大家と労使契約
移動そのものは、別に大して語ることはなかった。
都心での運転は先日のハイエースの件があったので、思ったよりはだいぶ楽だった。
何より、最新のアルトワークスは、かつて乗った廃車寸前のセルボ550とは比較にならず、大人三人プラス幼児ひとりを乗せても都心の激しい交通をモノともしない。
本当に同じ軽四なのかと言いたい。
そして。
「……すごいね、本当に車が流れてる」
こんな時間に空いてる明治通りなんて、日常的に走ってないとなかなか経験できないよな。
「ところでマコちゃん、あんた意外に運転荒いね?」
「あ、すみません。きついです?」
女子供づれだし、マニュアル変速のショックとか、なるべく感じさせないようにしてつもりなんだが。
「いや、そういう意味なら許容範囲サ。
そういう荒さじゃなくて、男の運転ってことだヨ」
男の運転?
「よくわからないんですが……うおっ!」
怪しい車が突き出してきたので、反射的に体が動いた。
減速しつつ回避かける。
同時にエンジン回転を落とさないよう軽くクラッチ踏みつつ、さらにギアひとつ落としてアクセル軽く煽る。
そのまま再びクラッチつないでタイヤに道路をかませる。
よし、加速。
地面の抵抗をものともせず、エンジンがコォォォッと軽い加速音をたてて600kg台を、積み込んだ燃料+大人三人子供ひとりもろとも引っ張り出す。
……って、言葉にしたらこんな感じになるのかな?
まぁ実際には、とっさに単車用の緊急回避を無理やり車でやっただけなので、操作の前後関係とか自信ないんだが、どうかな?
そこいらの車好きからすると、あからさまに回転音を響かせるのは「うるさい」と感じるのかもしれないけど、二輪出身の俺としては、エンジンの状態がわかりやすい加速音と振動は大好きだ。
まぁ要するに、ほとんど反射的に回避行動をとったってことだな。
「ふう」
どうやら回避に成功したようだ。
やれやれ、慣れない乗り物で無茶するもんじゃないな。ドッと疲れたわ。
とりあえず皆に謝る。
「ごめん、急な動きしちまった。サワナさん後席大丈夫か?」
「……問題ありませんが、さんづけはいりません」
うおっと、さすがに歪みないな。
「……OKサワナさ「マコトさん?」……はいはいサワナ」
こわっ!笑顔がこわっ!
それだけ言うと横の水瀬さんの方を見た。
「さすがワークスですね。ほとんどフル定員のうえに素人運転で、あんな無茶でもゆらぎもしない。剛性も高そうだ」
「……はじめて乗る車で、よくもまぁ」
「はい?あの?」
「フフ、なんでもないサ。
それより速度落としな、ペース上がりすぎてる」
「え?でも」
「いーから落としな。ほれ!」
「っ!」
横から肩を揉まれたが、なんか刺すような痛みが走った。
「あいたたたっ!水瀬さん痛いいたいっ!」
「それ見たことか、緊張で肩からガチガチじゃないか。自覚なかったろ?」
「あいたたた、わかった、わかりましたから揉まないでくだっ!」
「さっさと速度落としな!」
「は、はい〜…」
あわてて速度を落とした。
「よしよし、それでいい。
ま、慣れない車で家族まで積んでるのに無茶したんだ。疲れて当然サ。
で、どうだい、きついなら交替するヨ?」
「いえ、もう少しでしょ?いけますよ」
「そうかい。
ま、奥さんと子供まで積んでるんだ。もう無理すんじゃないよ?」
「ういっす……あと水瀬さん」
「なんだい?」
「いや、そろそろ肩もむのやめてください。なんか痛いの通り越して、気が抜けて眠くなりそうで」
「おや、そっちの趣味が「ねえよ!」……おやおや」
完全に遊んでんなこのひと。
見れば後ろでサワナさ……サワナまで笑っていた。
ここが水瀬さんが案内してくれたのは、なんか魔境のようなとこだった。
正丸峠の近くで謎の脇道に入り、細道をしばらく走ると突然、何かをすり抜けた気がした。
「ん?なんだ?」
「結界を通ったのさ。ほれ」
「お……すっげえ!」
いきなり景色が一変して、大昔の山里みたいな風景になった。
電線のひとつも見えない。
道路も舗装されてなくて、きれいに踏みならされてはいるが土の道だった。
機械式農業に向かない旧式の畑や田んぼが広がり、どう見ても人間じゃないよなって働き手が、のんびりと野良仕事をしている。
そんな中、ひときわ目立つ家があった。
「そこに車とめな」
「りょーかい」
車を止めた。
後ろでバタバタと騒ぎ出したので目をむけると、サワナがサーナをチャイルドシートから開放し、待ちかねたようにサーナが外に飛び出したところだった。
だけど、その前にノルンが立ちふさがった。
邪魔すんなよとサーナがどけようとするんだけど、まぁまぁとノルンはそれをおしとどめた。
そして「こっちが面白そうだぜ」と言わんばかりに、大家さん家の裏の方に引っ張っていった。
「……大丈夫ですかね?」
「裏にあるのは薪割り場と水場だからね、まぁ問題ないだろ。
けどサワちゃん、念の為にサナっこについといで。そろそろ妖精だけじゃ心配だ。
あたしはマコちゃん連れて大家と話すからね」
「あ、はい。すみません」
水瀬さんと一緒に玄関から入ると、中は土間のあるタイプの古民家そのものだった。
玄関横が炊事場になっていて、火の入ってない古いかまどがある。
そして。
『よう来たな』
「えっと、大家さんですか?」
『うむ』
見た瞬間、SAN値が少し削れた気がした。
いや、見た目は普通の婆さんに見えなくもない。
だけど、わかる。
この無害そうな見た目は、たぶん偽装。
もしも妖怪のたぐいだというのなら、玉藻様すら軽く凌ぐとんでもない怪物だろう。
一瞬、総毛立った。
けどその感覚は、すぐに落ち着いた。
……いや、だってそうだろ。
『ほほう、わしを恐れぬのか』
「いや……だってもうビビっても仕方ないじゃないですか」
ただの村人が魔王陛下の前に出たとして、今さらビビってなんの意味がある?
だったらせいぜい腹を決めるだけだ。
『印もちなのは聞いておったが……なかなか肝のすわった男子じゃないか。
それで小雪よ、各所のパソコンや情報機器を再整備するのにこの者を雇うときいたが?』
「はい」
小雪とは水瀬さんの名前だ。
水瀬さんは、ふだんの態度が嘘のように神妙に頭をさげた。
「数が多く時間がかかる事、それからこの者が現在、失業で職探しをしなければならないという現状があります。
ですので、短期のアルバイトでなく正式に雇い入れた方がよいのではないかと考えました」
『ふむ』
あれ?
何か、そのまま普通に雇ってもらえる話になってる?
『通常なら試用期間など設けるが……いきなり雇えというからには、たとえそっちで使えなくとも使いみちはあると考えておるのじゃな?』
「はい。かりにパソコンがダメでも運転手なり、設備保守の助手なりによいと思います。
何より印持ちで、なおかつ、こちらがわの家族を持ち、さらに仕事を探している者ですから」
『うむ、たしかに貴重な人材だな。
よかろう。
小雪、すぐにも話をすすめるがいい』
そういうと、大家さんは俺の方を見た。
『このような事になっておるが……今いちど確認しよう、それでよいか?』
「あー……ふたつほど確認事項なんですが」
『うむ、きこう』
「ひとつは、正式就職になると聞きましたが、厚生年金や社会保険などはどうなります?」
『人間社会的な保証じゃな?』
「はい」
『それは問題ない、ちゃんと会社として登記しておるのでな。
そなたの身分は、人間社会的には管理会社の職員という扱いになる。
実際、そこな小雪も同様に社員扱いになっておる』
へぇ。
「わかりました、ではもうひとつ」
『うむ、なんじゃ?』
「ぶっちゃけますが、給料はあがりますか?」
「ちょ、マコちゃん!?」
「いやいや水瀬さん、給料の確認は大事なことだよ?」
水瀬さんがギョッとした顔で俺を見たけど、俺は大真面目に言い切った。
そしたら、大家さんが楽しげに笑い出した。
『うわっははは、うんうんたしかにそりゃ大事じゃなぁ、わははははっ!
やれやれ、まったく肝のすわった男子よのぅ……くくくっ!』
「す、すみません、ちゃんと言い聞かせますのでっ!」
『いや、よいよい。別にわしを軽く見ておるわけではないからの。
それに、臆せずモノを言えるのはよいことではないか。
……さて、誠といったな?』
「はい」
『今のそなたの月給がわからぬから、上がるかどうかは答えようがないな。
額面については小雪と相談するがいい。
あとは実際に作業が始まってからになるが、無事採用になれば業務により、技能手当も上乗せすることになるだろう。
それでも安いと思ったら相談に乗るが……悪いがあまり高給は出せぬ。どうしても納得できないなら仕方ない。すまぬが今回の話は終いとなる。よいな?』
「わかりました。
別に今より高給がほしいのでなく、家族三人で暮らせて保険や積立金がちゃんと払えればいいんで。
水瀬さんに相談します、ありがとうございます」
わざわざ選択肢をくれている事に、素直に頭をさげた。
『外におる海族のニ名が家族だな?
小雪よ、家族手当に育児手当はきちんとつけてやれ。
ああ、それから誠よ。
無事そのまま勤める事になったら、経費はちゃんと申請するのだぞ?
めんどくさがって自腹きって、かわいいご新造を怒らすでないぞ?』
「ご新造?」
「サワちゃんに迷惑をかけるんじゃないヨっていってるのサ」
「あ、はい。それはもちろん」
そんな俺たちを見て、大家さんは再び笑った。
結局、俺はその日のうちに、水瀬さんたちの管理会社に就職することに決めた。
え?社名?
ああ、それがね……『まほろば』だと。
まほろばは素晴らしい場所、住みやすい場所って意味だが……どこにでもありそうな名前だよな。
これもたぶん、一種のステルス的な意味を持っているのかもしれないな。
なんつーか、すごいな。
ラノベとかで、アパートや一軒家がファンタジー世界のようになってる話はたまに読むけど、そんなのが地域にたくさんあって、専門の設備管理組織まであるとか……ちょっと前の俺なら小馬鹿にして笑い飛ばすような話だよね。
いやはや。
とはいえ、とりあえず助かったわ。
ま、これからが大変だけどね。
ご新造:
昔の日本語で、商家や武家の奥さんに対する呼び方。




