第227話 晩飯は『お食事処・酔いどれ』
池袋駅前でホカホカのお弁当とバーガーセットをそれぞれ1食分ずつ買いスライムの胃袋に収納した。
これが食べる時にほかほかなら、ばっちりだ。
そして自宅まで送ってもらった。
「それじゃあ明日、学校が終わったら新宿探索者ビルのエントランスホールで待ち合わせよ」
「うん。分かってる。綾華、勉強頑張ってね。じゃあ、また明日」
たぶん綾華のことだから、勉強は大丈夫だろう。
逆に、俺の方が、明日学校で周りのみんなになんて言われるのか心配になってきた。
1週間も休んでいたから、いじめの圧が激しくなったら嫌なんだけど。
田淵のやつ、俺が公休を取っていることを言ってはいないよね。
言ったことは、俺が特殊探索者だということを皆に知られたってことだ。
個人情報は、あまり公開して欲しくない。
探索者をしてることが、いじめのネタにならないとも限らない。
綾華を見送り、家に入る。
とーちゃんはいないから、たぶん『お食事処・酔いどれ』に入り込んでいるんじゃないのかな。
そろそろ晩御飯の時間だし、風呂に入ったら行ってみよう。
ゆっくり湯船につかって体を癒す。
「ふー! いい湯だ」
4泊5日の探索の疲れって、地味に残っているのかもしれない。
柔らかい布団のうえで眠れるのは、体の疲れに大きく影響するんだな。
風呂から上がり、水を1杯。
服を着たら晩飯に行こう。
見識眼で、とーちゃんが『お食事処・酔いどれ』にいるのを確認して、俺は家を出た。
『お食事処・酔いどれ』に入ってカウンター席に座る。
ここって、なぜだかあまり客がいないんだよな。
まだ早いからかもしれないが、今日も客は俺だけだ。
今までに、席が埋まっていて入れないということは、1度もない。
こんなに安くて美味いのに、どうしてもっと流行らないのだろうか。
「天心、今晩は何にする?」
とーちゃん、すっかり店員になり切ってるじゃん。
「今日は、豚角煮定食が良いかな」
女将さんが静かに頷く。
「で、サッカーの方はどうだった?」
「うーん。なんて言ったらいいのかな――」
俺はわざとダメだったような感じを出した。
「ど、ど、どうだったんだ。やっぱり駄目だったか?」
とーちゃんが、がっかりしたような、悲しいような......少し暗い顔になる。
「うーんと。あのね――」
引っかかったな......とーちゃん。
俺は、両腕で丸を作った。
「俺の事、......正式にSC東京の選手として採用したいってさ」
「え! 本当か? 本当に本当か?」
とーちゃん、信じられないのは分かるけど、そんなに何度も聞き返すなよ。
「まだ契約がどうなるかは分からないけど、SC東京の選手にはなれそうだね」
「それって、プロってことでいいんだよな。SC東京の選手ってのは、プロのサッカー選手ってことだよな?」
プロのサッカー選手以外にSC東京の選手がいるのかな?
「そうだよ。――プロってことでいいはずだよ。契約金とか全然決まっていないけどね」
「おい天心。ちょっとほっぺたをつねってくれ!」
呆然としながら、とーちゃんが言う。
俺は、思いっきりとーちゃんのほっぺをつねってやった。
「いてててて!!」
とーちゃんがほっぺを抑えて飛びのいた。
「あいたたた......痛いってことは、本当みたいだな。嘘はついていないよな?」
「嘘をついて何になるの? 本当だよ」
「そうか。――そうか......」
とーちゃんが喜びをかみしめるように拳を握りしめる。
「クハハハハハハ!」
とーちゃん突然笑いだしてどうしたの。
「それで、いくらくらい貰えるのかなあ?」
1年目の選手なんてたいしてもらえんだろう。
「5000万か? 6000万か? トッププレーヤーは3億、4億だからな。海外なんてもっとだろう」
そりゃ、トッププレーヤーはな。
1年目の無名の選手なんて、たいしてもらえないだろう。
とーちゃん夢を見過ぎだろう。
金ならすでに、持ってるけどな。
「とーちゃん。そんなに金が必要なん?」
まだ、ぼったくられに行ってるのかよ。
そんなことしてたら、『お食事処・酔いどれ』の女将・静さんに嫌われちゃうよ。
「そりゃあ、あればあっただけいいだろう」
とーちゃん、俺の金は自分のものだと思ってるな。
――でも、金を渡しておかないと、すぐに泥棒をしだすから、結局とーちゃんに渡しちゃうんだもんな――。
どうにかしろよ――この、くそ親父。
「フ――!」
俺は大きなため息をついた。
「豚角煮定食です」
女将・静さんがカウンターに料理を出した。
これがまた、美味いんだよね。
「いただきます」
俺は女将・静さんに視線を送る。
女将・静さんがくすりと笑ったような気がした。
さっそく角煮を口に運ぶ。
とろける、とろける、とろける、とろける。
噛み応えナッスィング。
でも、味は濃厚で奥深い。
「どうだ。美味いだろう?」
とーちゃんが自慢げに聞く。
とーちゃんが作ったわけじゃないじゃんか。
「美味いねえ。女将さんの料理は、どれも美味いよ」
とーちゃんの料理じゃないからね。
「天心。帰りにちょっと話があるんだ」
なんだろう。
いい話じゃ、ないだろうな。
「分かった。帰りにね」
ここだと話しづらい中身ってことだろ。
そんなことは気にせずに、俺は定食を食い続けた。
とーちゃんと女将・静さんの関係は、どんな感じなんだろう。
一緒の部屋で寝てたんだから、そういう関係になったんだよね。
聞くわけにもいかないけど、ちょっと気になる。
豚角煮定食を食べ終わると女将・静さんに会釈をして外に出た。
すぐにとーちゃんが追ってきた。
店の前の道端でとーちゃんと話す。
「明日のぶん100万でいい?」
相談ってこれなんでしょう?
「今日の分はそれでいいんだけどよ......」
今日の分はって、何日分欲しいのかな?
明日は泊まりじゃないから渡しに来れるぞ。
「実はな......静のやつ、かなりの借金を抱えててな」
女将さんが借金って、店を出すのにかかったのかな?
客も少ないし、値段も安いから経営はあまりよくなさそう。
「で......?」
まさかとーちゃんが肩代わりをしてやるとでも?
「でな、できたら金を貸してやりてーんだわ」
あげるんじゃなく、貸すんだね。
帰ってきそうもないような気がするけど。
「金利分だけでも払えないと、風俗で働かなくっちゃならなくなりそうなんだと」
風俗って、もしかしてあれかな?
「どうも、ヤクザが絡んでいるみたいなんだよな」
「ヤクザが絡んでいるって、なんか怖いね」
「とりあえず、300万用意できないか? おまえなら、持ってるだろう?」
持ってるけどね。
「はいよ」
俺はとーちゃんに300万渡した。
「サンキューな!」
まあ、3日分渡したと思っておこう。
「別にいいけどさ――、でも金利分だけで300万なの?」
どんだけ借金があるんだよ?
「俺もよくは知らねーんだ」
そこは、ちゃんと知っておけよ。
最低でも1億くらいの借金はありそうだな――。
「天心。助かったぜ。じゃあまたな」
とーちゃんが店に戻って行く。
ヤクザね――。
俺は、踵を返すと家に向かった。




