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移動

 すぐさま上司に連絡をいれて、明日と明後日を有給休暇にしてもらった。

 理由は「面接です」のひとことですませた。

 詳しい話は何もしなかったし、きかれもしなかった。

 ──俺は。

「まこ?」

「ん?」

 ふと気づくと、サーナが俺を見上げていた。

 少し赤く染まった頬が健康的で、絵に描いたような元気な子供だ……耳の水かきみたいなのも、なんか瑞々しい。

 はじめてあった時の弱った感じはまったくない。

「ああ、なんでもないよ」

 その姿を見ただけで、暗い気分がパァッと癒やされた。

 俺はサーナを抱き上げた。

「う……なんか重くなったな」

「……まこ?」

「ああ失礼、大きくなったなサーナ」

 心配そうに見つめてくれた、しかもちびっことはいえ女の子相手に、重くなったはないだろう。

 軽く謝罪して、そして抱きしめた。

 ひなたの優しい匂いがした。

 そして。

「──マコトさん?」

「サワナさん、ただの団らんですよ?」

 後ろの美人さんの嫉妬深さも、だんだんと理解できてきた気がした。

「そろそろ、さんづけはやめませんか?」

 そっちかよ。

「じゃあ、お母さんと呼びますか?」

「それも悪くないですけど、まずその前にサワナと呼びすててください」

 う。

「うん、あとでそうしよう。……だからお願い、背後から俺の喉仏なでるのやめて?」

 めっちゃ鳥肌立つから。

 

 

 翌朝。

 水瀬さんと二人で出かけるはずが、なぜかサワナさんとサーナもついてくる事になった。

「だって、サーナをみてくれる人がいなくなるじゃないですか。

 どうせお休みするなら、一緒についていきます」

「あー、なるほど」

 だったらノルンを一匹置いていくと言いかけたんだけど……サワナさんに睨まれたので黙った。

 これは……あれだ。連れて行かないとヘソ曲げるな。

「尻に敷かれてるねえ」

「かまいませんよ、ドライブがてら行きましょう」

 

 大家さんがいるのは郊外で、移動は水瀬さんの軽自動車でする事になった。

「……アルトだなと思ってたけど、もしかしてこれアルトワークスです?」

「前のがポンコツになってきてね。まだ壊れてなかったけど、勧められて乗り換えたのサ。

 マニュアルだが、いけるかね?」

「俺、五速マニュアルのセルボで道内走り回ってましたから」

 聞けば、発売以来、ずーっとアルトワークスばかりだそうだ。

 わざわざマニュアルそっくりに外観を変更、ワークス特有のロゴやシールは外してもらっているらしい。

「なんでわざわざ?」

「女が速そうな車に乗ってて絡まれるより、この方がいいのさ」

「……なるほど」

 なるほど、そういう事か。

「俺が運転していいんですか?大事にしてるんでしょ?」

「はン、おきれいなクルマを床の間に飾る趣味はないネ。任したんだから好きに転がしな」

「ういっす」

 なんつーか、いい意味で漢だな水瀬さん。いや、婆さんだけどさ。

「なんか言ったかネ?」

「ただの寝言ですよ。さて行きましょうか」

 そうなると話は早い。

 普通にナビに乗ろうとするサワナさんに、そこはナビ席です、子連れは安全な後ろに乗りなさいと説得。

 いや、えらい人なら水瀬さんこそ後ろに乗るべきだけど、今日の要件を考えればとなりに乗るべきだろ。

「わかりました、でもひとつだけ」

「なに?」

「いいかげんに、さんづけはやめてください。サワナで」

「そういうのは人のいないとこでやりませ「サワナで」……はいはい、了解サワナ」

「はい」

 おとなしく後ろに乗りつつも、引き換えに呼び捨て約束させられた。

 かわりに、ニヤニヤ笑いつつ水瀬さんがナビに乗り込んだ。

「尻に敷かれてるねえ」

「ほっといてください。

 さて後ろはシートベルトいいかい?

 サーナのチャイルドシートは?サワナさ……サワナもベルトして」

「オッケーです、いつでも出られます」

「オッケーじゃないでしょ、シートベルト!」

 また出た。子供はガッチリベルトつけるけど、自分は適当。

「大丈夫ですよ」

「ダメに決まってるでしょ」

 にこにこ笑顔でベルトつけようとしないので、言葉を続けようとして……ああ、そういうことか。

 俺はためいきをついて一度車外に出ると、サワナの側の後部ドアをあけた。

「はい、ちゃんとベルトする」

「えー」

 絶対に自分でやろうとしない。

 ちょっとイラッときたので、むんずと胸を両手で掴んでやった。

「きゃっ♪」

 きゃっじゃねえよ。

「いいからベルトしなさい……子供が真似するぞ」

「!」

 耳元で警告したら、ようやくサーナが見てるのに気づいてくれたらしい。

 あたふたとベルトをしてアハハと笑うので、よくできましたと頭をなでて、ぽんぽんして運転席に戻った。

 そしたら。

「なんです?水瀬さん?」

「マコちゃん。あんた、それ素でやってんの?」

「え?」

 無言で後ろ見てみなと言われたのでルームミラーで後部座席見たら。

 あれ?なんか赤面してうつむいてる?なんで?

「素でやってるようだね……やれやれ、ま、鈍いのが救いといえば救いかい」

「?」

「いいよ、行きな。遅くなるよ」

「ういっす」

 始動ボタンを押してエンジンをかけた。

 各部が動き出すのを確認し、シフトレバーに手をかけた。

 ハンドブレーキを確認し、クラッチペダルを踏み込んで遊びを確認しつつ、シフトレバーをフリーにして左右でカクカク動かす。

 あちこちギアを入れてみるが、スムーズだ。程度は極上。

「本当に慣れてるねえ」

「すごく久しぶりなので、思い出しつつですけどね……さすがにハンドル軽いわ」

「いつのクルマと比べてんだい?」

「あー、昭和57年式のセルボCSかな?」

「そりゃあ軽いしクセもないだろ。

 その頃ならパワーは二倍以上、トルクなんざ比べるのも馬鹿バカしいほど差があるから気をつけな。

 軽い気持ちで踏みこむんじゃないよ?」

「ああ大丈夫ですよ、NAのアルトなら三年ほど前に故郷で借りた事ありますから」

「わざわざマニュアルでかい?」

「マニュアル指定で借りました。正しくはキャロルですけどOEMですよね?」

 昔はレンタカーもマニュアル指定で借りてた。

 だけど、実家の年寄り連中を積むのにマニュアル指定もばかばかしくなって、店任せにしたっけ。

「じゃ、いきます!

 忘れ物ありますか?」

「いいよ」

「いいです」

 水瀬さんとサワナさんは返事したけど、そこでサーナがひとこと。

「のるん、いない」

「ああ、そうだな」

 窓をあけて顔出した。

「ノルーン!」

 そういって指笛吹いてやると、ふわふわ飛んできた。

「よう、いくぜ……朝から誰と遊んでた?」

「ねこ」

「ああ猫様か、おまえ飲んだか?」

 なんとなくピンときた。

「運転前は飲まない」

「おけ。

 今日はナビはいらんから、後ろでサーナと遊んでやれ」

「わかった」

 後ろに移動するノルンを確認すると、窓をしめた。

「いきます」

 ギアをローにいれて、クルマをアパートの車庫から出した。

 そのままソロソロと出口に移動する。

「猫様?このあたりに猫神様?」

「この間、原町のマイバスケット入り口で拾った、どこぞの神様ですよ。酒好きなんです」

「あんなとこで?……あー、あいつか。そりゃ神に昇華したばかりのヤツだねえ。出口を左」

「昇華?神になったって事です?……ひだり了解」

 出口で一度とまり、左にウインカー。

 左右を確認すると、そろそろと出した。

「よくもまぁ、そんなごつい靴でクラッチ操作するもんだ」

「かかとフリーの安全靴で乗ったりしてましたからね。ペラペラだと違和感あってイヤなんですよ。

 それで次は?」

「早稲田に出たら西に行きな。明治通りにはいって、池袋の手前で西に」

「この時間に明治通り?混むんじゃ?」

「普通はそうだが……今すぐいけばスムーズに通れるそうだよ」

「?」

「ああ、あたしの妖精だよ。特殊な能力はないけど情報収集に長けてるんだ」

「ははぁ……ナビをつけてないのは、渋滞避けたりするのに妖精使ってるからかぁ」

「おや、妖精にスマホ使わせてるあんたが言うかい?」

「ハハハ、違えねえ!」

 思わず笑ってしまった。

 

 そんな感じで、俺たちは移動を開始した。

 時々、騒ぎ出すサーナと話したり、水瀬さんとばかり話してて、むくれるサワナの機嫌をとったりしつつ。

「それで目的地は?」

「正丸峠をめざして走りな。

 大家の家はその近くにあるから」

「了解っす」

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