1 ☆
「この髪型でも、一応前は見えるんだよ?」
かずき
夏の虫の鳴き声が、机の上に突っ伏して眠る耳に聞こえてくる。
窓から差し込む日差しとそよ風が、黒髪を撫でていく。
「――八ノ夜さん」
ちょうど十歳年下の、男の子の声がすぐ近くで聞こえた。
寝ぼけ眼をこすりながら顔を上げると、男の子はどこか呆れているようで、優しい表情を浮かべていた。
「眠るなら、ベッドで寝てください。身体を痛めますよ」
「……ん。分かった天瀬」
山梨県の自分の家で引き取った男の子、天瀬誠次。特殊魔法治安維持組織の任務の際に、救助が間に合わずに、゛捕食者゛に三人の家族を殺された、家族亡き少年。
――そんな男の子など、この世界各国ではどこにでもいる。あの子だけが特別ではない。
そんな事はわかっていた。けれども、それであの子を見捨てるなど、筋が通らない。八ノ夜にとってみれば、任務の失敗はそれが初めてであり、最後でもあった。
結局、当時の特殊魔法治安維持組織局長とは意見が合わずに、まだ学生のうちに退任した。
最初の方は、それはそれは野良猫を拾ったかのように、天瀬誠次の扱いには苦労したものの、次第に心を開いてくれた。
今では自分から率先してなにかをやろうとしたり、懸命に前を向こうと努力してくれている。
「俺は八ノ夜さんのように特殊魔法治安維持組織に入りたいです。そして魔法を使って、゛捕食者゛をこの魔法世界からなくしたい」
ある日誠次が語った夢に、八ノ夜は返す言葉がしばし見当たらなかった。
天瀬誠次には一切の魔法が使えない。体内に魔素もない。それは、救助直後のメディカルチェックで知らされていた事実だった。
「それをどう伝えるかは、引き取るアンタに任せるよ」。医師はそう言い、少年の命を、わたしに預けた。
「家族の仇をとりたいんです」
今時珍しい少年の黒く真っすぐな瞳は、真実を言わなければならないわたしに、本当のことを言う機会をことごとく潰してくれた。ここまで立ち直ったのに、ここで真実を告げれば、きっとまたあの日のように――。
だから、どうか許してほしい。
魔女はそうして、魔術に夢見る少年を戦士へと育てた。魔女が誰かに力を授けるなど、神話でもなんでも決まって悪いイメージしかない。それでも、八ノ夜にはその選択肢しか、なかったのだ。
「わかった。魔法を教えてやる、天瀬……」
そして時は流れ、今、魔女はもう一つの嘘を、その生涯をかけてまで育てると胸に決めた男の子に、ついていた。
※
はっとなり、私服姿の八ノ夜美里は、もたれかかっていた車のハンドルから顔を上げる。
座っている車の運転席から覗く目の前の景色は、見慣れたものではない。英語の看板や表札。道行く人々も、夏の薄着から覗く白と黒の肌色が満遍なく入り乱れている。
八ノ夜が現在いるのは、夏のアメリカ合衆国、ニューヨークはマンハッタンだ。
誰かに呼ばれたからではなく、自分の意志で、ここにいる。
助手席の上に置いてあった、チェーン店でテイクアウトして食べ終わったハンバーガーの包み紙や、コップに入った溶けた氷だらけの炭酸飲料を手でどかし、黒いサングラスをかけ直す。
「そろそろ、時間か」
国際魔法教会本部がちょうど手前の建物の陰に隠れる場所で、八ノ夜は合衆国で手配したレンタカーの中で、じっと待機していた。うっかり眠ってしまったが、周辺に敵対者の気配はない。
少し待っていると、耳元にある通信機から、男の声がする。
『私だ。国際魔法教会の前に、到着した……』
サングラスの奥のサファイア色の瞳でも、その男が言ったとおりに、中世の欧州の神殿のような作りをしている国際魔法教会前に立っていることを、確認する。
「確認した。下手な真似はするなよ? お前の身体はまだ私の手中にある」
『わかっている……』
忌々しい……、と言わんばかりの男の声音であるが、どうすることも出来まい。東日本は愚か、日本全国で見てもトップに立つであろう魔女と戦い、負けたのだ。
その対価としてロシア人の男、ギルシュ・オーンスタインは、八ノ夜の手ごまとして、操られている状態にある。
せっかく帰ってきた場所であるが、頬に一筋の汗を流し、ギルシュは横目で八ノ夜を睨む。それが今の彼が出来る、最大限の抵抗であったのだ。
『どうするつもりだ……』
「帰っていいぞ。そこで、お前の愛しのヴァレエフ様への忠誠心を確かめてこい」
『お、おのれ……。裏切者の魔女が、いつまでもあのお方を侮辱して……!』
ギルシュは歯軋り交じりに呻く。
汗ばんだ髪をかき上げて、襟をきちんと正してから、およそ一か月ぶりとなる国際魔法教会本部へと戻った。
あの魔女は異常だ。認めたくないが、やはり特別な力を持っている。私にはまともに戦うことさえできなかった。
故に、ここは国際魔法教会本部に戻り、あのお方の助言を仰ぐ他ない。
「ヴァレエフ様はおられるか!? 私だ、ギルシュ・オーンスタインだ!」
神殿のような造りをした本部のエントランスロビーにて、ギルシュは英語で職員に詰め寄る。もちろん、造りは古めかしいものであるが、職員たちやロビーで使用するのは電子機器ばかりだ。
カウンターの向こうに座る国際魔法教会所属職員は突然のことに呆気にとられかけながらも「少々お待ちくださいませ」と言い、手元の電子デバイスを操作する。
一方で、車内に残る八ノ夜美里は、ギルシュの服に装着しておいた小型監視カメラから送られてくる映像を、手元のホログラム画面でチェックしていた。ミリ単位の装置は、よく目を凝らして服を見たところで、気づかれはしないだろう。
(……)
ここは未だに復旧作業が行われいる真夜中の王の通り道の目の前の道路。車外の周囲を米国人らが忙しなく行き交っていた。
内部からの応答を待っていた職員は、突如帰ってきたギルシュを驚きの表情で見つつ、口を開く。
「ヴァレエフ様は現在、書斎におられます。公務時間外です」
「ふざけるな! 私は幹部だぞ! 至急の用だ!」
「れ、連絡してみますから、落ち着いて……」
※
ヴァレエフ・アレクサンドル。七九歳と言う高齢の身の、この西暦の魔法世界に生きる全ての魔術師たちの王は、自室を兼ねている執務室の椅子に腰掛け、頭を下げる一人の青年と会話の途中であった。二人の間の机には、青年が淹れた紅茶の入ったカップが二つある。
この魔法世界の魔術師の王は、乾いた唇をカップにつけ、紅茶を嗜む。
「かつて、世界中を焼き尽くす戦争があったこと、お前は信じるかね?」
「二度あった、世界大戦のことでしょうか? 魔法がまだなく、重火器が主流であったと言う。いずれも欧州で勃発したとか」
端正な顔立ちをした銀髪の青年は、ヴァレエフに問う。
青年の問いに対し、ヴァレエフは首をゆっくりと左右に振るう。
「あれよりさらに前、途方もない昔だよ。そこには静観を決め込む国もなければ、そう言った思想そのものも、ありはしなかった」
「と言いますと?」
「まさしく、己の種の生存に関わる、終末戦争というものだよ。この時代でも、かつてあった核兵器というものが世界各国に蔓延していた時、その噂はあったがな。しかしそれより過去の時代にも、まさしく世界中で争いが起きていた事がある」
ヴァレエフは国際魔法教会の制服を着こなし、窓の外の街並みを眺めている。
「降伏すればそれはすなわち死と根絶を意味し、勝利すればそれはすなわち生と繁栄を意味する。人間と神とが己の存在を賭けた、逃げることの許されない戦争さ」
「その結果は……」
「引き分けだよ。正確に言えば、追い詰められていた人間たちは、とある人間が放った炎により、どうにか引き分けにまで持ち直した。しかし代償として、炎はすべてを焼き尽くし、その人間が守るべきものであった人々でさえ、黒い灰へと変えてしまった」
ヴァレエフはしわを寄せて細めた眼を、差し込む日差しから背けると、青年へと向ける。
ぞくり、と青年はそんな音が聞こえるほど、背筋を自然と震わせていた。
「勝利のために炎を放った人間が自らが犯した過ちと、しかしどうすることも出来なかった現状に苦悩をし、どうなったかまでは分からない」
「……しかし、今はこうして、人々が生きられている魔法世界が生まれています。その人間の行ったことにも、意味はあったのでしょう」
そのことでさえ、その人間の行いに意味がないのであるとしたら、なんという悲しい話か。同族への手向けと言わんばかりに、青年がその人とやらを気遣う言葉をかければ、
「果たしてそうかな?」
ヴァレエフの声音に力が入ったのを、青年も感じた。この感情の変化は、どちらかと言えば負の側面。すなわち、その人間に対する怒りや憎しみが込められているようであった。
「この魔法世界の夜を支配する怪物たち゛捕食者゛。彼らの存在がある限り、その人間が残したものは間違いであるとも言える」
ヴァレエフはそこまで急ぐように言うと、にやりと、口端を曲げる。
「ミハイル。君には期待している。どうか、あの人間のような過ちは犯さないでくれ……」
そのようなことを言われ、ミハイルは戸惑うように、視線を泳がせる。
「私には、そのような力など……」
『ヴァレエフ様。今よろしいでしょうか?』
「構わぬ」
それはまるで、ヴァレエフには分かっていたかのようなタイミングであった。執務室の机に埋め込まれている電子タブレットからホログラムが出力され、ヴァレエフはそこと会話をする。少し前までは杖を使わなければ立ち歩くことも難しかった老体だが、ここへ来て再び若さを取り戻しつつあるようで、杖無しでも歩けるようになっていた。
『ギルシュ・オーンスタイン様が戻られました。取り急ぎ、ヴァレエフ様との面会を所望しておられます』
「遅かったじゃないか」
白い口髭にそっと手を添え、ヴァレエフはほくそ笑む。
『いかがいたしましょうか?』
「構わない。通してくれ」
『かしこまりました』
通信を終え、ヴァレエフは申し訳なさそうにミハイルを見る。
「申し訳ないなミハイル。席を外してくれ」
「は」
ミハイルは頭を深く下げ、一礼をしてから執務室を後にする。大理石の床と赤いカーペットが続く通路に出ると、身体中に溜まった使用済みの息を、ようやく大きく吐き出す事が出来た。汗も、大量にかいている。
「なぜ……こうも恐れを感じている……?」
以前まで抱いていた偉大なる魔術師に対する羨望とは、いつの間にかに畏怖へと変わっていた。どうしてこうなったのか、心からヴァレエフに従うミハイルには分からなかった。
「お前は……」
通路の向こうから、見覚えのある魔術師が歩いてやって来る。
日本で任務をしていた、ギルシュ・オーンスタインだ。優秀な魔術師である事に違いはないが、性格には問題があり、かねがね幹部の器には相応しくないと、内心で思っている。
「ミハイルか……。お前の妹が……っ!」
「妹が、なんだ?」
通り過ぎる寸前、ミハイルの赤い瞳が、ギルシュを睨みつける。
何処か憔悴している様子のギルシュは、口篭もっていた。
「……そう言えばお前にはもう、妹はいないんだったな。唯一生き残った家族を自分から切り捨てるとは、お前も冷酷な男だ」
「ヴァレエフ様がお待ちだ。早く用を済ませてはどうだ」
「分かっているとも。媚びるだけで出世をするお前と私は違うからな」
ギルシュはミハイルの横を通り過ぎ、ヴァレエフがいる書斎の前で立ち止まり、咳払いをしていた。
嫌味な奴、と最後までギルシュに対して良い印象を持たなかったミハイルは、歩いてこの場を立ち去っていた。
※
『失礼します、ヴァレエフ様』
八ノ夜は固唾を呑んで、ギルシュが見せる光景を見つめる。ギルシュは今まさに、書斎へと足を踏み込んでいた。
老王は、変わらない姿で、確かにそこにいた。天井まで届く高さの本棚にぎっしりと詰め込まれた本の数々。天文学と魔術系が目立つそれらの背に見守られるヴァレエフ・アレクサンドルは、濁った青い瞳で、来訪したギルシュをじっと見つめた。
そうすると、まるで実際に見つめ合っているような錯覚を味わい、八ノ夜は思わず視線を逸らす。
『そう緊張するな。別に会うのは初めてではあるまい?』
ヴァレエフが優しい口調でゆったりと、話しかけてくる。
『申し訳ありませんヴァレエフ様……。この私ギルシュ・オーンスタイン。魔剣レーヴァテインの奪還に、失敗いたしました……。貴方様より承った、直々の任務であったというのに、私という男はっ!』
(直々の任務、だと……!?)
それは八ノ夜にとっても、想定外の事態だった。七月に起きたクエレブレ帝国皇女ティエラ・エカテリーナ・ノーチェを使ったレヴァテイン強奪作戦。その作戦が、あろう事かヴァレエフ主導によるものだったというのか。
『そうか、そうか』
ヴァレエフは机の上に手を添えながら歩きだし、書斎に入ってすぐのところで立ち尽くすギルシュの元へ、近付く。
『しかし、いささか礼儀を知らないのではないのかな?』
やがてギルシュの目の前で立ち止まったヴァレエフは、ギルシュを見下ろし、そんなことを言う。
要領が上手く得られずに、ギルシュは首を傾げていた。
『この私は、田舎者のミハイルとは違い、礼節は弁えているつもりでございますが……』
『そうだろうか。久し振りに会うというのに、顔も見せてくれないのにか?』
ヴァレエフの瞳が、こちらをはっきりと見た。
『……?』
(っ! やはり看破されたかっ!)
目と目が合い、車の中でギルシュが見せる光景を、固唾を呑んで見守っていた八ノ夜は、背筋がぞくりと震えるのを感じた。
『教えてくれギルシュ。一体なにが起きた?』
『それは――むぐっ!?』
すぐに答えようとするギルシュであったが、喉に何かが引っかかったように言葉が出なくなり、慌てて自分の喉を抑え込む。
――言えるはずがない。ギルシュに掛けた強力な幻影魔法は、八ノ夜と、八ノ夜に関することの発声を、禁止させていた。
『そうか。強力な幻影魔法を掛けられたのだな』
それすらも一瞬で看破したヴァレエフは、ギルシュの目と鼻の先まで持ち上げた右手の指を、ぱちんと鳴らす。
異変が起きたのは、八ノ夜の見ている光景の方だった。固唾を呑んで見守っていた映像が一瞬でブラックアウトしたのだ。
「ここまでかっ!」
これ以上この場に留まるのは危険だと判断し、八ノ夜は手動で車を急発進させていた。
結局分かったことは少なかったが、少なくとも収穫はあった。今回のティエラ・エカテリーナ・ノーチェを使った表向きはルーナへの再戦。裏向きはレヴァテイン・弐の奪還作戦。それらを主導していたのは他でもない、国際魔法教会最高指導者、ヴァレエフ・アレクサンドルだったと言うことだ。
しかし、辻褄は合わなかった。
ヴァレエフは、誠次にレヴァテインの所有を許可したはずだった。それがどうして今になって奪還を、このような回りくどい真似を……。
「日本に戻ったら、ノーチェにも話を聞かなければな……」
マンハッタンにて車を走らせ、八ノ夜は滲んだ汗を腕で拭いながら言う。
春に起きた暴動の名残は市街にはすでになく、その威厳と栄光を示すように、国際魔法教会の旗が各所で無数に翻っていた。
※
「ヴァレエフ、様……?」
「去ったか。引き際を心得ているようで結構」
最後まで、何のことなのかわけが分からない様子のギルシュを置いたまま、ヴァレエフは歩き、机を挟んだ自分の椅子に再び座る。
「ギルシュよ。私の願いを言ってくれるか?」
「は、はい。魔法世界の、平和と安定……です」
「左様」
今となってはもうすっかり冷めてしまった、ミハイルが淹れた紅茶を眺め、ヴァレエフは小さく頷く。
「……だが残念なことに、私の願いを拒む者もいる」
「なんと、それは由々しい事態です!」
ギルシュは汗ばんだ髪を降ろし、頭を下げる。
その姿に、ヴァレエフは満足げな笑みを見せていた。
「魔女によって魅せられた理想を追い続け、戦いの道に生きる少年も、その一人だ」
ヴァレエフは寂し気に、自分の口髭を触っていた。
「ギルシュよ。日々精進を欠かさぬように。全てはこの魔法世界の平和と安定の為に」
「お慈悲を……かけて下さるというのですか!?」
「勿論だ。お前は優秀な魔術師である。その活躍、次も期待している」
ヴァレエフは微笑み、魔法による遠隔操作で、書斎のドアを開けた。
ギルシュは深々と頭を下げ、部屋を後にしようと振り向き、歩きだしたところだった。
「……ああ、だが、忠告はしておく」
本当に同一人物なのだろうか。とさせ思わせるほどの、ヴァレエフの冷酷な声が、ギルシュの全身を引き留めた。
「二度目はないぞ、ギルシュ?」
王の、王としての言葉に、ギルシュは「畏まりました」と震える声で返答をするのが精々であった。
ギルシュが去った後、ようやく一人きりとなった老王は、椅子の背もたれに深く背中を預け、天井を見つめあげる。
「あの女め……またしてもあの子を誑かすとは……」
頬杖をつき、ヴァレエフは嗤う。
「ああそうだ。クエレブレの皇女は、始末せねばな」
以前は咳混じりでしか出なかった笑い声も、今となっては、不気味に周囲に響き渡らせられるほどに、その力強さを取り戻していた。
※
身の丈以上はある異様に長い漆黒の刀身が煌めいたとき、目の前に立ち塞がった魔術師の身体は真っ二つに裂け、ぴちゃりと、血溜まりの上に落ちていく。
直後、斬り倒した男の仲間と思わしき男の声が、真横から剣を構える少年の耳朶をうち、視線をそちらへと向ける。
「よくも……!」
魔法式をこちらへ向けて、発動。
放たれた攻撃魔法を、太刀筋の長い剣で斬り弾くと、瓦礫だらけの床を蹴り、一瞬の速度で男の目の前に到達する。
男が己の身の危険を察して振り向き、逃げようとしたときには、少年の握る漆黒の刃はすでにその男の背を貫いていた。
「ぎゃっ!」
男の悲鳴により顔を歪ませた少年は、すぐに剣を引き抜くと、男の背を蹴る。
夜空の下、少年を狙う新たな攻撃魔法が二つほど、背後の方で展開される。
少年はその気配を察すると、左手で咄嗟に防御魔法を発動。自分の背中にそれらを展開しつつ、さらに攻撃魔法の魔法式を組み立てる。
「《トリスタン》!」
魔法式から発動された白亜の大剣が、ボウガンから放たれたボルトの如く、目にも止まらぬ速さで飛んでいく。
同時のタイミングで発動されたお互いの攻撃魔法が、それぞれの狙った地点に向かった時、悲鳴を上げたのは敵の方であった。
着弾点では瓦礫が埃とともに舞い上がり、衝撃で半壊しつつあるレジスタンスの地下アジトを大きく揺らした。
ここはかつて、大阪の地下を行き交うメトロがあった場所だ。現在は放置され、そのままにされていたのを、大阪を拠点とするレジスタンスがアジトにしていたとのこと。
逃げ場をなくし、一斉に向かってきた鼠色の煙を、口に添えた手で防いだ少年――星野一希は、金髪の底から覗く青い目で周囲を睨む。
敵であるレジスタンス。それは、薺を武力によって現政権から引きずり落とし、新政権の設立を目指す魔法武装組織だった。一希は薺の命を受け、レーヴァテインと共に、彼らの鎮圧へと赴いていた。
夜の世界で集結した数十名の公安機動隊らが、一希が切り開いた道に続く。
「その剣は飾りか?」
当然と言えば当然であるが、薺に忠誠を誓い、私兵となっている光安からの一希に対する視線は、決していいものではない。特別扱いをされている、と言うのは、一希自身も分かっていることだった。
すべてはこの剣を受け取った時、あの時から、薺の元で戦うことを決めていた。
「……!」
一希は無言で、右腕で持ち上げたレーヴァテインに、左手を添える。
夜の時間帯に突入作戦を行う利点は、この魔法世界では多々あった。周辺住民の住まう家々は、軒並み窓を固く閉ざし、分厚いカーテンも閉ざしている。それらは例え屋外で大きな音や衝撃が起きても、開けられる事はないのだろう。もしも夜の支配者たる”捕食者”と目が合った瞬間、それは死を意味するからだ。
本来はこの時間は人を喰う怪物のもの。しかし光安は、敢えてこの時間に作戦を行う。誰の目にも、留まらないからだ。光と名付けられた組織が闇夜に任務を行うのは、皮肉か。
「そこを退いてくれ。わざわざ正面からお行儀よく入ることもないだろう?」
「なんだと?」
光安が一希に食い掛かるが、一希は無視をして、左手で付加魔法の魔法式を展開し、それをレーヴァテインへと添える。
「《グリートーネア》!」
聞きなれぬ魔法名を呟いた一希の手元から、真っ白な光が拡散し、それが一気にレーヴァテインへと塗りたくられるように、白い光を纏う。
そしてレーヴァテインを目線の高さまで持ち上げた一希は、それを一息で横に薙ぎ払う。
一瞬の間を置き、レーヴァテインの見えない魔法の刃は、地下鉄メトロにそのままにされていた車両ごと壁に白い線を描き、切り裂く。
「な……に?」
盛大な音を響かせて、壁を両断した魔剣を前に驚き慄く光安らをしり目に、一希はさらに付加魔法の魔法式を展開する。
「《グリートン》」
続いて黄色い光を魔剣に這わせ、青い瞳のまま一希は、切り裂いた壁の向こうを睨む。
そこで輝いたものが攻撃魔法の魔法式だと分かった時にはすでに、一希が放った黄色いの光が、すべての魔法式を消滅させた。
それは、味方である光安の手元のものも、構いなく。すべての魔法を、皆殺しにする。
「聞いてくれ光安。僕はここから別のルートで、ここのレジスタンスの首魁を追う。君たちでは足手纏いになる」
「……」
先ほどまでは一希に対して疑念を抱いていた魔術師たちも、一希の扱う魔剣の力を前になにも言えなくなり、無言で生唾を呑む。
「無言は了承と判断する」
一希は身を翻すと、レーヴァテインを構え、大阪に牙城を張っていたレジスタンスのアジト深部へと向かっていく。
~ナウなヤングな言葉遣い~
「はい次。おこ」
もみじ
「おこ?」
せいじ
「主な使用方は、怒ったときとかね」
もみじ
「言ってみて?」
もみじ
「わかった」
せいじ
「仲間を傷つけたな!? 俺はおこだぞ!」
せいじ
「なんかやっぱジジイ臭いけど」
もみじ
「じゃあ次は、チョベリバ」
もみじ
「ちょべりば。これは?」
せいじ
「最悪、ってときかな。言ってみて」
もみじ
「ああ」
せいじ
「歩いていたら、鳥にフンを落とされた」
せいじ
「チョベリバだ!」
せいじ
「な、なにやってるの二人とも……?」
りお
「ああ桜庭さん」
もみじ
「こいつの言葉遣いがおっさん臭いから」
もみじ
「矯正してんの」
もみじ
「じゃあ次は、ナウなヤングね」
もみじ
「……ひむちゃんのも、まあまあアウトな気がするけど……」
りお




