納得したつもりでも、心が追いついとらんことがある』

『頭で整理できても、腹の底が納得せんこともあるんじゃ』


 そんなことを言われていたら、俺はかえって辛かっただろう。


「分かりました。よろしくお願いします。師匠!」


 俺は鮭握りにかぶりついた。

 不思議とさっきより味がした。

 しょっぱくて、甘くて、やけにうまい。


 かーちゃんには、捨てられたかもしれない。


 でも、捨てる神が有れば、拾う神もいる。

 

 道造さんは、確かに俺を拾ってくれている。


 夏休みになったら、デイトレードを習いに来るぞ。

 実は前々から実践を見てみたかったんだよね。


「うむ。それでは少しだけ、基礎講座でもしてやるかのう」


 道造さんはそう言って腰を浮かせた。

 畳の上をきしませながら机に向かい、わりと新しそうなデスクトップパソコンを立ち上げる。

 起動音は控えめで、静かな部屋に「カチッ」というキーの音だけが響いた。


 俺は、道造さんの後ろから、少しだけ身を乗り出す。

 画面を覗き込む距離が、思ったより近い。


 インターネットを立ち上げ、慣れた手つきで証券会社のサイトを開く。


「これが、わしのやっておるデイトレードの画面じゃのう」

 

 ログイン画面が表示された。

 道造さんはキーボードを叩き、IDとパスワードを入力する。

 次にメールソフトを開き、送られてきたワンタイムパスワードを確認して、また画面に戻した。


「最近は、ハッカー対策でログインや取引の手続きが面倒になっててな……」


 画面が切り替わるまでのわずかな待ち時間。

 俺は、なんとなく息を詰めて見守っていた。


「ハッカーって、泥棒みたいなやつですか?」


「そうじゃ。証券口座を乗っ取って、全財産を持っていくようじゃぞ」


「そんなことができるんですか?」


「被害総額は一月で数千億ともいわれとるのう。知らんけど」


 桁が大きすぎて、正直よく分からない。


「凄いんですね」


「そういうわけで、セキュリティー強化のために、二重、三重の手続きをせにゃならんようになったんじゃ」


 そう言いながら、道造さんは画面を操作する。

 数字が動き、グラフが現れ、株価の一覧がずらりと並んだ。


「あ、そうそう。デイトレードをするのには、こういうような証券口座を開設せにゃならん」


「中学生でも作れますかね?」


「うーむ」


 道造さんが眉間に皺を寄せ、画面から目を離さずに考える。


「……今時、親が子の口座を作ることはできそうじゃからな」


 そうなのね。


「いずれにしても銀行口座とマイナンバーカードがあれば作れるはずじゃから――天心の場合は探索者口座の通帳を使えば大丈夫じゃろう」


「良かった。じゃあ、俺でもできそうですね」


 その晩、俺は道造さんに、板の見方、注文の出し方、利益と損失の考え方――一つ一つ、根気よく説明を受けた。


 難しい言葉は多かったけど、道造さんは必ず噛み砕いてくれる。

 俺が分からない顔をすると、何も言わずに説明をやり直してくれた。


 気がつくと、外はすっかり暗くなっていた。

 窓の向こうには、夜の公園の灯りがぽつぽつと浮かんでいる。


 キーボードの音と、道造さんの低い声。

 それが、今夜の俺には妙に心地よかった。


 こうして俺は、

 探索者とは別の世界――

 数字で戦うもう一つの戦場の入り口に、足を踏み入れたのだった。



 




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
更新頑張ってて凄く助かります とても面白いです 作者様のモチベがある限りずっと応援してます
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ