第199話 金曜日
金曜日。
いつものようにとーちゃんを回収し、枕元に3日分の札束300万を置き、学校に行く。
学校では2回目の『スライム君・身代わり実験』を行った。
俺が不意打ち(56367)で姿を隠し、マスクをしたスライム君が俺の代わりに授業を受ける。
声が出せないのをいかに乗り切るかが重要関門だ。
「風邪のせいで声が出せない」と身振りで伝え、問題の解答などは黒板に書いてその場を乗り切る作戦だ。
先生に当てられることはほとんどないんだけれど、可能性はゼロではない。
上手い具合に先生に当てられ、身振りでその場を乗り切るスライム君を確認できた。
ラッキー、ラッキー。
体育とかも無難にこなせた。
スライム君って、頭はいいから俺の意図をよく理解してるんだよね。
これで、これからはスライム君に出席日数を稼いでもらえる……だろう。
4時半、池袋西探索者ビルに着き、3人でダンジョンに入る。
日曜日の3時からSC東京練馬運動場で試合があるので間に合うように出てきたい。
第6階層まで一気に進み、入り口付近のサイクロプスを掃討した。
野営地の安全を確保するのが目的だ。
俺が先頭でヘイトを取り、綾華がアタッカーとして戦った。
サイクロプスレベル1が相手だったので楽勝だ。
テントを張り、夕飯になる。
俺は、買い出ししてきたレトルト食品を沙織さんにお披露目する。
「いろいろ買ってきたんだなー」
「この中から、5品選んで3人でシェアして食べるつもりなんですけどいいですか?」
「豪勢だなー。豪勢な分にはかまわないよ」
「今晩はどれにします?」
沙織さんが何を選ぶかを、綾華がワクワクしながら見つめている。
「うーん。バランスを考えて肉じゃが、切り干し大根の煮物、ひじきの五目煮、ごぼうと牛肉のしぐれ煮、豚の角煮でどうだ?」
「じゃあ明日の晩は、鶏肉と大豆の旨煮、じゃがいもの煮っころがし、豚バラ大根、筑前煮、マグロとこんにゃくの煮物でいいですね」
「お昼は、雑炊の予定だからね」
綾華が、上機嫌で雑炊3種のレトルトパウチを見せる。
「それも、楽しみだな」
「あと、サラダにバナナ1本が付きます」
俺がバナナを取り出すと、沙織さんがそれを止めた。
「バナナは食べきれないかもしれないな。余裕があったらいただこう」
「私はたぶん食べきれないわ」
サラダを配り、バナナはしまった。
バナナ買い過ぎちゃったかな?
卓上コンロを取り出し、レトルト食品を湯煎して、深めの紙皿に盛り付ける。
3人で料理を囲み、割りばしでつついて食べた。
「こういう料理は、ご飯にあうわね。家族で食べてるみたいだわ」
沙織さんが満足げに呟いた。
小さい時、こうして食卓を囲んだことがあったよなあ。
俺にとっては、とーちゃんが捕まるずっと前の、遠い遠い思い出だった。
今度、とーちゃんと食卓を囲んでみよう。
とーちゃんが付き合ってくれないかな?
……この前の店に通いたそうだし。
「天心君、何考えてるの?」
綾華が心配そうに声をかけてくれる。
「はは、何でもないよ」
俺は笑ってごまかした。
「赤嶺君、綾華ちゃん。いいお知らせがあります」
沙織さんが改まった顔をする。
俺と綾華は沙織さんを見つめた。
「綾華ちゃんはSランク探索者。あなた達パーティは、Sランクパーティに認定されて、初期研修も今回で早期終了になりまーす」
「綾華、Sランク昇格おめでとう!」
「ありがとう。天心君」
だが、初期研修は終了まで普通は早くても3カ月以上かかるはず。
どうしてそんなに早く終わるのだろうか?
「でも沙織さん。初期研修は3カ月から6カ月って聞きましたけど、1ケ月で終わりにして大丈夫なんですか?」
「あなた達に教えられるほど、私は強くないからね」
「強いとか、強くないとか関係なく、教えられることはたくさんあるんじゃないですか?」
俺は、疑問を口にした。
だって、あまりに早く終わり過ぎるだろう?
「うん。
緊急事態の対応とか、その場の判断的なことを3カ月から半年くらい観察して大丈夫かを確かめるのが通常なのよ。
でも赤嶺君は私より緊急事態への対応力がありそうだからね。
早く終わりにしても問題ないし、無駄な時間になっちゃうと判断したの。
それに、早く自由に活躍して欲しいし、レイドで経験を積むべきね」
「さすがは天心君だわ。沙織さんの太鼓判が押されちゃったんだね!」
綾華が飛び跳ねて喜んだ。
俺たちが、いや、俺がピンチになるほどの状況に、沙織さんがそのピンチを何とかできる自信がないというのもありそうだな。
もっと弱い探索者の指導なら、そう――サイクロプス程度が相手なら、沙織さん一人でも状況を打開できるだろうけど、サンダーストームサイクロプスが相手だと、沙織さん一人だと難しそうだもんな。
「あなた達は、これからできるだけ指名依頼のレイドを引き受けて、先輩方と一緒に依頼をこなすことで、経験を積んでいくのがいいと思うわ」
要するに、大人数で危機を回避するようにするしかないということだろうな。
「2人で探索するのはダメなんですか?」
綾華が不満そうにほっぺを膨らます。
「はじめ2人で探索する時は、今までに行ったことのある、安全なところで魔物を狩っていた方がいいわね。
新しいゾーンに踏み込むときは、慎重に情報収集して対策を練るのよ」
「分かりました」
「はーい!」
さっきよりいくぶん柔らかい表情になった沙織さんが笑顔で続ける。
「指名依頼を受ける時、あなた達は公休扱いになるから学校を休んでも大丈夫よ。赤嶺君、出席日数を気にしないで参加してね」
ほ――そいつはありがたい。
危険を覚悟でスライム君に身代わりをしてもらわなくても、探索ができるってわけね。
俺の顔がほころぶ中、綾華の表情は少し硬い。
学校にはちゃんと行きたい人らしい。
綾華に合わせて、無理にレイドを受けることはないだろう。
「最近のレトルトって美味しいのねー」
沙織さんが話題をそらした。
確かに美味しいんだけどね。
でも、これで日曜の試合は問題なく参加できそうだ。
いいんじゃないかな――喜ぶべきだろう。
それも踏まえて、沙織さんが英断してくれたのかもしれないな。
「バナナ食べる人―?」
俺は自分のバナナを手にしながら二人に聞いた。
いっぱい買ってきちゃったから食べて欲しいな。
「私はいただこう」
「私は無理でーす」
俺は沙織さんにバナナを渡した。




