冷気と北の港
視点がマコト固定から動きますので、ご注意ください。
岩手県いりして少しすると、気温はさらに下がり始めた。
「む」
低温対策も風対策もしっかりしているけど、凍結や積雪対策となると全然ダメだ。
基本的に、俺は雪道を単車で走るのを良しとしない。自分のバランス感覚を信用してないし、除雪していない道に入るのも勘弁してくれというタイプだ。
昔はキャンプだけなら氷点下にも対応していたが、今はそれも怪しい。昔のように氷点下10度台まで耐えうる装備を持っていないし、持参した熱源も小さなアルコールバーナー一つだけだしな。
「……」
でもまぁ、武器がないわけではない。
今回の寒さ対策と疲労対策は、現状できる俺の知識を総動員したものだが……結論から言えば、予想よりもはるから快適な移動ができていた。きついと思ったのは北関東の強風だけだ。
思えばこの冬の外出で、かなり寒さ対策が進んだ事。
それから昔の移動も、そのほとんどが年末の帰省など、寒い時期の移動ばかりだったのも影響しているんだと思う。
暑さと寒さ、どちらに強いかといえば、俺のノウハウは寒さ対策に偏っているのかもしれないな。
だけど。
「……気温があがらんなぁ」
じわり、じわりと低下していた気温が、盛岡を越えたあたりから鮮明になってきた。
高速道路の表示は、凍結注意のものばかり。
そして路肩の気温表示は、さっきから2度程度の温度表示のまま上がらなくなってきたんだ。
あーうん、ちょっとまずいかな。
まぁ、気温が氷点下になったからって瞬時に凍りつくわけじゃないが……今、時間は真夜中。
やばいのは、丑三つ時から夜明けにかけてだろう。
スマホナビを見ると、到着予想時刻は三時四十分過ぎになっている。
となると。
「うちのペースだと、四時あたり着かな?」
ナビの予想到着時刻は、だいたい法定速度ベースになっているが、現在の俺の平均移動速度を休憩とあわせて均すと、確実に法定速度を下回るはずだ。
当然そのぶん、到着は遅れるわけだが……これは想定内なので問題ない。
それよりも。
「ノルン、閉鎖情報はないか?」
「ない」
「雪は降ってるか?」
「今は大丈夫、青森県の山間部は雨が降ってる」
「そうか……ついに来るか」
ここまで、小雨はあっても大雨は食らっていないんだが……まぁ仕方あるまい。
日本の高速道路は事故対策のため、とてもマメに管理されている。
道路に無駄金を使うとよく政権野党は叫ぶが、その無駄金をかけてるからこそ、しっかりと管理ができているってわかってねえよな……ってそんな事は今はどうでもいいか。
つまり日本の高速道路は常に監視下にあり、異常の発生が認められたら、すみやかに規制や対策が入るようになってるわけ。
ただ当然だけど、気候の急変で道がシャーベット状になったり、雨が雪に変わったとして、瞬時に対応できるわけはない。対策が始まるまでにはタイムラグがあるわけだ。
だから単車乗りの俺としては、雨が雪に変わったり、路面の急変には気をつけなくちゃいけないわけだ。
■ ■ ■ ■
誠の単車は岩手県と青森県の境目……八幡平エリアにとうとう侵入した。
冷たい雨がふりはじめた。
空気が冷えているのか、雨だというのに路肩には雪が積み上がっている。
誠はそれに内心ビビりつつも、雪に変わったり凍結するほどの寒さでない事に安堵し、これがもっと冷たくなる前に通過してしまおうと、単車をわずかに加速させる。
高速は、八戸や野辺地の方を回っていく国道4号線と別れ、左右にスキー場のある山々をぬって、弘前経由で青森を目指す方向に進んでいく。
『あら』
『あの人間、印があるわねえ』
『めずらしい……ねえねえ遊ばない?』
それでなくとも過疎地帯のうえ、悪天候の深夜とあって郊外で活動している人間は皆無。
そんな状況を利用して楽しげに遊んでいるモノたちがいるのだが……単車で駆けていく誠が印もちである事に気づき、わらわらと集まってきてしまう。
「……」
だが、ハンドルのところに鎮座している守護妖精らしき存在が目ざとく気づき、サッと手を出して「今はダメ」と合図する。
それを見たモノたちは残念そうにためいきをつくが、中の一体が守護妖精に、何かを投げてよこす。
反射的に受け取ると、そのモノはニッコリ笑い『気をつけて行け』と笑顔で手をふる。
守護妖精つまりノルンは、こっくりと大きくうなずいた。
■ ■ ■ ■
「ん?」
いくつか山深いトンネルを抜けて、なんとなく「あ、ここから暖かくなってくるゾ」とピンときていた頃なんだけど……唐突にノルンが何かを受け取るような動作をし、そして大きくうなずいた。
何があった?
そしたらノルンはこっちを見て、ニヤリと笑った。
「祝福もらった」
「え、祝福?こんなとこで?誰に?」
だがノルンは、こくんと首をかしげるだけだった。
「誰かわからないやつがくれたってことか?」
「うん」
「ほほう……何者かな?」
妖怪のたぐいか、それとも土地の神様か。
まあどちらにしろ、ありがたいことだ。
周囲を見渡してもそれっぽい姿は見えない。
「仕方ない、帰ったら誰かに相談してみるか」
「相談?」
「お礼が必要かもしれないだろ?……この事、覚えといてくれるか?」
「わかった」
弘前が近づいてくると、山間の寒さが急に抜け始めた。
気温も四度以上にあがり、空気も緩んできた。
雪の危険は完全に抜けたと判断した。
だがここにきて、別の問題……雨が激しくなってきた。
「ハハハ……来ちまったかぁ」
ついに来たという気持ちのせいか、微かに疲労を感じた。
だけど「ここまで来た」という達成感のせいか、あまりつらくない。
寒さや冷たさもグリップヒーターのおかげで軽減されているし、そっちの消耗も驚くほど少ない。むしろ栃木や福島で必死に走っている時の方が疲労を感じていたように思う。
……疲労管理の考え方を、根本的に改めるべきかもしれないな。
徹夜して走ると体調が狂うのはむしろ当たり前だけど、昔なら丑三つ時は眠かったはずだ。夜明けとともに一度眠気が吹っ飛び、そして完全に昼間に変わってから大きな眠気が押し寄せてきた。
現在は朝三時半をまわり、当然だが周囲は真っ暗。
本来、この時間は眠いはずなのに、どうして眠気を感じない。
体力の使いすぎか、それとも体調を大きく崩している可能性もあるかもな。
普通、気温一桁で長雨の中を数百kmも走れば、憂鬱になるのが人間というもの。
しかもブーツは防水スプレー吹いただけ、手だって防水対策は適当だってのに。
だけど俺はなぜか気分がよかった……良すぎた。
これは要注意だな。
そしてついに、単車は青森ICに到着した。
時刻は午前四時前。
「……とりあえず給油すっか」
身体は疲れているが、ギリギリの燃料を先に入れるべきだった。
ICから出て最初のT字路の向かいにあったGSに飛び込み給油。
「はあ……」
少ないとはいえ疲労感がないわけはない。下道あわせて720kmを徹夜で走ったんだ。
もう少しでちょっと休める。
さぁいこう。
再出発し、ナビの導くままに青森港を目指す。
途中、コンビニに立ち寄ろうと思ったのだが……。
「ないな……コンビニ。なんで?」
全然コンビニがない。
暗い上、すっかりナビ頼りだった俺は気づいてなかったんだけど、実は青森ICからフェリーターミナルへは、ほとんど青森市街を通ることなく着いてしまうんである……これではコンビニにあたるわけがない。
その昔、青森ICが青森市街から遠いのは経験ずみのはずなのに、久しぶりすぎて俺の頭はそこまで回っていなかった。
「まぁ仕方ない、とりあえず港に入ってみるか」
燃料は満タンなのだし、中で食い物皆無ということもあるまいと単純に俺は考えた。
何しろ昨日の午後から何も食べてない。
空きっ腹で船で揺られると船酔いでひどい目にあうのは、その昔、利礼航路ってところで経験ずみだったのだけど、それより優先する理由があった。
何しろ今は連休中。
こんな時期に飛び込みでフェリーに乗ろうってんだから、キャンセル待ちの登録を先にすべきだと思ったのだ。
フェリー会社が2つあったが、警備員にたずねてみたら「バイクならあっちだろう」との事だったので、そちらに向かった。
朝四時過ぎだというのに、すでに十台以上の単車が止まっていた。
たぶん、予約済みのやつはこれから到着だよね?やはりキャンセル待ちだよな?
中に入り、乗船申込書に単車のナンバー等を記入、キャンセル待ちに並ぼうとしたんだが。
「オートバイなら、まだ空いてるかもだから受け付けに回ってくれる?」
「あ、はい」
キャンセル待ち申し込みでそう言われ、回ったらなんと、五時過ぎの始発に一発OKとなった。
「おー、乗れるのか!」
トイレを済ませてから指示通りに外に出、受付済みの列に並んだ。
「おー」
夜が白み、夜明けの静かな海に船が浮かんでいた。
ああ……ついに渡るんだなと思った。
ずっと昔……悲しい気持ちで、もう二度と戻らないかもと思いつつ函館から渡ってきた時の記憶が、俺の中でスッと昇華していこうとしていた。
やがて。
俺たちは係員の指示に従い、船の中に単車を収めたのだった。




