誠の周囲では……。
視点がマコト固定から動きますので、ご注意ください。
いきなりやってきて助けてくれて、ついでに唇を奪われましたと。
まったく、人外な方たちというのは本当に面白いというか、意表をつかれるもんだなぁ。
そんなことを考えつつも単車を走らせ続ける。
だけどしばらくして、俺はこの『誰もいない東北道』を走るのが苦痛になってきた。
そりゃそうだ。
雨は降り続き、視界は最悪。
しかも外灯すらもない田舎の高速道路。
ここで、ほかの車の光すらなくなったら……むしろ刺激がなさすぎて、きついんだよ。
「はぁ。ノルン、元の空間に戻してくれ」
「いいの?」
「いい、これじゃ居眠りして自爆する」
「わかった」
ノルンがそういった瞬間、チラチラと前や後ろに車の光が見え始めた。
元の空間に戻ったようだ。
俺は対向車との距離をはかり、安全速度を維持する。
「よし」
通行止めの区間も無事抜けたらしい。
そのまま走り続ける。
雨は降り続いているけど、山の中という事か、時々降り止んだりもする。そして、そんな時に空を見上げると、ごく一部であるけど雲が消えて星が見えていたりする。
残念、もう少し晴れていればいいのに。
■ ■ ■ ■
誠が悪天候に悪態をつきつつ、それでも黙々と単車を走らせていたその時。
その背後から、小さな影のようなものが闇にまぎれて迫っていた。
「……」
走ることと天気、周囲の車に集中している誠は気づいていない。
だが、ハンドルのところでお茶しつつ待機状態のノルンはそれに気づいていた。
小さな左手をツイと上げると、誠の目に触れないよう、音もなく単車の後ろ半分を覆う結界を瞬時にこしらえた。
──その瞬間、パチッと電気がショートするような音がして、一瞬だけ光が溢れた。
単車に飛びつこうとした影が、軽く跳ね飛ばされた。
コロコロと派手に転がって、しかし普通に路肩で止まった。
「……むう」
その小さな身体に似合った、かわいらしい唸り声が漏れた。
「ち、なんだよあのチビ妖精、とんだ喰わせモンじゃねーか」
どうやらダメージはないらしい。
彼は、たちまち遠ざかっていく単車を残念そうに見つめるのだった。
■ ■ ■ ■
「ん?」
なんか今、後ろの方で光ったような?
なんだ?
けど当然、後ろにはなにもない。車すらもいない。
うーむ……。
昔の単車ならミスファイアでもしたんかいと思うけど、今どきの単車であるレブルでそれはないと思う……というか、あったら今回の旅はここで終わりになりかねない。
けど、走りには異常もないようだ。
うーむ、なんだったんだ。
そうこうしているうちに、後ろから次の車の団体さんが迫ってきた。
おうおう、みんな飛ばしてやがるなぁ。
びゅうびゅうと流れる風音、そして風防に当たるかすかな水音。
俺?
いや、このままこの速度を維持するさ。
「なぁノルン、今、何かあったか?」
「大したことはない」
「ん?大したことはない?」
「うん」
なんか、歯の奥に何かひっかかったような物言いだな。
あー……もしかして。
「ようするに、何か当たったのか。虫か石ころか?単車にダメージあったか?」
「ない」
「そっか、ありがとな。
悪いけど引き続き頼むな、俺は走るのでせいいっぱいみたいだから」
「わかった」
よくわからんが、ノルンが何もないというのなら任せておこう。
うむ、あとで菓子でも食わせてやらねーとな。
■ ■ ■ ■
しばらく走り続けていると、福島県を出て宮城県に入った。
さらに一時的ではあるけど、雨が止んで曇り空になった。一部には星もかすかに見えている。
「ふう、少しは晴れるか」
誠は空を見上げて少しだけ微笑んだが、スロットルをゆるめず走り続ける。
しばらくそうしていると、今度は犬ほどもある影が3つ、ふたたび誠たちの単車に追いすがってきた。
近づいてきたソレは、もし誠が気づいたらギョッとしたただろう。イタチと呼ばれる動物によく似たソレは、しかし一般的に言うイタチの大きさではなく、むしろ中型犬以上のサイズがあった。
それが三頭。
しかも、時速80kmと少しで巡航している単車に追いすがってきたのだ。
そして。
──ニヤリ。
──ニヤリ。
──ニヤリ。
彼らは、明らかに印もちの誠をターゲットに据えていた。
一応念の為に言っておくが、先程の影にも、そして彼ら鎌鼬にも悪意があるわけではない。
印持ちの人間がむき出しの単車を転がしているのを見て、単に面白がって近寄っているだけの話だった。
特に今回の場合、誠が自分たちの接近に全く気づいていないのもわかっており、イタズラをしかけてアピールしようという意図もあった。当然、悪意などはカケラもなかった。
しかし。
「っ!」
先頭を走っていた一頭の眼前に、唐突に何か硬いものが当たってきた。
瞬時に先頭の大イタチが停止し、後ろの二頭も自動的に止まった。
「どうした兄者?」
「なになに?」
「……あのチビ助、とんだ曲者だぜ。見ろや」
大イタチの足元には、ぶつけられたものがあった。
しょうゆせんべい、三枚。
「せんべい?」
「げ、ちゃんと俺らの頭数分あるじゃねえか……しかも乾いてやがる」
「この天気の中?」
「あの人間、全然気づいてなかったよねえ?あの妖精の独断?」
「だろうな」
「けど、高速走行中にせんべい当てるって」
「風に乗せたんだろ?痛みもなかったしナ」
そう。
普通、高速走行中にせんべいなんて、ただ投げても風に飛ばされるだけ。
むしろ逆に、風をあやつり、その風に乗せて飛ばしたのだろうと彼らは考えた。
イタチたちは、せんべいを食べ始めた。
「あーあ、やられたなぁ」
「ま、あの感じだとホッカイドーに向かってんだろ?帰りに会えるんじゃねーか?」
「けど、新潟に船で渡ったらこっち通らないんじゃ?」
「……どうかな?また会えそうな気がするんだが」
そんな会話をしながら、イタチたちは単車の遠ざかっていった先に目をやるのだった。
■ ■ ■ ■
「おまえ、いつのまにせんべい出した?」
後ろのかばんに入れてあったハズのせんべいを、いつのまにかノルンが食べていた。
「俺にもくれ」
「ん」
速度を落としてシールドをあけると、ノルンがせんべいを口にいれてくれた。
後続車がいないことを確認すると、そのままボリボリと食う。
「なつかしいね。単車走らせながら飲み食いなんて、本当久しぶりだよ」
昔はドリンクホルダーにスポーツ用の給水チューブをつけたり、前に食い物いれて齧りながら走ってたよな。もちろん、飲み食いに耐える安全速度でな。
そうやって、各地を旅してまわったもんだ。
「そういや、時々ミョーな気配があった気がしたけど、おまえなんか気づいたか?」
「いた、でも大丈夫」
「大丈夫?」
「うん」
「よくわからんが、とりあえず心配はないんだな?」
「うん」
こんな高速上だから、いたとしたら……まぁ、そっちの世界のものだろうな。
まぁいい、とりあえず今は北上を続けよう。
そんなことを考えていたら、唐突にノルンが何かをキャッチした。
『マコトさん、何かありましたか?』
『まこー』
ああ、サワナさんとサーナか。
ふたりに預けてある二体のノルンから、目の前のノルン経由で通信が入ったようだ。
しかし、便利なもんだよなあ。
「こっちは大丈夫、通行止めの通過でちょっと知り合いが手伝ってくれたりしたけど、順調だよ」
『……それって先日の狐ですよね?本当に大丈夫なんですか?』
「大丈夫、栃木県を出たら出てこなくなったよ。たぶん彼女の領域を出たんじゃないかな?」
根拠はないが、あえて断言しておく。
もちろん、こっちのノルンを祝福してもらった事は黙っておくし、妙な気配のことも言わない。
それは、相手を安心させたい時にする話題じゃないからな。
「こっちはまもなく岩手県につくよ。
サワナさん、もう夜中だしサーナを」
『ええ、わかりました。マコトさんお気をつけて』
「ええ、ありがとう。おやすみなさい」
それで通話は切れた。




