津軽海峡を越え北の地へ
眠れない。
船室に入ってゴロゴロしている時の印象は、ひとことで言うとソレだった。
疲労しているはずなんだけど、睡魔がやってこない。
空腹のせいか?
幸いなことに海が荒れなかったけど、荒れていたら大変なことになったのかもな。
それでも無理やりしばらく休んでから、今度はスマホで調べ物。
いくつかあるフェリー会社にアカウント登録をして、空き便探しをする。
え?そんなことより休め?
わかっちゃいるんだけど眠れないから。
それに一応、優先順位としてはおかしくないと思う。
目的地に到着した旅人が、何を差し置いても最初にするべきは何だと思う?
宿の確保?いやいや、それは二番手。
最優先にするべきは『帰り支度』だよ。
公共交通機関で来たなら帰りの便の確認を。
乗り物を運転してきたなら、燃料をチャージ。
で、ここは北海道に渡る船の中。
となると、だ。
休む以外で最優先でするべき事といえば、帰りの船の確保に決まってる。
操作していると、ノルンが「トントン」と俺の肩を叩いた。
ここは二等船室で他にも人がいるから、なるべく音をたてないようにしているようだ。
……で、何だろ?
『おい、何だ?』
『これ』
ん?苫小牧便は見たはずだが……あれれ?
うわ、なんだこれ。
新日本海フェリーに苫小牧航路があったのかよ。
ああ、津軽海峡を通って日本海に出てから、秋田や新潟に行くわけね。
……悪くないかもしれないな。
北海道航路は複数あるけど、メジャーな航路といえば太平洋航路か、あるいは小樽から新潟や若狭方面に向かうやつだろう。青森県と結ぶ近距離ルートを別にすれば、津軽海峡を横切って太平洋と日本海を行き来する航路というのは、どちらかというとマイナーな部類に属するはずだ。
有名でないということは、空きが出やすいって事のはず。
調べてみると、秋田便にも新潟便にも若干の空きがあったが、秋田便は単車だけで人が乗れなかった。
ではということで、新潟便を予約。
スマホから精算可能だったので、その場で精算もすませてしまった。
「よし……もうちょっと休むかぁ」
スマホをポケットに戻すと、俺は無理やりの休眠を再開するのだった。
まもなく函館に着くとの放送が流れ、俺は起き上がった。
眠れた感じはないが、疲労感は多少なりとも軽減されていた。
うん、走れそうだ。
ライダーの誘導を待ち、俺は貨物デッキに急いだ。
始発だというのに、単車は二十台近く並んでいた。
そういえば。
乗船する時にも思ったけど、いわゆるアドベンチャータイプがやたらと多いように思う。
アドベンチャーは純正のアルミ箱があったりするし積載に強いが、とにかく大きく重い。
近年の流行だし旅行に向いているのもわかるし正直すごいと思うけど、俺はその大きさと重さが苦手だ。
今の単車を買う時、背の高いオフ車とアドベンチャーを拒否してレブルを買った理由はそこにあった。
俺は気楽に乗れるのがいい。
さて。
自分の単車に戻って装備を整え、出待ちをしていると隣の単車の青年が話しかけてきた。
「もしかして我々、最後ですかね?」
「たぶん……車が全部出てからでしょうね」
「ですよねえ」
きけば、はじめての北海道ツーリングなのだという。
「はじめてなんで、よくわからなくて。いっぱい走る事になってます」
「それでいいんですよ、はじめてなんでしょ?」
俺はニッコリと笑った。
「何がいいかなんて、結局は自分で見てみないとわからないじゃないですか。
だから最初は見回ってみてください。
で、次から少しずつお気に入りを絞りこめばいいんですよ」
「そうか……そうですよね」
「はい」
何がいいか、なんてのは人によって全然違う。
俺なら黄金道路とかおすすめだけど、あんな海辺の飛ばしにくい道なんかカスだって人もいるだろう。好みなんてそういうものだ。
だからこそ、自分の目で確認してほしいと俺は言ったのだけど。
……うーむ。
偉そうにアドバイスなんて、やっちまった。
少しは参考になってくれたなら嬉しいがなぁ。
「お、そろそろみたいですよ?」
「では、お気をつけて」
「ええ、お互いに!」
北海道に単車で上陸するのは、本当に久しぶりだった。特に函館なんて十年単位での久しぶりなんで、もう右も左もわからない。
さて。
懐かしくはあるけど、ここはまだ函館。俺の行きたい場所からはあまりにも遠い。
行動開始するか。
「いくぞ」
「ういっす」
船の中では沈黙していたノルンだったが、誰も居ないのでもちろん平常運転に戻っている。スマホの横に鎮座して「さぁ仕事よこせ」と言わんばかりにこっちを見ている。
「函館の町を出るまではナビ頼むな。五号線に入ったらしばらく休憩だ」
「?」
「昨夜は徹夜なんだ、無理はしないよ」
たぶん、のんびり移動してから洞爺湖か支笏湖、ニセコあたりでキャンプ場に転げ込むだろう。
え?始発のフェリーだったんだからそんなの昼に着くだろって?
否定しないけど、いったろ?徹夜明けだって。
「フェリーで休めてはいるけど、ちゃんと眠れてないからね。
札幌の向こうに行くと知ってるキャンプ場が遠くなるし、手前にしとくよ」
「うん、わかった」
そう言って、俺たちの北海道ツーリングはスタートした。
走り出すと、すぐに懐かしいものが目に飛び込んできた。
縦型の信号機。
路肩を示す矢印。
お世辞にも綺麗とは言えない舗装。
「ああ……帰ってきたんだなぁ」
思わず声が出た。
色々あって出てしまったが、一度は骨を埋めようと思い五年ほど暮らした土地だ。もちろん住民票ももってきて税金も収めていた。
涙が出るほど懐かしい……いや、単に懐かしいという言葉では語れないだろう。
おっと、いかん。
懐かしがってないで、五号線に合流する前に方針を決めないとな。
始発の船で函館に渡り、単車を下ろすと時刻は九時半を回っていた。
単車は最後の荷降ろしになったうえ、装備のチェックなんかもしたからね。
で、なんだかんだで今の時刻は10時に近づきつつある。
「次、ひだりー」
「あいよ」
ノルンがナビとにらめっこして、指示を出してくる。
そのとおりに俺は左折する。
国道227号。
これでしばらく走ってから、五号線に合流する流れのようだ。
この時間、それと今後の予定をあわせると、方針は二択のどちらかになる。
ひとつは、高速でもなんでも使って、速やかに旭川に出る事。
ひとつは、逆に札幌までも出ず、ニセコから洞爺湖、支笏湖に渡るエリアのどこかに早めの宿を求めること。
何しろ昨夜は徹夜だし、ろくに仮眠もできてないんだ。
きっとよく眠れるだろう。
札幌方面にはいいキャンプ場がないし、そもそもゴールデンウイークだと、ライダーハウスなども営業開始してない可能性がある。
ここに泊まれると確定してない場合、政令指定都市の近郊で夕刻になるのは避けるべきだ。
あと同じ意味で、札幌と旭川を結ぶ区間は町が開けすぎているので、ここで夕刻になるのも避けたい。
俺の記憶に違いがなければ、道央近郊で良いキャンプ場を選ぼうと思えば、最低でも留萌の向こうに行く、旭川より北のエリアに行く、あるいは芦別・富良野方面に行かなくちゃならないが、そのあたりまで行くには、ここから400km以上走らねばならないわけで、さすがにダルい。
それに、いくつかの懸念事項があって……旭川~富良野エリアは後回しにしたいって気持ちもあったりするんだこれが、うん。
となると、だ。
「……うん、たぶん」
最終決定は洞爺湖・ニセコ方面でする事になると思うが……おそらく決定だろうな。
「もうすぐ、つきあたりを、左ー」
「お?そうか?」
「うん」
どうやら、いよいよ国道5号線に合流するらしい。
ああほんと、何年ぶりだろう。
俺は目を細めた。




