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食堂にて

 夜になると涼しい風が吹いて、とたんに過ごしやすくなった。

 サーナちゃんと遊んでくれていた姉弟もやっぱり宿泊客だったようで、俺たちより年上と思われる夫婦と合流していた。

 その夫婦は俺とサワナさんが挨拶すると微笑み頭をさげ、そして家族で部屋に戻っていった。

「そういやここって、食事とかどうなってるんです?」

「皆でとることもできるし、もらってきて部屋でとる事もできますよ。

 マコトさんはどちらがいいですか?」

「んー、俺はどっちも捨てがたい気がするなぁ」

 こういう時は、余計なことを考えない子……サーナちゃんの意見をきこうか。

「サーナ」

「ん?」

 さて、理解してもらえるかな?

「ごはん、ここで食べるのがいい?それとも食堂で食べる?」

「あー、それはさすがに」

 まだ無理なんじゃないかしら、とサワナさんが言いかけたのだけど。

「んー、あっち」

「あっち?」

 部屋の外を指さしてるようだ。

 ああ、そういうことか。食堂って語彙がないんだな?

「ここじゃなくて、別のとこで食べたいんだな?」

「うん!」

「オーケーわかった。

 サワナさん、そんなわけなんで食堂はどうです……サワナさん?」

「……」

 サワナさんは、あっけにとられた顔で俺とサーナちゃんを見ていた。

 そして突然に、クスクスと笑いだした。

「え、あの?」

「ああごめんなさい、へんな意味じゃないんです。

 わかりました、じゃあ食堂にしましょ」

 

 

 宿の食堂はこれまた古臭い雰囲気で、本当にどこぞの小説に出てくる妖怪だらけのアパートみたいだった。

 しかし。

「……こんなに宿泊客いたか?」

 ここにいるってことは客なんだろうけど、ずいぶんとバリエーション豊富だよな?

 かっぱみたいなのとか、人外というより妖怪然としているヤツもいれば、本当に生きた人間なんだろうかって連中までいる。

 首をかしげていたら、後ろから声をかけられた。

「いや、大部分は近所の人たちだヨ?」

 振り向けば、カスミさんが立っていた。

「お客さン、そこに立たれるとちょっと困るのサ、席についとくれ?」

「ああすみません」

 サワナさんが「こちらです」と呼ぶので、そっちに移動して着席した。

「しっかし賑やかだなぁ」

「ここ、一人暮らしの近隣の人たちの食堂にもなってるんですよ?」

「ああ、そういうことか」

 ひとりぼっちのお年寄りは増えているし、今後も増え続ける。

 ならばこういう場所は貴重だろう。

「みんなここに食べに来るの?」

「ひとりぶん作るより、一緒にしたほうが安いでしょう?

 それに、腕と時間のある方が手伝いに入ってくれる事もあるそうです」

「なるほどなぁ」

 昔の共同体みたいになっちゃってるわけだ。

「けど、ここのご近所って……このあたりって、そんなにその、『お仲間』がいるわけ?」

「いるとも」

 おっと!

 ふと気づくと、後ろのテーブルのおっさんが俺の方を見て笑っていた。

 丸メガネで、どこか芸術家肌の雰囲気のある人だった。

 そして……人間だった。

「見慣れない客人さんだね、しかも、いろんなニオイやら印やらついてる」

「ははは、ええ、東京から来ましたけど中身は東京モンじゃないんで。ここの常連さんですか?」

 しかし言葉がきれいで聞き取りやすい。しかもよく響く声。

 俺の偏見かもしれないけど、発声練習をした人特有の声のように思える。

 不思議に思っていたら、背後にある黒いものに気づいた。

「……アコギ?」

「おや、その言い方をするってことは」

「はい、持ってます(・・・・・)、Kヤイリの78年式YW-800ての」

持ってる(・・・・)、ね?」

「ええ……住んでるとこが楽器禁止で、もう何年もしまいこんだままなんで」

 思わず自嘲が出た。

「でかけて演奏しないのかい?」

「色々ありまして。たまに、ひとりカラオケ行くくらいです」

「ああ、歌を忘れたわけじゃないんだね?」

「かろうじてってところですが。もうギタータコも消えちまったし」

 そんな話をしていると、誰かがおっさんに声をかけた。

「え、またずいぶんと懐かしい歌だね……ああ、了解」

 おっさんは客の誰かと目配せしたかと思うと、カスミさんを目線で探して声をかけた。

「カスミさん、リクエストきたんだけど一曲いい?」

「いいよー」

「了解、じゃあちょっと失礼して」

 ケースからギターを取り出した。

 で、そのメーカーにちょっと見覚えがあった。

「ギルド(GUILD)ですか、しかもFシリーズ」

「よく知ってるね、F-50だよ」

「いやぁ……実は昔、何度かお会いしたプロの方が愛用してたんで」

 そんな話をしつつ、慣れきった手腕ですばやく調弦していく。

「うん、いいかな。そんじゃ一曲」

 そういうと、静かにおっさんは歌いだした。

 

「……ほう」 

 ふと気づくと演奏は終わり、周囲から拍手が飛んでいた。

「やや、どーもどーも」

 おっさんは挨拶し、演奏を止めてギターをケースに収納した。

「あれ、もうやめちゃうんですか?」

 てっきりミニライブになるかと思ってたけど。

「ここはライブハウスでもなんでもないからね、延々とやったら迷惑になっちゃうよ」

「……そういうもんなんですか?」

 俺はちょっと首をかしげた。

「君の言いたいことはなんとなくわかるけど……それは昔の話だね」

「え?」

 おっさんは少し寂しそうに言った。

「昔はたしかに君の言う通りだった、演奏家はどこでも歓迎されたよ。

 でも今はね、どこでもスマホがあって、皆は音楽を常に持ち歩いてるでしょ?

 そのためだと思うけど、あんまりへんなところで演奏してると、うるさいって怒られたり通報される事もあるよ?」

「……そうなんですか?」

「君はてっきり、そっちの世代だと思ってたんだけど?」

「あー……年齢的にはそうかもですけど、俺がギターはじめたのって、単車の旅行先で手ほどき受けたんで」

「そりゃまた」

 おっさんは笑った。

「21世紀にもなって、そんなヤツがまだいたのか。そうかそうか!」

 そういうと、おっさんは満面の笑みになった。

「そういえば自己紹介がまだだったね。

 僕は江崎俊介、シュンとかシュンスケと友達にはよく言われたよ」

 いきなり名前呼びですか。

 まぁ、こういう人は名前がアダ名扱いのことが多いからな。

「よろしくシュンスケさん、俺は諸田誠です、諸田でもマコトでも好きに呼んでください」

 

 

 サワナさんの提案で、俺たちは食事のテーブルを一緒にした。

「ああ、海の一族で海から離れてるんですか、それは大変だ」

「ええ、ちょっと困ることも多くて。

 マコトさんが運転できるということで、こうして三人で来たんです」

「なるほど。

 マコトくんは確かに『印』のある人みたいだけど、それでも海の人の相方とは珍しいと思ってたんですが……そういう事ですか」

「シュンスケさんは以前からこちらに?」

「若い頃、嵐で迷い込んで泊めてもらってね、それから常連ですよ。

 昔はホントに迷惑かけ通しでねえ、カスミさんにも頭があがりませんよ」

「何いってんだい、今でも似たようなもンだろが」

「ははは、すみませんって、もういいんですかカスミさん?」

「二条の子らがやってくれるとさ、まぁ楽なのはありがたいねえ、どれ」

 そういうと、当たり前のようにカスミさんは椅子を引き、俺たちの間に入り込んできた……しかも酒とコップ持参。

 なんつーか、当たり前のように混じってくるなこの人。

 これが普通なのかな?

「……」

 あーいや違うな、サワナさんがビックリ顔でカスミさんとシュンスケさんを見てる。

 どうやら普通の光景ではないらしい。

「珍しいね、カスミさんが中座してこっちに交じるなんて。いつもは厨房落としてからなのに」

「最近お客がやたらと増えててね、手伝いの子も増えてるのサ。

 どうも東京方面から、また昔みたいに人が動き出してるネ」

「昔って、空襲の頃の?」

「あの頃とは状況違うけどネ」

 カスミさんはためいきをついた。

「最近、秋葉原を作り変えたり築地を移動したり、都内の大改造が続いてるだろ?

 それで住処を追われてる連中が周辺部に移動してンだヨ」

「あー……そういや歌舞伎町でもそんな話聞いたなぁ」

 江崎さんも理解してくれたみたいで、大きくためいきをついた。

「なるほどな。

 人間社会に異変があれば、住めなくなった人外は移動するしかないってか」

「同じ人間でも、ずいぶんとひどい話が出てるそうじゃないか。

 まして、まともに見えやしない、人間でない連中はどうしようもねえサ。

 で、いられなくなった連中が逃げ出して来てンだヨ」

 そういうと、慣れた手付きでビール瓶のフタをあけた。

 でも。

「おっと、お兄さんはお酒やめときな」

「え?」

「カスミさん、ひと口ならいいですよ」

「そうかい?だったら少しだけネ」

 え?

 あの、カスミさん、なんで俺の酒に関する許可をサワナさんに求めるんです?

 そんでサワナさんもなぜ?

 俺が首をかしげていると、カスミさんが苦笑した。

「こら、忘れてないかい運転手」

「え、でも今日はもう運転しませんよ?」

「そりゃそうだろ、だから奥さんの許可が出たんじゃないか。

 けど、あまり強くないんだろ?ちびっこもいるんだし、飲み過ぎはやめときな?」

「あ、たしかに」

 サーナちゃんがいるのに、そんな飲むわけにはいかないな。

 なるほどと納得しかけたところで、

「……奥さんって」

「なんだい、入籍がまだってだけの話だろ?」

「いやいや、色々とまだですから!」

「ほほう……隣を見てもそう言うかい?」

「え?隣……お」

「お」

 なんか隣が暖かいと思ったら、いつのまにかサーナちゃんが俺の隣に移動していた。

 しかも、俺のマネをしてコップを持っている……さすがに片手では持てなくて両手だが。

「さっきからあんたのマネして遊んでるんだけどネ。

 しかも、あんたが食べてるものも同じように食べてるし」

「……」

「で?このまま飲むかネ?」

「やめときます」

 さすがに、サーナちゃんが飲みたがったら困る。

 仕方ないだろう。

Kヤイリの78年式YW-800: 僕のリアル「所有」ギターです……今の住居の都合で演奏できない状態なのも主人公と同じです orz


ギルド F-50の持ち主: ミュージシャンの松山隆宏さんですね。最後にライブにいったのはもう20年くらい前になりますが。

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