激流[2]
その夜。
関係者も交え、サワナさんのアパートで今後についての談義が行われた。
「マコちゃん、あんた明日にもアパート引き払ってこっちに入りな。隣の部屋あけたから」
「いや、水瀬さんちょっとまってください。
それはありがたいですが、今のとこって契約終了までは住めるわけで」
「それはやめときな」
水瀬さんが首をふった。
「ひとさまが勤めてる会社を悪く言うつもりはないけどサ、あぶないと思うヨ?」
「あぶない?」
「こういっちゃ何だけどさ、十年も勤めた人間をこんな簡単に切り捨てる会社なわけだろ?
今のとこは会社が家賃を出してくれてるって言ったよねえ?
けどその家賃の補助だって、いつまでしてくれるかわかりゃしないと思わないかい?」
「!!」
冗談じゃない、あそこの家賃、まともに払ったら月十万越えるんだぞ。
「わかったろ?さっさと移っちまいな。
もし荷物が多いなら、業者に処分させてでもね」
「そうします、すみません、お言葉に甘えさせてもらいます」
「いいさ。もともとあんたはもう、なかばここの住人なんだからネ」
「え?」
「サワちゃんたちの家賃に、いくらか足してるだろ?」
「いや、それは、よく泊めてもらうから宿代ですよ……なんで知ってるんスか」
「逆にきくよ、なんで管理人のあたしが知らないと思うんだい?」
「う……」
それもそうか。
「ここで食事をとり、家賃も払ってる……しかも印もちで、ここの住人や来訪者ともコミュニケーションがとれる。
そしていずれ、サワちゃんたちと同居するつもりだった。
自分の部屋を契約してないだけで、あんたはもう、とっくにここの住人なんだヨ」
「……はい」
「というわけで、相手の土俵からさっさと出ちまいな。
荷物が少ないならサワちゃんの部屋に同居もいいけど、どうせ荷物があんだろ?」
「はい、さすがに一緒は無理です」
でもまぁ、そういうことなら話は別だ。
運ぶべきは単車と単車用品、重要書類の入った缶、わずかな着替えくらいだな。
あとは思い切りよく、全部業者に捨ててもらおう。
本やソフトウェアなんかもあるけど、かまわない。
上京以来の、久しぶりの荷物整理といこうじゃないか。
「マコちゃん、貯金はどれくらいある?仕事なしでどれくらい持ちこたえられるネ?」
「部屋代やら何やらによりますけど、ざっくり一年半ってとこですかね」
「なんだい少ないねえ、甲斐性なし」
「めんぼくないです。
単車購入以降は、再び貯金を始めていたんですが」
「ですが?」
「ここ数年、給料がじわじわ下がってたんですよ。
それで、思うように貯金が伸びてませんで」
「……それ、もっと早く見切りをつけるべきだったんじゃないのかい?」
「ええ、耳が痛いです」
そんな話をしていたら、水瀬さんはためいきをついた。
「とりあえず履歴書を書きな。
書いたら、まずあんたは部屋の片付けをしな。
その間に、まずその履歴書を心当たりに回しといてやるヨ」
「ありがとうございます。
履歴書は去年、練習がてら転職サイトに登録したデータがあるんで、出力サービス使って印刷しますよ」
「ほう、準備だけはしてたってことかい?」
「いつか必要になるだろうと思って、履歴書の準備をしてたんですよ。
ただ手書きだと書くこと多くて悩んでいたら、転職サイトに登録すると履歴書を自動生成してもらえるって聞いて、それを利用したんです」
「なるほど」
今の俺はぼっちじゃない。ともに暮らしたい人たちがいるんだ。
それも考えつつ仕事を探すわけで。
今までのように偶然まかせでなく、手を貸してくれる人がいるなら素直に頼るべきだ。
縁故というと聞こえは悪いが、今は昔のように声がかりだけで雇ってくれるとこは少ない。
その中、少しでも面接させてくれる確率があがるなら、ありがたいことだよ。
「そういやマコちゃん」
「ちゃんづけもマコよびも勘弁してほしいですけど、なんですか?」
「あんたコンピュータ詳しいんだろ?職探し中にアルバイトする気はないかネ?」
「アルバイト?内容によりますけど?」
パソコンのセットアップとかかな?
「このアパートもそうなんだけどサ、パソコンやネットの装備が古くて、そろそろ取り替えが必要なのさ」
「それって……まさかと思いますけど、未だに古いWindows使ったりしてないですよね?」
ここ、大昔の下宿屋みたいな作りだもんなぁ。
「うちはADSLってやつと、Windows……ぺけぽんだっけ?結構新しいけどネ」
「全然ダメじゃないですか!」
おいおいおい。
「うちは常時接続だからいい方だヨ。
ひどいとこは、今もモデムってやつを使ってるサ。
なんか、役場のホームページが最近見えないとかで、新しいのにかえてくれって話があってネ。
けど、どこでも詳しい人がいるわけじゃないし。
結局、ケータイとかタブレットってやつでごまかしてるらしくてネ。
それで、ますますパソコンまわりは古いママ放置なのサ」
「いやいやいや、古いにもほどがあるでしょ!
せめて光回線にして、パソコンも新しいWindowsにしましょうよ。
速いし便利だし、結局はそっちが安上がりですよ。
それに今どきの常時接続はwifiつきルーターも多いんで、スマホも家でギガ使わなくてよくなりますよ?」
「お、そういうのわかるのかい?」
「本業にしたことないけど、家庭用レベルならわかりますよ。
水瀬さん、ADSL引いてるのはNTTですよね?連絡先は?」
「ちょいまち、実は件数が多いのサ」
「件数が多い?」
どういうことだろ?
「関東周辺にはネ、うちみたいな同類のアパートやマンションが他にもたくさんあるのサ。
どこもウチと似たような感じでネ、パソコンやネットが古くてねェ」
「……ネットはあったほうがいいけど、パソコンは今や必須じゃないと思いますけど?」
指摘すると、水瀬さんが首をふった。
「住人はたしかにそのとおりだけど、大家や管理人はそうはいかないンだヨ。
たとえば、事務手続きでパソコンが必要なケースがあってネ。
昔は鎌倉の方に詳しい男がいて、そいつが関東中駆け回って保守作業をしてくれてたけど、事情で関東をひきあげちゃってネ。
なんとか知恵を集めてパソコン本体は何度か一部換えたんだけど……色々問題多くてネ」
「あー……拠点数が多いならプロに頼むか、専業の担当つけたほうがいいですよ。
ちなみになん拠点あるんです?」
「現在、関東全域で17箇所だネ」
「17……多いですね。
それはもうバイトじゃなくてお仕事になりますよ」
「ほう?」
ざっくり頭の中で考えてみる。
「設備の内容によりますけど、交換するだけでも現地調査から機材の策定、調整や業者との折衝そのほか、やる事が色々あります。
ひとりでやってたらそんなもん、予備調査から手配、交換にセットアップ、それに更新後の管理やトラブル対応……片手間バイトの世界じゃないですよ」
俺は断言した。
「そんなに大変かい?」
「大変なのは数をこなし、なおかつ品質とサービスを維持する事なんですよ。
今、ここのアパートの面倒見るだけなら、そりゃ場当たりの対応でOKですよ。
けどそれ、関東全域に散らばってるし設備もバラバラなんでしょ?」
「……」
「それはもう、素人がやる領域じゃないですよ。
素人仕事はその一瞬、せいぜい目の前にあるシステムだけしか見てないし、それ以上は不要でしょ?
けど多くの拠点をがっちり管理してのけようとしたら、機材選びやら更新スケジュールやら、全体を見てやらないと間違いなく破綻します」
「そんなにひどいかい?」
「たとえば、そうですね。
一気に買うと安いからって、全拠点に同じ安いパソコンを買って、一気に配置したとしますよね?
その時にうまくいったとします。
でも数年以内には必ず、消耗部品の交換やら、最悪の場合は故障が一斉に起きる事になりますよ?
だって購入時期も同じ、更新時期もほとんど同じ、内容もほとんど同じなんですから」
「……あー……そんなことまで考えて入れ替えなくちゃならないわけ?」
「当然です、それが運用管理ってもんですよ」
「……」
「おすすめは、できればインフラエンジニアくずれを一人やとって、そいつに管理させる事だと思いますよ。
できればPCも広く薄く、そうですね……Windows、Mac、UNIXまで一応触れるヤツがおすすめですね。
で、とりあえずパソコンとネットから始めればいい。変化が激しいし消耗する機械が入ってますからね」
「ゆに?よくわかんないけど、ウインドウズってやつがわかればいいんじゃないのかい?」
「特定OSや特定メーカーだけに特化するとお安くあげられますけど、落とし穴にハマる事があるんですよ。
特に水瀬さんのおっしゃるケースだと、相手は会社組織というより末端のファミリーユーザーが集まっている感じに近いと思います。
となるとですね。
昔から使ってるとか特定業務で使ってる事を理由にMac以外受け付けないとか、Linuxでゲームサーバ立てて固定IPふって外に公開したいとか、そういう人が一定確率で登場します。
そういう人にも対応することを思うと、さすがにWindows以外全く知らないのは危険です。足元見られて勝手な事をされたり、いらないトラブルの元になりますよ。
すごく詳しい必要はないけど、最低限の各アーキテクチャーの知識は必要なんです……って、え、水瀬さん?」
なぜか突然、肩をガシッと掴まれた。
「マコ、あんたちょっと明日つきあいな」
「え?」
「今の話を大家にすンだヨ。
よくわからないけど、いい考えなのはなんとなくわかる。
けど、それはアンタの視点でやる事じゃなくて、大家たちのスケールでやることだろ?」
「はい、そうですね」
「だからちょっと知恵かしな。
うまくいくかわからないけど、もしうまくいきそうなら、今いったパソコンとネットの対応?ソレ、あんたわかるんだろ?」
「あ、まぁ、今言ったレベルの事なら」
「そうかい、よしよし」
あ。
これ水瀬さんマジだわ。
「生活は保証するヨ?
高給はちょっと無理かもしれないけどサ。
けど夜中まで残業することはないし、サワちゃんたちと問題なくいられるだろ。
どうかね?
大家さんに確認してみて、その結果しだいだけど」
「……めっちゃよさそうですね」
正直いって、こんないい仕事ほかに見つけるのは無理だろう。
懸念は、内輪の仕事なので給料とか、そういうところが「なあなあ」になる危険があることだけど。
そこはそれ、雇用契約をちゃんとしてもらえばいいだろう。
うん、悪くないんじゃないか?
「わかりました、その業務本当に立ち上げるなら、ぜひ混ぜてください」
「うん、決まりだネ」
水瀬さんは大きくうなずいた。
ちなみにサワナさんはというと。
「えっと、すみません何がなんだか」
どうやら全然意味不明だったらしい。
「また何も決まってませんよ。
水瀬さんは乗り気みたいだけど、こればっかりは面接してみないとわからないから」
「そうですか……けど希望はありそうなんですね?」
「少しだけ」
「よかった」
そういうと、サワナさんはにっこりと笑顔になった。




