第223話 いよいよだ。
家に着き、俺は大きなため息をついた。
女将さん、借金持ちだったのか......。
幸薄そうな人だとは思っていたけど、どうして借金ができたのかな?
しかも借金に縛られているって言ってたぞ。
縛られているってどういうことだ?
普通の金融機関に借金があるなら、とーちゃんが「縛られている」なんて言葉を使うだろうか?
「縛られている」って言ったら、奴隷みたいな状態をイメージしちゃうよね。
もしかして、やくざから金を借りてるのかな?
とーちゃんが助けてやりたいって言ってたけど、俺が金を出さなければとーちゃんは盗みに走るに決まってるよね。
金ならあるからいいんだけど。
まったく困ったとーちゃんだぜ。
入浴を済ませユーチューブでサッカーの動画を見る。
明日に備えてお勉強だ。
SC東京の試合の動画で出場選手の顔と名前を覚える。
会った時に、名前が分からないと失礼だもん。
......試合に出ていない選手の顔と名前は分からないな。
オフィシャルホームページを調べると、全選手が顔写真入りで紹介されていた。
すごくたくさんいるんだな。
32人? ――サッカーって11人と交代できるのは、だいたい3人から5人だよね。
32人を二つに分けると16人。――2チーム分くらい選手がいるんだね。
俺もその中に入れればいいんだけど......。
今晩は明日に備えて早めに寝ることにした。
@ @ @
朝が来た。
とりあえず、とーちゃんがいつもの所に寝ていないか見識眼で確認する。
よかった。電柱の所にはいなかった。
静・女将さんの部屋を見ると――とーちゃん寝てたわ。
よかった、よかった。
今日は9時に綾華が迎えに来てくれることになっている。
そして、SC東京小平運動場まで送ってくれる。
10時から、プロの選手と一緒に練習をする予定だけど、実際はプロとしてやっていけるかをテストされるんだ。
燃料切れにならないように、朝飯はちゃんと食べて行った方がいいよね。
俺は顔を洗って歯を磨くと、いつものようにコンビニへ朝飯を買いに出かけた。
いつも通りのおかか握りとシーチキンマヨ握り。
ペットボトルの緑茶1本。
それから今日だけ特別に、バナナを1本追加した。
バナナって、すぐにエネルギーになるんだって。
家に帰ってお握りを食べる。
パリパリの海苔が上手いんだよね。
俺はしっとりの海苔よりパリパリの海苔の方が好きだ。
お茶を飲み、バナナを食べる。
いつもよりバナナ1つ多いけど、腹がきついとは思わなかった。
まだ、9時までは1時間ほどある。
少し体を慣らしておこう。
よく土管で寝ていた近くの公園に行き、リフティングを30分。
たいして汗もかかないけど、少しは準備運動になったかな?
家に戻って綾華を待つ。
綾華の車は9時きっかりにやって来た。
道路が混んでたりするから、なかなかきっかりって難しいのにね。
門松さん、さすが。
「おはよう。天心君!」
「おはよう。綾華。門松さん」
車に乗り込んで挨拶に答えた。
SC東京小平運動場までは20分くらいで着いた。
10時までには40分。早く来すぎて、けっこう時間が余っちゃったな。
少し心配したけど、クラブハウスは開いていた。
中に入るとスタッフやコーチの人が、なにかそれなりに働いている様子だ。
スカウトの松本さんが、俺に気付いてこっちにやって来た。
「赤嶺君、よく来たね。ユニホームを渡すから、ロッカールームで着替えてきてね。着替えてきたら、監督たちに紹介するよ」
「はい」
松本さんは戻って行き、俺用のユニホームを持ってきた。
「ロッカールームはこっちだよ」
ロッカールームに案内された。
「ここは、筋トレ用のジムになっているから、後で使ってみてね」
松本さんは、横の部屋を指さしながら解説してくれる。
「ここが、ロッカールーム。今日はとりあえずこのロッカーを使ってね」
「ありがとうございます」
「着替え終わったら、さっきの所に来てくれる。監督とコーチたちが待っているはずだからね。じゃあ」
松本さんが、手をひらひらさせて出て行った。
俺はユニホームに着替えてさっきの所に戻って行く。
松本さんの横に3人の男が立っている。
昨日、SC東京オフィシャルホームページを見たので、それが誰なのか分かる。
監督の松力橋造、ヘッドコーチの井上実、U-21監督兼コーチ小林健の3人だ。
「初めまして、赤嶺君。 私はSC東京監督の松力橋造だ。よろしくな」
「ヘッドコーチの井上実です」
「U-21監督兼コーチ小林健です」
「赤嶺天心です。よろしくお願いします」
「30分も早く来てくれて助かったよ。
君の試合のビデオは見させてもらった。
はっきり言って使ってみたい。
早速だけど少し君をテストさせてもらっていいかな?」
いきなりですか? 監督さん。
「かまいませんよ」
「じゃあ、グラウンドに移動しよう」
俺は、3人に連れられてクラブハウスを出てグラウンドに移動した。
グラウンドにリフティングをする人影。
あれは、長田雄也選手じゃん。
「長田! ちょっと付き合ってくれるか?」
監督が長田選手に声を掛けた。
長田選手は、ワールドカップに4回出場している日本のトッププレイヤーだ。
「分かりました。いいっすよ!」
「彼は、赤嶺天心っていう新人練習生だ」
「新人のテストっすか? 俺の意見が欲しいんっすね」
監督が、笑いながら頷いた。
「話が早いな」
「で、どうします?」
「1対1」
「いいっすよ」
今度は、長田選手が笑いながら頷いた。
監督が、俺の方に振り向く。
「赤嶺君。彼と1対1をやってみてくれ」
「長田選手とですか?」
長田選手は、日本代表のサイドバックを長年続けてきたレジェンドだ。
その長田選手を相手に1対1で ボールを取り合うなんて、なんとも光栄な扱いだろう。
「有名な長田選手が相手だなんて恐れ多いことですが、胸を借りるつもりで思いっきりやらせてもらいます」
「赤嶺君、俺のこと、知ってるの?」
「知ってますよ。レジェンドを知らないわけがないじゃないですか」
ちゃんと、昨日から知ってるぜ。
長田選手のプレーも昨日ユーチューブ動画でさんざん見たわ。
でも、ボールの取り合いとなると、あまり参考になる動画はなかったけどね。
「嬉しいことを言ってくれるじゃないか! でも、俺は、手加減しないよ!」
「手加減はしなくていいですから、本気は出さないでくださいね!」
「あはははははは! 君、面白いやつだねー。それじゃあ、このボールを取ってみな!」
長田選手がドリブルを始めた。




