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三人の関係

すみません、諸事情でめっちゃ更新遅れています。

 いろいろあった翌日。

 午後だいぶ回ってからカスミさんの宿をあとにした俺たちは、そのまま家路についていた。

 

「道は間違ってない?」

「はい、このまま木更津方面に進んでください」

 俺たちの間には、チャイルドシートに座ったサーナちゃん。

 サーナちゃんは、マジックで落書きした白い石──昨日の姉弟にもらったものらしい──を謎の何かに見立てて3つ並べ、ウニャウニャと聞き取れない言葉でナゾの遊びをしている。

 エンジンは快調、うん、なんの問題もない。

 そうしてハイエースを走らせながら、ふと視線を感じてサワナさんの方を見た。

「えっと、どうしたの?」

「後悔なさってますか?」

「え?」

 一瞬、サワナさんの言うことの意味がわからなかった。

「後悔って何を?」

「わたしたちのことですが」

「──はぁ?」

 俺はたぶん、ぽかーんとサワナさんの顔を見てしまった。

「あーつまり、一緒になろうって話について後悔してないかって?」

「はい」

「それはない、というか、そもそも今、指摘されるまで考えもしてなかったよソレ」

 苦笑すると、そうなんですかと言われた。

「でもどうして、そんなこと考えたの?」

「いえ、お悩みのように見えたので」

「あー、悩みというより不思議かな?」

「不思議?」

「だってさ、普通なら将来を誓ったら、とっとと一緒に住もうとかそんな話になるんじゃないかと」

「……人間の方ならそうかもしれませんね」

「海の一族は違うの?」

「はい」

 サワナさんはうなずいた。

「お互いにそれぞれ、自分の一族でも立場があるじゃないですか。

 マコトさんもわたしたちも単身世帯ですから一緒に住むのは合理的ですけど、それでも無理に即、同居の必要はありませんよ。

 だいいち大変じゃないですか?」

「大変?」

 ええ、とサワナさんは柔らかく微笑んだ。

「結婚して、どちらの家からも離れた場所に二人だけの新居って話をテレビで何度も見ましたけど、不思議で仕方ありませんでしたよ。

 二人だけならいいですけど、子供を作って育てるつもりなのでしょう?

 ふたりっきりで子育てするおつもりですか?

 少なくともひとりが、もしかしたら二人とも働いてるのに?

 どうやって?」

「……たしかになぁ」

 言われてみればそうだ。

 考えてみたこともなかったけど、たしかに、なんでって思うよな。

「もともと二人しかいないのなら仕方ないですけど、頼るひとがいるのでしょう?

 だったら焦って独立する必要はないと思います。

 まずは子育てをしてから、そういうことを考えればいいんです」

「……たしかに」

 実際、サワナさんはいい例だろう。

 二人暮らしのうえに旦那さんを亡くしてしまったサワナさん。

 当時サワナさんは乳幼児のサーナちゃんのために働いておらず、しかも復職しようとしたら元の職場に足元を見るような応対をされたらしい。

 そのまま復職してもいずれ破綻が見えていたので、結局は復帰を諦めたという。

 当然、新たに職を見つけるまでは収入ゼロのうえ、赤子の世話に休日はない。

 もしも水瀬さんたちがいなかったら、とっくに破綻していたろうとのこと。

 うん、たしかにそうだろうな。

 

 家族制度が正しいと言うつもりはさらさらない。

 そして、親元を離れて暮らすことが愚行だとも俺は思わない。

 実際、サワナさんは周囲に助けられる形とはいえ、母娘だけで生活できているわけだし。

 

 だけどそれは、彼女のいるアパートがたまたま、長屋か下宿みたいな運営形態で住人の距離が近く、しかも家族同様のつきあいがあったからこそ可能だった事。

 この世にいる夫婦だけの世帯、あるいはシングルマザー・ファザーの世帯で、こんな好条件で暮らしている人がどれだけいるかというと、その確率は宝くじの一等賞にも足りないだろう。

 人間の乳幼児期間は非常に長いなので、ペンギンか何かのように夫婦だけでは負担が大きすぎる。

 乳幼児期だけでもいい、誰かを頼れるようにしなくちゃいけないって事だな。

 

「ちなみに一般的にはどうしてるの?」

「わたしたちの種族の結婚ですか?」

「うん、そう」

「妻は実家から動かず、生まれ育った家で子育てをしますね。

 その家に夫が通うスタイルが基本です」

「通いなんだ、それはそれで子育て大変そうだな」

「いえ、夫は子育てに参加できないんです。人手で足りない時は別ですが」

「え、そんなんでいいの?」

 なんか、極楽とんぼなヤツが増えそうだけどな、それ。

 でもそういうと、サワナさんは首をふった。

「そもそも、ろくでもない夫は簡単に切り捨てられますよ?

 結納でしたっけ、そういう重い約束事もありませんし。

 通ってきた夫を妻が拒絶してしまえば、それで離婚成立です」

 え?

「さらにいえば別居が基本なわけですから、そういう時にそなえて『予備の夫』がいても全然おかしくないわけです。

 まぁそれは逆にいうと、夫の方にも別の通い先がありうるわけですが」

「うわあ」

 さすがにちょっと引いた。

 でも。

「どっちもまぁ、たくましいこって……ってあれ?もしかしてソレって『(かよ)い婚』じゃないか?」

「え?カヨイコン?」

「うん、(かよ)い婚。夫が妻の家に通う結婚形式だよ」

 日本でも、平安中期くらいまでは普通だった結婚形式。

 結婚しても女性は家を出ず、子供は母親の一族で育てられていた。

 つまり生まれ育った家で、慣れた環境で子育てができるわけで、周囲の手を借りることもできた。

 まさに理想的だろう。

 

 そんな話をサワナさんにしたんだけど。

「なるほど、わたしたちの形態とよく似てますね」

「うん、俺もそう思う」

 そもそも通い婚のスタイルは原始社会に多いが、要は子供をコミュニティの中でなるべく安全に、負荷なく育てられるようにというシステムなわけだ。

 その是非はともかく。

 少なくとも突然に旦那を失い、乳幼児のサーナちゃんを抱えて職もなかったサワナさんにとっては、他人事じゃあるまい。

「ところで確認ですけど、本当に週末だけでいいんですか?」

「え?」

 唐突に尋ねられた。

「昨夜話しあった、わたしたちのおつきあいですけど……覚えてらっしゃいます?」

「あー……うん、とりあえずお互いの今の生活を維持しつつ、まずは休日に一緒にいようって話だよね?もちろん覚えてるよ」

 ふたりの休みが噛み合う日というと日曜日になる。

 だから日曜または土曜の夜からって事になったんだけど。

「でも、それでいいんですか?」

 じっと見てくる。

「あ……それはもちろん、今後少しずつ増やしたいと思う、そうだよね?」

「はい」

 サワナさんも同意してくれた。

 

 言うまでもないが、サーナちゃんたちは今のアパートにいるのが望ましい。

 俺のいるとこは独身アパートであり、子育てには向かないからね。

 だけど。

 俺がアパートに移り住めばいいという話になった時、ひとつの問題が浮上したんだ。

『そういえば、マコトさんのご実家はどうなってますか?』

『あ』

 そう。

 親父はもういないが母は元気で、賑やかなご近所さんに囲まれて平和に暮らしてる。

『そうか、おふくろは……説得が必要だな』

 母は、俺の結婚そのものは喜んでくれるだろう。

 ただし別の問題がある。

 サワナさんたちの出自……人間でない事に気づくかどうかは別としても、日本人でない事、サーナちゃんがサワナさんの連れ子である事時点で、おそらく難色を示すか、はやく自分の子をと干渉してくるかもしれない。

 この問題は小さくないだろう。

 

 悩んだ末、俺が言い出した提案が採用される事になった。

 つまり、きちんと「三人」の生活を安定させようということ。

 しばらくは俺がサワナさんとこに通うスタイルからはじめて、そこから生活を少しずつ融合していく。

 無理なく、ゆっくりと。

 サーナちゃんが今よりもう少し成長するのを待ちながら。

『つまり、おつきあいをはじめたばかりでは、さっさと別れろって話になりかねないと?』

『そういうこと。

 基本的には、ちゃんとやっていれば祝福してくれると思う。

 だから一年か一年半か、とにかく、生活の足場を固めていこうよ』

『そうですね』

 まずは足元を固めよう。

 それが俺たちの結論だった。

 

「ところでマコトさん、この子の成長が加速しはじめてるのに気づいてますか?」

「え、そうなの?」

 思わず、遊んでいるサーナちゃんを見た。

「マコトさんの存在がいい刺激になっているようです。

 今回会った同年代の子とかもいい刺激になったようですが」

「え、そんな理由で成長が早くなるもんなの?」

「なりますよ。

 特にサーナの場合、長いこと周囲に異性がいませんでしたから。

 同性だけでも成長しますけど、異性の存在は子供には大きいですよ?

 ……特に、自分を女の子として見る目線には」

「えっと、なんですか?」

「いえ、なんでも」

 サワナさんの目線が一瞬、舌なめずりをしているように見えたのは気のせいだろうか?

 

 

 

 そんなこんな会話をしながらも、俺たちは無事にアパートに帰り着いたのだった。

やっと帰りましたので、次回から元のスタイルに戻ります。


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