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魔法世界の剣術士 中  作者: 相會応
モルガンの微笑
68/189

2 ☆

「さすがに夏にこのマントは暑いよ……」

               こう

 光安の突入部隊がレジスタンスのアジトに突入する数分前。

 大阪の元地下メトロの中にあった、アジトの明かりは次から次へと、消えていく。そのたび動く人影は、老若男女問わず様々であった。

 中には幼い子供の姿もある。彼ら彼女らはもれなく身寄りをなくした者や、光安の行き過ぎた活動によって家族を失った人たちであった。


「みんな急いで! 敵はすぐに来る!」

「間違いない。あの夜の街の中で移動してる大型トラック。うまくカモフラージュされてやがるが、政府のやつだ。民間の会社から借りてるって、俺たちの新派が密告してくれたんだ」


 地下アジト各所で、荷物を纏めて避難の準備をしているレジスタンスのメンバーたちへ指示を出しながら、フード付きの黒いマントを羽織った若い男は、仲間の切羽詰まった言葉を聞く。


「どれくらいで来ると思う?」

「一〇分もない。奴ら、本気で俺たちを皆殺しにするつもりだ!」


 やや焦ってしまっている仲間の男に、フードの奥から青い髪を伸ばした若い男は、落ち着くように言う。


「僕が殿をして、みんなが逃げる時間を稼ぐ。君たちは先に逃げるんだ。お年寄り、女性と子供の手伝いを」

「わかった!」


 場慣れした様子で、的確な指示を出しながら、フードの男は号令を出し続ける。


「お兄さん。戦うの……?」


 後ろの方から年端もいかないような女の子に声をかけられ、フードの男は覗いていた口元を緩め、しゃがんで女の子の肩に手を添える。

 顔を見れば、ここで過ごしているうちに仲良くなった、家族亡き顔見知りの子であった。


「君たちが逃げる時間を、僕のように戦える人が作らなくちゃいけない。大丈夫。みんなと一緒に引っ越しをするだけだ」

「……うん」

「君、この子を頼む」


 手荷物を持って逃げようとしている男に声をかけ、フードの男は去り行く女の子に手を振っていた。


「……あの人も、同じような気持ちだったのかな……」


 アームカバーを装着した手元をそっと確認しながら、マントを着直し、フードの男は逃げ惑う人の向きとは逆方向へと向かっていく。


         ※


 闇夜に紛れ、大阪に潜伏するレジスタンス組織のアジトへ、光安機動隊は突入した。錆び付いたドラム缶に、引き裂かれたブルーシートやゴミが散乱する裏路地を一斉に突き進み、地下メトロの各所を制圧していく。

 逃げ遅れた者は、その場での容赦のない抹殺を行う。捕虜も必要はない。最初から生かしておくつもりなど、光安にはない。彼らにとって、なずなを脅かそうとする組織の壊滅こそ、光安の存在意義としての第一任務でもあった。すべてはこの国のため、彼らは真っ当な命令を受け、反乱者の鎮圧を行っている。


「真下に反応……。位置を見れば……成程。階段から向かってくる敵を迎え撃つ算段か」


 そんな彼らと行動を共にするアルゲイル魔法学園の二学年生、星野一希ほしのかずきは、発動していた空間魔法での索敵を終える。

 雑魚の相手は光安の味方に任せたかったのだが、どうやらここを突破しなければ奥へは行けそうにない。


「《グリートーネア》」


 一希はレーヴァテインへ付加魔法エンチャントを自分で施す。瞬く間に、レーヴァテインへ白い魔法の光が纏わり付き、白い閃光が発生する。


「三回目……」


 夏の熱帯夜による影響ではなく、一筋の汗を流し始める一希は、コンクリートの床を自身の周囲で四角形にするようにして、切り刻んでいく。

 完全に周囲との接点を失った一希の立つ床は、一希を巻き込んで崩落していく。

 それでも一希は冷静に、姿勢を低く身構えたまま、一つ下の階層へと瓦礫と共に墜ちていく。


「――な、なんだと!?」


 レジスタンスの団員は入り口付近の防御を固めていたようだ。ジーパンに半袖シャツ姿の若い青年が二人、こちらに背を向けて立っていた。

 一希と目を合わせた途端、二人は振り向き、一希へ向け攻撃魔法を放とうとする。 


(反撃の数こそは少ないが、それでも迎撃の準備は取れている。……奇襲は知られていたのか?)


 もしも階段から向かおうとすれば激しい抵抗を受けていたであろう備えに内心で答え合わせをしながら、一希はレーヴァテインを横なぎに一閃し、自らは柱の影に隠れる。

 血飛沫と悲鳴を出しながら、男らの悲鳴は、やがて聞こえた。

 彼らが絶命したのを確認することもなく、一希は薄暗い地下メトロの中で、目を凝らす。

 忌々しい。ここで犯罪予備軍たちが、人のような生活をしていた名残を見つめ、一希は自然と歯軋りをしていた。


「魔法犯罪者ども……逃がすものか!」


 壁を切り裂きながら、奥へ奥へと突き進む一希。やがて辿り着いた広い空間で、一希は立ち止まり、辺りを見渡す。粗末であるが、並べられた布団と言った寝床の跡。旧式のコンロなど、生活の跡が残っている。

 天井が一部分だけ崩れているのか、青白いような夜の月の光が差し込んでおり、風も感じた。


「やはり、直前で逃げられたのか」


 ならばと警戒すべきは待ち伏せだ。先程はこちらが奇襲のさらに奇襲を行ったため、首尾良く敵を斬る事が出来たが、また上手くいくとは限らない。

 一希は左手で空間魔法を発動する。瞳を瞑り、魔素マナ反応を探る。

 反応は――あった。


「上か!」


 咄嗟に瞳を開け、レーヴァテインを切り上げながら後退する。

 攻撃魔法の光は、一希が先程まで立っていた場所に着弾。凄まじい衝撃が、下がった一希の全身の肌を粟立たせた。


「隠れても無駄だ!」


 地下でも二階建てに匹敵する高度を誇る大広間で、一希は頭上を睨み、レーヴァテインによる遠距離攻撃を行う。


「《モーロノネー》!」


 緑色の光を生む魔法式を発動し、そこに両手で構えたレーヴァテインを突き入れ、その流れのまま長い刃渡りの刃を振るう。

 緑色の刃が壁に這わせて進ませ、自身も攻撃魔法の魔法式を左手で起動。油断なく身構えた。


「――その剣は、()()()()()()か?」


 敵の男の声は、部屋全体に響き渡るようにして、一希の耳に届く。

 レヴァテイン。その単語を聞いた時、一希の表情は大いに歪んでいた。


「僕を……アイツと一緒だとは思うな!」


 手当たり次第に魔法を放ち、この場もろとも潰そうと一希はレーヴァテインを振るう。放たれた緑の魔法の刃は、地下アジトの壁を次々と薙ぎ倒し、白い煙と瓦礫が舞っていた。


「一人で力を発動しているのか……?」


 姿の見えぬ敵は、付加魔法エンチャントについてやけに詳しいようだ。

 一希は第四の力を解放するために、変わらず自分でレーヴァテインに左手を添えていた。


「そんなものは必要ない! 僕は僕自身の力を使い、レーヴァテインを扱う!」

「それは危険だ! その力は、膨大な量の魔素マナを消費するはずだ。誰かに力を貰わない限り、自分の身体が持たないはずだ!」

「知ったような事を言うな! 僕の事は、僕が何より分かっている!」


 黄色い光がレーヴァテインに纏わり付いたのは、一希がそう叫び返した時であった。

 すぐさまに一希はレーヴァテインを振るい、周囲へ黄色の光を撒き散らす。

 敵は予想通り、《インビジブル》を発動していたようだ。二階の壁にある足場に立っていた男は、《インビジブル》が強制解除されたのを確認すると、すぐに一階まで降り、闇夜に姿を暗まそうとする。


「無駄だと言った!」


 一希はすぐに汎用魔法、《グィン》を発動する。眩い光が部屋全体を照らしだし、一希は光源を宙に浮かばせ、姿を現した敵を見る。


「アンタは……アンタはなぜ……!?」

 

 それは一希にとって、失望に近い感情を味わうことになる。

 青い瞳は大きく揺れ動き、立ちはだかる敵の姿を捉え続ける。


「僕は……元特殊魔法治安維持組織シィスティムだ」


 青みがかった黒髪は、今や肩まで伸びきった長髪姿。それでも顔立ちは端正で美しく、しかしこちらと同じはずの青い瞳には、一切の曇りがない。


影塚かげつかこう……」


 かつて憧れていた特殊魔法治安維持組織シィスティムのエースが、こんなところでレジスタンスにくみしている。一希は、やり場のない怒りを感じ、憤りを込めて大きく息を吐き出す。


「どうして……貴方が、こんな所に!?」

「君こそ、まだアルゲイル魔法学園の生徒のはずだ! こんなことは今すぐやめるんだ!」


 影塚は一希に魔法式を向け、忠告するように言う。


「魔法学園なんか、もう僕にとっては踏み台でしかない。戦うための力はすでに揃っている!」


 一希はレーヴァテインを構え、剣先を影塚へと向ける。


「アンタがレジスタンスの味方をするというのであれば、僕はアンタをも斬る!」

「厳密にいえば彼らは味方ではないが……無実の人が傷つけられるのを黙って見過ごすわけにはいかない」


 影塚は魔法式を完成直前まで、一気に持っていく。


 まさか、と影塚は内心で思っていた。突入してきた光安の部隊の中に学生がおり、そして、さらには魔剣さえも扱っている。

 そこらの魔術師相手では互角以上には戦える自覚自体はあった影塚であったが、楽に倒せる相手ではないことを悟った。

 

(あの青い付加魔法エンチャント能力はおそらく、時間に関係するもの。その状態の彼とまともに戦うのは、不可能に近い)


 誠次せいじとの何度かの特訓により、いくつかの付加魔法エンチャント能力を把握している影塚は、一希の扱うレーヴァテインもまたそうなのだろうと断定し、咄嗟に魔法式を完成させる。

 ――寸前、一希は影塚の目の前まで、()()()()()()


「貰った!」


 それはこちらから見れば、瞬間移動そのものであった。


「っ!? ――間に合え!」


 一希の歪んだ笑顔が影塚を捉えた時、影塚の姿は背景と同化するように、透明となっていく。

 《インビジブル》を発動した影塚は、一希のレーヴァテインによる突き攻撃を、紙一重のところでかわす。


「……っち」


 一希は容赦なくレーヴァテインをその場で横薙ぎに振るい、手当たり次第の攻撃を行った。

 対し、影塚は後ろへハンドスプリングを行い、一希の剣撃を立て続けに回避していた。

 音で影塚が離れた事を察知した一希は、レーヴァテインの付加魔法エンチャント効果を黄色に切り替える。黄色の光の膜が拡散し、影塚の《インビジブル》は強制解除された。


(あの黄色い付加魔法エンチャント能力はおそらく、魔法の無効化。この黄色い光の膜の中にいる限り、魔法は発動できないか)


 試しに魔法式を生み出そうと頭の中で念じるが、予想通り、魔法式は浮かばない。

 柱の陰に身を潜める影塚は、割れた鏡越しに、一希の動向を探る。

 右手でレーヴァテインを構える一希は、左手で空間魔法の魔法式を展開しており、影塚の位置を割り出そうとしていた。

 影塚は呼吸を整えると、柱の陰から身を出し、一希へ向け突撃していた。


(しかし、付加魔法エンチャントにも弱点はあるはずだ!)

「見つけたぞ影塚!」


 突如として姿を現した影塚に、一希は青の付加魔法エンチャント能力へ切り替える。

 ――剣の鍵の外し方は、九姉妹の名前じゃ。

 そう言った魔女の言葉を反芻し、一希は彼女の名を叫ぶ。


「《モルガン》!」


 影塚は走りながら、腰のベルトに装備してあったナイフを一つ引き抜き、一希へ向け投げ付ける。そして、自身も魔法式を発動、構築していた。

 一希はすぐに付加魔法エンチャント能力を発動。迫り来るナイフを切り落とすが、第二撃はすでに目前まで迫っていた。


「《エクス》!」


 影塚の放った超速攻の下位攻撃魔法は、一希の腹部に命中する。


「かはっ!」


 気の遠くなるような痛みを一希は味わうこととなり、透明な唾を吐き出す。

 影塚はその隙にさらに一希の元へ接近。一気に懐まで潜り込む。


付加魔法エンチャントの弱点……いや、ごく僅かな打開策こそ、効果の併用が出来ない点と、切り替えによる僅かな隙――っ!)


 その隙をついた影塚は、ベルトからもう一つナイフを抜き取り、一希の右腕に目がけて突き出す。

 

「舐めるなーっ!」


 一希はレーヴァテインを引き寄せ、影塚の繰り出したナイフを斬り飛ばした。


「……っく」


 影塚は攻撃を諦め、咄嗟に身体を制御し、後方へ飛び退こうとする。


「逃げられると思うな!」


 一希は今度こそ影塚を捉えようと、青い光を放つレーヴァテインを向け、自身も突撃を開始する。


 ……やはり只者ではない。特殊魔法治安維持組織シィスティムでエースと言われていただけのことはある。

 だが、それがなぜ、よりにもよって魔法犯罪者と共にいる? かつて自分も参考にしていたような人物のまさかの現状に、一希は怒りと憎しみを滾らせ、それを武器へと乗せる。

 大きく後ろに飛び退く影塚は、ベルトに取り付けていた小さなスプレー缶のような缶を、ピンから引き抜き、地面に落とす。そして自分は、腕で顔を覆った。

 すでに青い世界に影塚を捕らえていた一希は、彼が何かを落としたのを見ていた。


(手榴弾……閃光弾か催涙ガスの可能性もある)


 迂闊に近付くことは出来ず、すぐに立ち止まった一希は付加魔法エンチャントを緑色へと切り替える。

 剣による遠距離攻撃を、影塚に喰らわせようとしていた。


「行けっ!」


 影塚が落としたのは閃光弾。部屋全体を埋め尽くすほどの眩い閃光が発せられるが、一希の放った緑色の魔法の刃には、関係のないことだ。

 バックステップをしていた影塚が両腕を顔の前からどけた時、目の前まで迫りきっていた緑色の魔法の刃には、対処のしようがなかった。


「なにっ!?」


 顔の直撃は避けられたが、魔法の刃は影塚の右肩を浅く斬り裂き、背中の方へ飛んでいく。滲み出した右肩の鮮血箇所を左手で抑え、影塚は一希から距離をとろうと試みる。


「ぐあああああっ!?」

「アンタの負けだ」


 閃光弾を目を瞑って防いでいた一希は、今再び青い光を放つレーヴァテインを構え、影塚を執拗に狙う。

 影塚は後退を繰り返しながら、何発かの攻撃魔法を放つが、一希には全て回避される。

 距離は縮まった。間もなく、レーヴァテインの間合いだ。


「ハアハア……時間のはずだっ」


 一希がレーヴァテインを振りかざした瞬間、肩を抑える影塚はぼそりと呟く。

 直後、一希は激しい頭痛を味わうことになる。

 レーヴァテインへの付加魔法エンチャントが、終了したのだ。


「ぐ……っ! ぐおおおおっ!?」


 全身から汗を吹き出しながらも、激しい頭痛を味わいながらも、それでも一希は影塚を斬ろうと、レーヴァテインを振り下ろす。

 影塚はすぐに攻撃を回避し、ベルトから引き抜いたナイフを左手で投げ付け、一希の太股に一本を突き刺す。

 一希は悲鳴を上げ、地面に片膝をつき、忌々しげに太股に突き刺さったナイフを引き抜く。


「ハアハア……!」

「やはり、付加魔法エンチャントには時間制限がある。君の優位性はこれで失せた。これ以上する気か!?」


 長く伸びた金髪の底から、ぎらつく青い瞳を影塚へ向けた一希は、汗ばんだ口元を歪ませる、


「……レーヴァテイン。僕の付加魔法エンチャントを、受け取れ……っ!」


 なんと一希は、またしてもレーヴァテインに付加魔法エンチャントを行おうとする。


「やめておいた方が良い。これ以上は君の身体が持たないはずだ!」

「僕はまだ……こんなところで止まるわけにはいかないっ!」


 影塚も右腕の自由を失っている。治癒魔法で治るだろうが、その隙を与えてくれそうにはない。これ以上の戦闘は、影塚にとっても不利であった。

 

(この足音……。光安の突入部隊か)


 そして、一希の後方から聞こえてくる大勢の足音。

 しかし、皆が逃げる時間稼ぎは出来たはずだ。


「逃げなければ……!」 


 右肩を抑えたまま走ろうとした影塚であったが、その時。地面ががくんと大きく揺れたような感じを受ける。

 何事かと足元を見た途端、激しい爆発が起きた。

 鳴り響く爆発音と、迫り来る衝撃。影塚は咄嗟に左手で自身の周囲に防御魔法を起動し、爆発の衝撃から身を守っていた。崩壊を開始した地下アジトにはすでに、影塚以外のレジスタンスの生存者はいなかった。予め襲撃を察知し、影塚と共に残った有志は逃げたか、殺されたか。


「……影塚、広!」


 崩壊する瓦礫の先から、一希の恨みがましい声が聞こえてくる。

 

「星野くん! その力は危険なものだ! 使い方を誤るな!」

「僕は与えられたこの力を、アイツとは違って最大限に使い切る! 魔法犯罪者も”捕食者イーター”も、僕が皆殺す!」

「君は……どうして……!」


 影塚は悔しく俯いていた。


『影塚くん。こちらは目的地に到着しました。貴方はまさか、死んでいませんよね?』


 取り付けていた通信装置に、レジスタンスのリーダーからの通信が入る。

 爆発はおそらくと言わずとも、この男が仕掛けておいたものだろう。一歩間違えれば、こちらまで巻き込まれて死んでいたところだが。

 影塚は「まだ生きている……」と短く告げ、防御魔法を展開しながら、崩壊する地下アジトを離脱した。

 地上へ出た影塚は、すぐに裏路地に魔法障壁が張り巡らされている事を察する。

 

「逃げ場がないか……」


 片腕を負傷した状態で術者を排除できるか否か。十中八九、魔法障壁の術者は自分の身が安全な場所に隠れているはずだ。光安の連中も未だ多くいる中、限りなく攻撃が成功する可能性は低い。

 考えあぐねていると、不意に、魔法障壁が点滅を繰り返し、やがて破壊される。

 何事かと呆気にとられる影塚の耳に、通信機からの愉しげな声が届く。


『魔法障壁の術者は私が片付けておきました。今のうちですよ?』

「……感謝する」

『なに。貴方は貴重な戦力ですからね。ここで倒れて貰っては困ります』

「大量の爆弾をアジトに仕掛けておいてかい?」

『はて、何のことやら?』


 相変わらず信頼は出来ない人であった。


「……そっちと合流する」


 治癒魔法を右肩に施した影塚は、痛みを押し殺し、光安の包囲網をただ一人、突破していた。


         ※



 爆発に崩壊する旧地下メトロの瓦礫が降り注ぐ中、一希は逃げ場をなくし、その場でレーヴァテインをぎゅっと握りしめたまま、立ち尽くしていた。


「父さん、母さん……。僕は、貴方たちの仇をとるまでは死ねない……!」


 降り注ぐ瓦礫の中で、一希は吠える。

 

 幼少ながらに、自分の家が恵まれているという自覚はあった。

 豪邸ともいうべき一軒家の中で、姉が先に海外へ一人で行き、自分も家族や周囲に認めてもらおうと、必死の努力をした。

 父も母も、そんな一希の成長を、それぞれの仕事が忙しい中でも見守ってくれた。魔法が使えずとも、自分たちが必要とされるのならば、そこで務めを全うする。両親はそう言っていた。

 誇り高く、そして自分を信じてくれた両親を、一希は心から尊敬していた。

 ――だが、そんな憧れの人でさえ、よりにもよって同じ人間によって、殺された。目の前で、二人とも、一瞬で。


「貴方は隠れていて、一希!」

「で、でも。お母さん……」

「大丈夫だ一希。お父さんに任せておきなさい」


 雨の日、ベッドの下に身を潜ませ、そこから見える家族の足を見送った。当時小学生だった自分にしてみれば、雨夜の来訪者など、恐怖でしかなかった。

 それでも両親は、突如やって来た男たちのことを信じた。家に入れなければ、゛捕食者イーター゛に襲われてしまうかもしれない。中に入れてあげよう、と。

 人格者でもあった両親は、しかしそのせいで、守ろうとした人に殺された。

 金銭の目的だった。惨劇の夜が明けた朝、黒いスーツを着た大人の人にそんな説明をされても、一希にはもうどうでもよかった。血に濡れた顔と体のまま、茫然と、自分以外誰もいなくなった家を見つめる。


「大丈夫、かずくん……?」


 母親と同じ病院で働く親を持つ、幼馴染の少女がそっと声をかけてくる。


「大丈夫。なんだか、不思議と、悲しくないんだ」


 そう言った幼かった身体は、右手の握りこぶしにぎゅっと力を込めていた。

 その時に隣に寄り添うようにして立ってくれた少女の体温も感じることはなく、ただ、身体の奥底から湧いて出る炎のような熱だけが、一希の全身を包み込んでいた。


        ※


「――おい! 確りしろ!」


 きーんと鳴る頭の奥の方から、こちらを呼ぶ声が聞こえてくる。

 崩壊したレジスタンス地下アジトにて、瓦礫の崩落に巻き込まれた一希は、光安の仲間の呼びかけによって目を覚ます。

 どうやら、瓦礫に埋もれていたらしい。全身が痛く、身動きがとれない。


「今出してやる!」


 光安の男は物体浮遊の汎用魔法を使い、一希の周囲の瓦礫を取り除いていく。

 全身に覆い被さっていた瓦礫が退かされたとき、ようやく一希は身体の自由を手に入れて、腕を微かに持ち上げることが出来た。


「掴まれ」


 男が腕を差し伸ばし、一希はそれを必死に腕を伸ばして掴んで、ようやく立ち上がる。


「大丈夫か? 今治癒魔法をしてやる」

「気に、しないでくれ……」


 一希は血塗れの自分の姿をじっと見つめ、ふらつく足取りでのろのろと歩きだす。 


「おい。どうする気だ?」


 背後から光安に呼び止められるが、一希は振り向かずに歩いていた。


「放っておいてくれ……」


 一希は一人、人目につかぬ裏路地に入り、そこでようやく立ち止まることが出来た。


「ハアハア……」


 壁にもたれ掛かり、血の跡をべっとりとつけながら、ずるずるとしゃがみ込む。

 爆発による外傷もあるが、それ以上に体内の魔素マナ消費によるダメージが深刻であった。


「こんなんじゃ駄目だ……」

 

 口で荒い呼吸を繰り返し、上下する肩を無理やりに押さえつけようとする。


「この程度で音を上げていても、アイツには勝てない……」


 なずなから支給された魔素マナ補充用の薬を飲み込み、一希は深呼吸をする。幾分かはこれで、楽になる。


「どうだい誠次……? 僕こそが、この与えられた力を有効に使っているはずだ……。どちらが正しいかは、きっとすぐにわかるよ……」


 見果てぬともの姿を差し込んだ月明かりに照らし合わせ、汗を拭った一希は微笑んでいた。


          ※


 日本の首都東京。大阪での光安機動隊の任務失敗の一報は、そこにある首相官邸にまですぐに届く。

 現総理大臣、薺紗愛なずなさえの意向を受けて作られた戦国時代の武家屋敷のような佇まいをする官邸の中庭にて、薺はその一報を受け取っていた。


「馬鹿な……」


 鹿威しの音を聞き流し、薺は幼女姿の身体を震わせる。


「ヴァレエフ様はこの春から、一刻も早いこの国の国際魔法教会による支配力の強化を望んでおられじゃ。その崇高な理想が、また遠退くではないか……」


 虎の子である一希も、役には立ってくれなかったようだ。

 報告を伝えた女性秘書官の前で、薺は子供のような苛立ちを隠そうとはしなかった。


「れじすたんす、の件は妾が直々にどうにかしよう。もう一つの報告とはなんじゃ?」


 黒髪のおかっぱ頭に着物を纏い、薺は女性秘書官に聞き返す。


「こちらも国際魔法教会()()からの要請です。現在、この国に滞在しているクエレブレ帝国の皇女、ティエラ・エカテリーナ・ノーチェを抹殺せよ、と」


 電子デバイスで浮かばせたホログラムの映像を薺に見せつけ、女性秘書官は冷酷に告げる。

 そこに映る金髪の皇女の姿を睨み、薺は深く頷く。


「二度の失敗は許されんのじゃ。光安の総力を挙げてでも、クエレブレの皇女は抹殺する」


 薺からすれば、皇女殺害の理由などどうでも良い。全ては国際魔法教会――いや、ヴァレエフ・アレクサンドル個人の為。自分に偉大なる力を与えてくれた親愛なる老王の為に、薺はすぐに光安を動かす。


        ※


 地中海に浮かぶ島国、クエレブレ帝国から連絡が来るまでは、七海ななみの実家にお邪魔することになっていたティエラ・エカテリーナ・ノーチェ。クエレブレ帝国の皇女は、都内の一軒家に住む一人娘の両親に、温かく迎えられていた。


なぎがお友だちなんて、本当に珍しいわ」

「そうなのですか?」


 リビングにて、ティエラは片腕を服の下に隠した姿で立ち、七海の母親と会話をしていた。七海と同じく、優しそうな顔立ちをしている落ち着いた雰囲気の母親だ。


「凪は子供の頃から病院に通っている期間が長かったから、友だちもあまりいないみたいで。だから、私も嬉しいのよ」

「私はナギと出会えて、本当に嬉しいと感じています。私がクエレブレ帝国に帰られましたら、是非あなた方ご家族をクエレブレ帝国に招待したいですわ」

「うふふ。ありがとう」


 右腕は相変わらず、体内の細胞が滅茶苦茶になったままで、動く様子がない。そして、何が起きるか分からないので、病院には毎日通わないといけない。七海の実家は病院近くにあり、幼少の頃は病弱だった七海の為に、ここに引っ越してきたそうなのだ。


「凪も実家に帰ってきて、毎日遊べているようでなによりだわ」

「とても楽しいです」


 母親の言葉に、ティエラも笑顔を見せる。

 しかし、次には何処か残念そうに、視線を落としていた。


「ですが、祖国から迎えが来たら私はすぐに帰るつもりです。これ以上の迷惑は、かけられませんもの……」

「そう……。まだ私には、貴女がこの間の雷を起こしていた女の子だって信じられないわ」


 最初は皇女と聞いて丁寧な言葉遣いをしていた七海の母親であったが、それはティエラの方からやめて欲しいと言い、このように無礼講な関係となれていた。凪と同じように、母親もまた大人しく優しそうな女性であった。


「……今のところこの国の司法組織からの取り調べは何もありません。しかし、あるようでしたら、責任は果たすつもりですわ」


 ティエラは決心した様子で、言っていた。

 それに対し、エプロン姿で料理を終えた七海の母親は、悲しそうに視線を落とす。


「子供が戦うなんて、私には考えられないわ。生活が便利になる魔法は好きだけれど、戦うための手段にするなんて……。あ……別に、ティエラちゃんの事を責めるつもりじゃないのよ。誤解させてしまったら、ごめんなさいね」


 流れていた水道水も丁度止まり、静かになった室内で七海の母親の言葉は、ティエラの耳に深く残っていた。

 そもそも、事の発端は自分がルーナへ決闘をするため。それが国際魔法教会の命令により、リジルを用い、徐々に我を忘れ、こんな事態になってしまった。勿論我を忘れていたから、等と言った言い訳をするつもりはない。責任は全て、自分にある。

 だが、元を辿れば、ガンダルヴル魔法学園で日常的に行われていた魔法戦試合で戦うことが普通だと思ってしまった思考がある。そこでは七海凪のような、心の優しい生徒はまずいない。魔法生が毎日しのぎを削り合う、訓練施設のようなものだった。

 ルーナとクリシュティナも、ヴィザリウス魔法学園で変わったのも納得だった。


「……戦うこと……」


 ティエラは動かせる左手を胸に添え、俯く。

 ――ティエラもまた、魔法学園……ひいてはそこの後ろ盾である国際魔法教会の命令に盲目に従っていた事に、微かな疑念を抱き始めていた。


「変な空気にしてごめんなさいね。さ、ご飯が出来たわ。食べましょう? 帝国さんからの連絡が来るまでは、ここでゆっくり過ごしていいんだからね?」

「グラシアス。頂きますわ」


 七海が用意した日本の味に、ティエラは舌鼓をうつ。何だかんだこの国へ来てから、日本らしいものは食べていなかったのだ。


「このネバネバしていて茶色い豆料理は一体……?」

「これは納豆。右手が使えないから、スプーンを使ってかき混ぜるのよ?」

 

 ティエラの前の席に座り、七海の母親は優しく食事を手伝ってやる。


「う……強烈な匂いですわ……」

「お口に合うと良いけれど。皇女さんの食べているものに比べたら、庶民的すぎるかもしれないわね」

「とんでもありませんわ。ありがたく頂きますわ」

「こちらこそ嬉しいわ。良かったら、スペイン語でも教えてね? 私、少し興味があるの」

「承知いたしましたわ」


 思わず鼻をつまみそうになったのを堪え、ティエラは左手を器用に使って、納豆を食べてみる。


「もぐ……す、凄いですわ!」


 糸を引くスプーンを握る左手で口元を隠し、ティエラは声を発する。


「く、口の中で大量の何かが動いているようですっ!」


 未知との遭遇を口の中で果たし、紫色の目をきらきらと輝かせていた。


「そ、そう感じるのね……」


 七海の母親は苦笑する。


「地中海の料理はどれも美味しそうなイメージがあるわね」

「はい。クエレブレ帝国も、食の都とも呼ばれていますわ。私は、トマトソースが大好きですの」

「ケチャップかしら。ちょっと冷蔵庫にあるか見てみるわね」

「お気遣いなく」


 七海の実家にて、ティエラは落ち着いた日々を過ごす。

 もしも、欲を言ってそれが叶うようであれば、ただ一つ。七海凪と普通の少女――日本の女子高生のように、たくさん遊ぶこと。

 それがティエラの、戦いを終えた少女の今の願いだった。


「あ……」


 変な妄想をしていると、スプーンを机の上から落としてしまう。

 急いでそれを拾おうと、身体を右側に傾けたティエラは、すでに自身の右腕が動かなくなっていたことを思い出し、咄嗟に左手を伸ばしていた。


「……っ」


 表向きは平気さを装っても、自分の右腕が動かない事実をこのような形で不意に知らされれば、その都度受けるショックは隠しきれない。

 力が入らず、ぴくりとも動かなくなった自分の右手を見つめ、ティエラはため息を溢していた。


挿絵(By みてみん)

~資金調達も重要です~


「朝霞。少しいいか?」

こう

          「なんでしょう、元エースくん?」

                   ばしょう

「資金が不足している」

こう

「どれもみんなの生活に必要なものを買うためだ」

こう

          「ああ、それでしたらちょうどいい案が」

                     ばしょう

「すでに対策済みか。流石だね」

こう

          「ええ。では早速、服を脱いでください。上だけでいいですよ」

                     ばしょう

「……は!?」

こう

          「写真を撮ります。そして、それをオークションで売ります」

                     ばしょう

          「ぼろ儲け間違いなしでしょう」

                     ばしょう

「こ、断る!」

こう

「貴方がやればどうだ!?」

こう

           「良い案だと思ったのですけどねえ……」

                     ばしょう   

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