第30話 かーちゃん
俺はその後、国語を教わって学校を出た。
もちろん去年のテスト問題で満点を取っている。
松本先生も、柔らかな笑顔で俺を送り出してくれた。
校庭には部活の掛け声が響いていた。
明日は土曜日で、お休みだ。
月曜から二学期の分の勉強をすることになるのだろうか。
家に着くと、かーちゃんはまたいなかった。
玄関を開けた瞬間、生活の気配が薄いことに気づく。
てっきり仕事から帰ってきて、寝ているかと思っていたが、予想は外れていたようだ。
これで三日は会っていない。
家の中を見回して、かーちゃんの痕跡を探す。
今朝と何か変わったところがあれば、かーちゃんが帰ってきて、また出かけた証拠になるが、どこも変わっていない気がする。
部屋の照明も朝から変わっていない。
炊飯ジャーのご飯も減ってはいない。
流し台の食器も、俺が朝に見たまま動いていない。
……まさか、かーちゃん、三日間帰ってきていないのかな?
そんなことありえないよね。
なんとなく胸騒ぎがした。
大きくゆっくり息を吐き出す。
きっと今に帰ってくるさ。
たぶん仕事に行ってるだけだ。
そうだ、そうに決まってる。
このまま池袋西探索者ビルに行って、今日の仕事をするべきか。
それとも家で、かーちゃんの帰りを待つべきか。
俺は、結論を出せずに暫くそのまま立ち尽くしていた。
結果的に俺は家でかーちゃんを待っていた。
気を取り直して台所に立つ。
味噌おにぎりを作って晩飯にする。
その後は風呂に入ってテレビを見る。
バラエティ番組の笑い声が部屋に響くが、どこか空虚だ。
夜八時になってもかーちゃんは帰ってこない。
お水系の仕事で、今晩も帰って来ないという可能性だってないわけじゃない。
男と一緒に、俺を捨ててどこかに逃げたなんて……ないよね。
事故にあって、病院に入院してるとか?
考えたくない想像が、勝手に頭に浮かぶ。
今に……突然帰ってくるかも。
ドアが開く音がして、「ただいま」って声がするかも。
テレビの中身が、まったく頭に入ってこない。
時間が止まったように流れていく。
気が付くと、もう時計は十一時を過ぎている。
俺は、布団をひいて横になる。
天井の木目が、俺を見つめる目のように感じられた。
クソ!
……眠れねーじゃん。
俺は、ガバッと体を起こす。
首を左右に振って、嫌な考えを振り払う。
俺は、布団から出て体操着に着替えると、顔を軽く掌でたたいてから家を出た。
こういう時は、走って全てを忘れよう。
俺は暗い夜道を駅前に向かって走り出した。
電柱の明かり、閉店した店の看板灯を頼りに走り抜ける。
全力で走ると速すぎるので、適度な速さに加減するが、それでも早い。
あっという間に駅に着いた。
シャッターの下りた改札と、静まり返ったロータリー。
もう終電も終わっていた。
俺はその場で踵を返し、再び自宅を目指す。
くそったれ!
今晩かーちゃんは帰ってこないこと確定じゃん。
ほんとにかーちゃんは、どこに行ったんだよ。
無我夢中で走り続け、気が付いたらもう自分の家の前だ。
玄関の前で立ち止まる。
ドアノブに手を伸ばしかけて、やめた。
中に入ったところで、何かが変わるわけじゃない。
寝るか?
寝れるか?
寝れそうにない。
目を閉じたら、余計なことばかり考えそう。
もう1周するか……それとも――スライムを狩るか。
八つ当たりじゃないけど……スライム狩りに集中すれば、かーちゃんのことは考えなくて済むかもしれない。
俺は、また走り出した。
今度は加減せず、人の目も気にせず全力だ。
今はもう、一時過ぎ。
この時間、裏道になら人も車もいないはずだ。
一気に池袋西探索者ビルまで駆け抜ける。
異常なスピードで駆け抜けても、目撃者には出会わなかった。
池袋西探索者ビルに入ると受付窓口は一つだけ空いていた。
つまりゲートは開いているということ。
この前徹夜をした時の状況で、開いていることは分かっていたけどね。
息を切らせてゲートを通り、ロッカールームをスルーして第一階層に突き進む。
いたいた! スライム!
「スチール!」
声を出すと、少しだけ楽になる。
考える前に体が動き、同じ動作を繰り返す。
俺はスライムを狩り続けた。
何匹倒したか、途中から分からなくなった。
百匹ほど狩った頃、ようやく強い眠気が押し寄せてくる。
たぶん明け方近くになったのだろう。
ロッカールームで、リュックに魔石とスライムゼリーを詰め、クロークで買い取ってもらう。
「スライムの魔石とスライムゼリーを103個ずつですね。六万千八百円です」
金を受け取り外に出ると、東の空がうっすら明るくなりかけていた。
夏とはいえ、明け方の空気はひんやりしている。
夜が終わってしまったことだけが、少し怖かった。
眠いけど、家に帰ってから眠ろう。
かーちゃんが帰ってくるかもしれないし。
俺は眠いのを我慢して、自宅に向かって人並みのスピードで走り出した。
まだバスは動いていないから仕方ない。
家に着いた時にはもう東に朝日が昇っていた。
玄関を開ける瞬間、ほんの一瞬だけ期待したが、家の中は静まり返っていた。
予想通りかーちゃんは帰っていない。
そのまま布団に潜り込む。
眠りはすぐにやってきた。
目が覚めると昼だった。
あたりを見回すが、やはりかーちゃんはいなかった。
起きだして、炊飯ジャーで塩おにぎりを作る。
ご飯が余っているので、残さぬように夜用のおにぎりも作っておく。
もうご飯が硬くなってきていて、今おにぎりにするのも限界だから。
……ご飯、炊いておかなくてもいいよね。
こりゃあ、本当にかーちゃん帰ってきそうにないわ。
家出?
駆け落ち?
事故で入院?
事故で入院してたら、何かしら連絡があってもよさそうだよね。
やっぱ、俺……捨てられたのかな。
はっきり言って、俺より男を取るのは分かるよ。
俺って何の役にも立ってないしね。
単なるお荷物じゃん。
せっかく金を稼げるようになったんだから、最初の金で、かーちゃんになにか買ってあげればよかったのかな。
ちょっと、そこまで気が回らなかったわ。
バス代とか、飯代とか、手元に金を残しておきたかったってのもあったしね。
今なら、10万以上手元にあるから、何かしら買ってあげる余裕もあるのになあ。
帰ってきたら、何か買ってあげよう。
うん、そうしよう。
さて、またスライムを狩りに行こう。
うん、そうしよう。
俺は、塩おにぎりをほおばり、夜用の塩おにぎりはスライムの胃袋に収納して家を出た。
第30話時
赤嶺天心 ヒューマン 14歳 レベル3
職業 怪盗紳士
HP 9→10(+1146)
MP 0 (+968)
力 9→10
防御外皮 9→10(+464)
知力 8→9 (+963)
速さ 9→10(+457)
器用さ 13→14
スキル スチール(ユニーク)レベル3
スライムの胃袋(791)レベル2
消化液(557)レベル2
魔法 スライムバレット(111)レベル2
装備 なし
アイテム リュックサック
金 約21万




