変化していく変化(へんげ)
ぼっち生活が続くはずだった俺の人生。
なのに唐突に知らない世界が開き、さらに、若き未亡人とその娘さんとの縁、なんてものができてしまった……まぁ娘さんといっても、ほとんど赤ちゃん同然だけどな。
なんというか、なぁ。
ほんの数ヶ月前の俺が聞いたら、信じるどころか鼻で笑う展開だろこれ。
なんというか。
人生、何があるか本当にわからないもんだな。
朝の空気の中、俺の単車はいつも通りカバーをかけられて駐輪場にあった。
さて、いつもの日課を始めるか。
カバーを外すと各部を軽く確認しておく。
やることはそれだけだが、気のついたところのホコリをはらったり、軽く掃除しておくのも忘れない。
え?毎日整備してるのかって?
違うよ、これはつまり、いたずらされたり鍵をいじられてないかの確認のついでだよ。
鍵はちゃんと機能しているか?
前日と比べて変わったところはないか?
不自然に濡れたり、目印のような石が置かれてはいないか?
常に鍵もかけてあるしカバーもしてあるけど、人間は間違いをするもの。
そして、悪意はどこにでもある。
油断すると、何があるかわからないからな。
俺のアパートが独身専用なのは前にも話したと思う。
学生が減ったことでフローリング化の改装がなされているんだけど、安造作だったらしくて東日本大震災の時にあちこち歪んでしまっている。おそらく俺が出たあと、あちこちの修理が行われるんだろう。
他にもいろいろと問題がある。
そんな部屋にどうして今まで住んできたかというと、ひとつには会社名義で補助も入っていたこと。
そしてもうひとつは、駐輪場に単車を停めさせてもらえたからだ……このへんで借りたら青空駐車でも月三万以上は当たり前にかかるからなぁ。
え、単車なんて好きなとこに止めろ?
いやいや、ここ東京都のど真ん中だぜ?
場所にもよるけど、単車なんか道端に無遠慮に停めていたら大変なことになってしまう。
それに、そもそも駐車場自体が都内は異常に少ない。
アパートなどでバイクOKってところに問い合わせても、まず間違いなく原付しか想定してないし、認めてくれない事が多い。
もちろん、バイクガレージサービスなどはあるが、あっちは逆に、俺たちとは無縁のお金持ちむけサービスだ。
前に調べたけど、ガレージに月10万単位のお金なんて到底かけられねえよ。
ポルシェやベンツがカローラのように並んでいる高級マンション群同様、俺には一生、縁のないものと言えるだろう。
そう。
たかが250の軽二輪だけど、それでも二輪自動車を都内で所有するのは、あまりお安い話ではないってわけだな。
「ふう」
とりあえず見終わった俺はカバーをかけなおし、鍵もかけなおす。
引っ張ってみて鍵がはずれないことも確認して朝のチェックを終えた。
よしよし。
そうして部屋に戻ろうとしたのだけど。
『誰か……食い物を』
……お?
頭に響く声にキョロキョロと周囲を見ると、そこに。
『誰か』
「……少し待てるか?だったら何か探してくるぞ?」
『!?』
ああ、まさかと思ったけど間違いないらしい。
駐輪場の奥にあるエアコンの室外機の、さらに影。
そこにいたのは。
……ボロボロに疲れ果てて汚れた、タヌキがいた。
裏のコンビニでドッグフードと鶏肉を買ってきた。
ちなみに鶏肉は安売りしていたので、生のやつと惣菜を2つずつ。
え?なんで二つずつかって?
万が一、惣菜の方をタヌキが欲しがったら、俺の朝飯が生の鶏肉になっちまうからだよ。
タヌキは生のやつに口をつけ、もりもりと食い始めた。
それにしても……やっぱりこいつの声だったか。
さて、それとだな。
「ところでおまえ、自分だけ食ってもいいのか?」
『……』
なんとなくだけど、わかる。
これ、奥にまだ隠れてるだろ。
「まだいるんじゃないか?いるなら、もうひとつあるぞ?」
『……』
タヌキは俺のもっている肉を見て、そして俺を見た。
んー、たぶん通じてると思うんだがな。
目線が、ちらちらと不自然に動いている。
そして。
「お」
タヌキ同士で何か合図のような反応があったのか、後ろからゾロゾロと数匹の子ダヌキが出てきて食い始めた。
うん、やっぱりね。
もちろん野生のタヌキだ、不用意に触ったり近づきはしない。
俺は自分の朝飯に手をつけた。
少したつと子供たちは再び物陰にひっこみ、彼らを背に隠す位置にタヌキが移動した。
ま、そりゃそうだわな。
「なぁ」
『……』
「話、通じてるんだろ?何があったのか教えてくれないか?」
タヌキはしばらく躊躇していたけど、ボソリ、と話してくれた。
『すみかを追われ移動している』
「住処を?じゃあ、新しい縄張りを目指しているのか?」
『そうだ』
「ほほう、あてはあるのか?」
『ある』
はっきりと肯定してきた。
なるほど、あてもない逃避行ではないんだな。
「……どこか聞いてもいいか?」
『聞いてどうする?』
「……それは」
『二本足と我らの銀月は交わるまい。
食事の礼に話せというのなら、やぶさかではない……しかし、たまたま我らと道が交わったのみのそなたに益のある話ではないと思うのだが?』
「お、おう」
ずいぶんと渋い物言いのタヌキだな、おい。
まぁ、なんだ。
意訳すれば、人間とタヌキは相容れないぞと言いたいわけか。
確かにそうだ、野生だもんな。
ただし。
「まぁまぁ、人間には知識欲というものがあるのさ。
確かにあんたの言うように、人間にはなんの意味もない情報かもしれないけどな。
それに、今すぐ役立たなくても、ずっと未来に役立つことがあるかもしれないじゃないか?」
『……』
タヌキは少し考えるようにすると、それからポツリと話してくれた。
『もう少しいったところに、水に囲まれた大きな島があると聞く。そこに行くつもりだ』
「水に囲まれた大きな島ぁ?」
んん?
いやまてよ、タヌキが縮尺で大きな島ったら、ああそうか。
「そうか皇居か!」
『二本足がなんと呼ぶかは知らない』
タヌキはそういった。
少し前のデータだが、東京都内には千匹程度のタヌキが住んでいると推測されている。
その中でも、ひときわ多くのタヌキがいる場所のひとつが皇居なんだそうだ?
え?皇居の中なんて誰が調べたんだって?
それがな、なんと当時の今上陛下……要するに平成の天皇陛下もご協力くださったんだと。
なんたって現役の動物学者だもんなぁ。
その陛下によると、皇居の中にはあちこちにタヌキのトイレ……タヌキは決まった場所に排泄する習慣があるそうだ……があるそうで、フンを見る限り、かなりの数が皇居の中で暮らしているのだそうだ。
説明終わり。
「しかし皇居だと、他にもいっぱいいるんじゃないか?」
『もう隙がないなら、それはまたその時だ。候補はそこだけではないからな……うむ、よい食事に感謝する』
そういうと、タヌキは立ち上がった。
「もういいのか?ゆっくりしていけばいいのに」
これはリップサービスでなく、本当に残念に思った。
でもタヌキは、苦笑するような妙な気配を投げてきやがった。
『おまえと同じニオイをさせた幼い個体が近くに来ておる。
子どもらを怯えさせるわけにはいかんのでな、失礼する』
「あー了解」
つまり、またサーナちゃんが逃げ出したんだな。
「わかった、気をつけていけよ──人間や事故に気をつけて」
『うむ、ではな』
「あー?」
「ん?ああお客さんが来てたのさ、もう行っちゃったけどね」
「……あー!」
タヌキと入れ替わりにやってきたサーナちゃん。
もちろんサーナちゃんはタヌキに気づかなかったが、ニオイから来訪者には気づいたらしい。
当然、どこ?見たい、見たいとダダをこねはじめた。
「ああ待て待て、ところでコレを食べたくないか?」
「とり!」
よし、トリのモモ肉グッジョブ。
「ああトリだ、ほれ、中に入るか?」
「──る!」
「ははは、よしよし」
しっかり意識をそらしたな?
まだ出勤には時間がある、まぁいいだろう。
そのことに気づいたのは、チキンのかけらをほっぺたにつけたサーナちゃんを、アパートに届けて戻ってきてからだった。
「……とりって言ったよな?」
俺が聞き取れたとかそういうレベルでなく、誰にもわかるレベルでハッキリ、トリといった。
「……成長してるってことか?でも」
なんかこう、早すぎるんじゃね?
そういやチキンもつ手も危なげなかったし、ひとまわり重くなったようにも思う。
なんていうか……すんげー速さで成長してねえ?
「そのうち、また単車のケツに乗せてって言い出したりして」
まさか、いくらなんでもそれはないか。
うーむ。




