第28話 個人授業
朝、目が覚める。
家の中は静まり返っていて、生活音が何ひとつしない。
台所の方をちらりと見ても、人の気配はない。
炊飯器の表示だけが、ぽつんと光っていた。
かーちゃん、帰ってきてないな。
もしかして、かーちゃん……お持ち帰りされちゃったのかな?
……人気が出るのは良いことかもしれないけど。
学校に間に合うように家を出る。
学校に着き教室に入ると、いつもの席に付く。
周りの生徒に壁を作るように机のパソコンに見入る。
……魔物の情報でも集めてみるか。
ネットの海を泳ぎながら、魔物の知識を漫然と拾っていく。
様々な魔物の情報が集まるので戦う時の役に立ちそうだ。
今の俺は、スライムとしか戦わないんだけどね。
……そのうち、きっと役立つことだってあるさ。
知識は無駄にはならないよ……たぶん。
担任の田淵が入ってきて、俺を手で招き寄せた。
何だろう?
俺は席を立ち、田淵と一緒に廊下に出て話始める。
「あの……なんでしょうか?」
俺がそう聞くと、田淵は少し声を落として言った。
「昨日、松本先生から話があった。おまえ、これから保健室で授業をうけるんだってな?」
あれ?
……そういう話になったの?
……保健室で松本先生が教えてくれることにはなったけど、それが授業を受けるってことになるのかな?
「えっと? 松本先生が、教えてくれるって言ったので、お願いはしましたけど……?」
「そうか。それでさっそく昨日、松本先生に教わったんだって? 個人授業だな」
田淵は、微妙な顔をして確かめてくる。
なんだろうな?
やきもち?
若くて美人の松本先生の個人授業だもんなあ。
「はい。教わりました」
「松本先生が、お前のことをすごく誉めていたぞ! 凄く賢いってな」
「……はあ」
確かに昨日、すごく誉めてたな。
「そういうことだから、お前はこれからは、朝から直接保健室に通うことになった。テストも同じ時間に保健室でうける」
田淵は、当然のことのように言った。
「はあ? じゃあ、朝……この教室に来ないで良いということですか?」
理解できずに聞き返す。
知力707のはずなのにね。
「そういうことだな。もう保健室に行ってもよいぞ」
田淵はあっさり答える。
もう俺には用が無いって感じかな?
追い払われたようで釈然としないが、ここで口答えしても仕方がない。
というより、正直……ちょっと、その方が嬉しいかも。
俺も同級生たちとは、できるだけ接触を持ちたくない。
「分かりました。それでは失礼します」
俺は頭を下げると、そのまま踵を返した。
教室には戻り、教材を抱えると、一直線に保健室へ向かう。
保健室のドアを開けると松本先生が机の椅子に腰かけている。
その背中を見ながら俺が声をかける。
「おはようございます。今日もよろしくお願いします」
「おはよう。赤嶺君」
松本先生は振り返り、笑顔を返してくれた。
「赤嶺君。今日から君は、教室に行かずに、直接ここに来てちょうだい。ここが、君の教室よ」
「はい。田淵から聞きました」
「給食もここで食べるからそのつもりでね」
「あ、そうですか?」
「私の分と一緒に持ってくるから、待っててくれればいいわよ」
そんなことまで、世話を焼いてもらわなくても……というか焼き過ぎでは?
申し訳なさすぎる。
「先生が取ってきてくれるんですか? 俺、取りに行くくらいはしますけど」
「職員室に届けられることになってるんだけど、取りに来る?」
職員室は……にがてだなあ。
顔色を変える俺を見て、くすりと微笑む松本先生。
「ほら。だから、私が取ってきてあげるって」
やってくれるというのだから、ここはお任せするとしよう。
ありがたすぎるぜ。
恩に着るわ。
「す、すみません。お願いします」
顔を赤らめながら、俺は先生にお願いした。
この前まで、避けられてると感じていたのに、この変わりようは何なんだ?
「では、さっそく授業を始めよっか!」
「は、はい」
松本先生は席を立ち、俺に机を譲ってくれた。
俺は、席について机の上に鉛筆を置いた。
「初めは、数学ね。1年生の教科書ガイドから始めましょう。はい、これ読んで?」
1年用の教科書ガイドが手渡される。
「ざっと目を通してね? 終わったらテストをするから」
「は、はい」
1年分まとめてテストするの?
範囲広すぎじゃない?
3年生にとっては、できて当然なのかな?
今まで、まじめに授業を受けてなかったから、できなくて当然な俺としては、無理を押し付けられているような気がするんですけど。
とりあえず、教科書ガイドを読み始める。
なんとなく簡単そうだわ、これ。
「テストお願いします」
「はい。これね」
準備されていたテスト用紙を渡され、問題を解き始める。
問題は、すらすらと解けた。
続いて二年の教科書ガイドを渡され読み始める。
先生は、テストの採点を始める。
「やっぱりねー。このくらいは出来て当然かー」
ぶつぶつ呟きながら採点を終えた松本先生が、振り向きざまに笑顔を見せる。
笑うと可愛いんだね、松本先生。
もともと綺麗な人だと思うけど、不愛想にしているときにはそれほどでもなかった。
冷たい先生というイメージ?
でも最近、優しくされてるせいか、やたらと綺麗なのが分かる。
あんまり関係ないけどね。
「ちゃんとできてたわよ。1年生の分は大丈夫ね。読み終わったら、2年生のテストをするわよ」
「はーい」
気のない返事を返し、視線は教科書ガイドを追い続ける。
よしーー終わった。
「テスト、お願いします」
「はい」
松本先生は、待ちかねたようにテスト用紙を渡してくる。
はいはい、すぐに解いてやるぜ。
なにせ、知力707は半端ない。
俺も驚いてるんだが、一読してすべて理解できたんだぜ。
……というより、読むまでもなく、書いてあることが当然そうなるしかないだろうという感じだ。
数学って、簡単だな。
俺は、2年用のテストをすらすらと解いた。
3年生なんだから当たり前なんだけどね。
続いて3年生用の教科書ガイドを渡された。
あれ、これ全部読まないでいいんじゃね?
どこまで読めばいいのか分からない。
今、授業でやってるとこまでなんだけど、それが分からんのよ。
「あの、どこまで読めばいいですか?」
俺の質問に採点を始めていた松本先生がハッとしたように振り返った。
「えっと。付箋を貼ってあげるから、ちょっと渡して」
「お願いします」
俺は、渡されたばかりの教科書ガイドを戻す。
受け取った松本先生が、すぐさま付箋を貼って返してくる。
「ごめんね。赤嶺君、授業を聞いてないから、どこまで進んでるかわからないものね。付箋のところまでが一学期の範囲だから」
「はい。分かりました」
「でも、一気に進んだわね。一日、いえ、半日で終わっちゃうなんてすごすぎるわ」
「まだ、終わってないですよ」
「でも、終わるのは確実みたいだし」
「はは、そ、そうかもですね」
「邪魔しちゃったかしら。読み始めていいわよ」
「あ、はい。じゃあ、読みます」
俺は渡された教科書ガイドを読み始めた。




