7 ☆
生徒会室より、誠次に会いに来た二人の少女は、男子寮棟から進路を二転三転し、とうとう演習場へ誠次がいるということを知る。
「桜庭さんと、くりっ……クリシュティナさんに居場所を聞けて良かった」
「く、クリシュティナって、すごい名前。確か、去年の秋にロシアから転校してきた娘だったけ」
ほっとする波沢香織と火村紅葉は、生徒会執行部の証である腕章を腕に、魔法学園の白を基調とした通路を歩いていく。
「戦闘目的で使用中、ですって、生徒会長」
シェルターのようなドアの前に立ち、火村が言う。
学園の地下にある演習場へと入るためのドアのモニターには、赤いランプが点灯している。演習場で魔法戦を行っている際に、外部からの入場者への注意書きのようなものだ。
「演習場で戦ってるのかな?」
香織はそう言いながら、演習場に併設されている簡易教室へと入っていく。主に魔法実技の授業の際、教師が生徒に直前で授業をするための場として作られたスペースだ。そこは透明な強化ガラス張りの壁で作られており、広い演習場の様子がよく見える。
「「きゃっ」」
続いて入って来た火村も合わせての、悲鳴だった。
まず聞こえたのは、鼓膜を揺らすほどの爆音。魔法による爆発だ。
「空飛んでる!?」
火村があっと驚く。
透明な壁に、空中で宙返りをしながら誠次が飛んで来て、こちらに靴底を見せる態勢で壁を蹴り、天高く飛んでいく。まるで壁が地面であるかのようなアクロバティックな動きだ。
直後に飛来した雷属性の攻撃魔法が、ガラス窓に雷撃を奔らせる。要人警護車両にも使われる強化ガラスの為、魔法による衝撃でもひびすらも入らないのだが、香織と火村は反射的に身構えていた。
「幻影魔法の霧だね。本格的な戦いみたい」
うっすらと立ち込めている白い靄のような霧は、幻影魔法《ヴェルミス》によるものだろうと、香織は直感していた。
「あ、みんないる……」
すでに演習場にいる四人の少女の後ろ姿が目に入る。
一つ下の魔術師たちがすでに剣術士への付加魔法をしている事は、魔術師たちの剣術士へ向ける表情で分かった。顔は赤く、気恥ずかしそうで、それでも嬉しそうに喜んでいる顔。
自分もあんな顔をしていたのだろうかと、内心でむずむずと感じつつ、香織は少しだけ不満に思う。
「遠慮してくれてるのは分かるけど……私も呼んでくれて良いのに……。……私が一つ上だから、なのかな……」
「……っ!」
そうしてぶつぶつと言い出した香織のすぐ隣で、火村は歯軋りをしながら握り拳を作り上げていた。
「い、行きますよ生徒会長! 私はもうさっさと終わりたいんですっ!」
「い、行くって!? まだ誠次くんは戦闘中だよ!? せめてこの戦いが終わってから!」
演習場では激しい魔法の光が何度も何度も輝いては消えていく。流星のような軌道を描いて天高くから奇襲を仕掛けているのは、付加魔法を受け取った状態の誠次だろう。
「向こうの都合にこっちが合わせる謂れはありません!」
火村はこのタイミングを逃したら、次はいつ彼に゛会いに行こうと思える゛のか、分からないと喚く。
「こんなの、ただありがとうって言えば良いんですよ!」
火村はなりふり構わず、未だに誠次と聡也が戦闘を繰り広げている演習場へと入っていく。
演習場内に足を踏み入れた途端、空気がびりびりと震動しているのも肌で感じ、足が竦み上がるようだった。
(こんな激しい戦闘……してるの……?)
内心で驚き戸惑いつつも、火村は白い霧の中を進んでいく。
「あっ、天瀬誠次っ!」
「――? 誰だ?」
霧の彼方から、誠次の戸惑うような声が聞こえる。
「霧の中は危険だ! すぐに出ろ!」
近いのか遠いのかさえ分からないところで、剣でなにかを弾く音が聞こえてくる。
また命令されたようで、無性に腹が立つ。同い年で、魔法が使えないくせに……。
「あ、アンタの事なんか怖くないんだからっ!」
「そう言う問題じゃないだろ!?」
誠次は今空中にいるのか、火村が見上げると、数回の魔法による爆発が、頭上で起こる。
「誠次くん! 火村さんが中に入ってしまって!」
香織の声が遥か後ろの方から聞こえるが、火村の暴走を止めるには至らず。
「香織先輩!?」
「紅葉ちゃんさんがいるのですか!?」
驚く誠次と、遠くから千尋の声が響く。やはり、近くに誠次に付加魔法を施した少女がいるのだろう。
「部外者がいるのか? ……どうする誠次。不本意だが、中断するか?」
霧の中で、もう一人の男子の声が聞こえる。おそらく、誠次と戦っている男子だろう。
演習場に乱入して来た少女の姿はよく見えず、取り敢えず自分と同じく空中にいないことだけは確かなので、相手である聡也は容赦ない攻撃魔法を、一時中断する。
「――不本意だが、中断するか?」
男同士の戦いの中に入ってくる正体不明の無礼者へ、誠次は顔を顰めて逡巡する。
「いいや、ここで終わりにしたくはないな。付加魔法は魔術師の体内魔素を半分以上は持っていく。一日に一度だけの能力をここで切ってしまったら、俺は聡也への勝ち筋を失う」
戦闘続行。何より、戦いで昂った気をここで鎮めるのは、決着という形でしか思いつかなかった。
「しかし、《ヴェルミス》の発動者の俺からは霧の中の様子がわかるが、お前にはわからないだろ、誠次? そんな状況で無理に戦えば、霧の侵入者にも被害が出るかもしれない」
「要はこの鬱陶しい霧を晴らせば、俺の視界も確保できるんだろ?」
発動済みの幻影魔法を打ち払う。それが簡単なことのように言う誠次に対し、赤い瞳を見開いた聡也は、ほくそ笑む。
「やれるのか?」
「そろそろ鬱陶しいこの霧を晴らしたいとは思っていた」
地上から放たれる魔法の弾を躱し、誠次は霧の外ですでに付加魔法をし終えた四人の少女と並んで立つ香織の元へ着地する。
香織は連れてきた少女の事でか、申し訳なさそうな顔をしている。
「ごめんなさい誠次くん。邪魔する気は無かったのに……」
「構いません。来てくれてありがとうございます」
「そ、それは……。私だって、誠次くんに魔法を貸してるのに、呼んでくれないなんて……」
「ですが、生徒会長は日頃忙しいかと思っていて――」
赤い目をする誠次の口は、香織が差し向けた冷たくしなやかな人差し指にそっと押され、止められる。
「そんな事言っちゃうと、他の娘に私は良いのか、なんて思われちゃうよ?」
「す、すみません……」
誠次のくちびるに指を添えたまま、香織はくすりと微笑む。
「気にしないで誠次くん。今の私がいるのは……貴方のお陰。だから私は、貴方が必要だと思ったその時は、どんな時でも魔法を貸す――」
香織の左手に、眩しいほどの白い光が集束し始める。それを合図に、頷いた誠次はすでに四人分の付加魔法が掛かっているレヴァテイン・弐へ更なる力を付けようと、香織の左手付近に剣を伸ばす。
「火村さんって、どっかで。……ああそう言えば、水木さんって人が言っていました、水泳部の人ですね」
「う、うん。……っ」
付加魔法をしている最中に、誠次が何気なく二人の同級生少女の名を出すと、香織は露骨に不満そうな表情となる。
この不思議な感情の変化もまた、レヴァテインへの付加魔法の際に起きてしまう症状だ。
「行ってきます。離れていてください」
誠次は香織の方から振り向き、立ち込める霧を白く光る瞳で睨む。
「終わらせてやる」
呼吸を整え、精神を研ぎ澄ます。狙うのは霧が晴れること。霧の中にいる二人に攻撃を当てることなく、最大限の力を解き放つ。
両手で持ったレヴァテインを、腰から居合い切りをするかのような構えで、静かに背中の方へ向けて下ろす。レヴァテインへ新たに纏わりついた白い光は、まるで誠次の呼吸のリズムと同化しているように、点滅を繰り返す。
「斬り裂けっ!」
一閃。思い切り振り抜いた一撃は、少しの間を置き、霧の中で巨大な斬り傷を生み出す。最大出力で放たれた一撃は、空間を切り裂いたようだった。凄まじい風がそこから発生し、瞬く間に白い霧が散っていく。
「きゃっ!?」
火村の真横で、空間がねじ切れるようにも見える斬撃が発生し、彼女は悲鳴をあげていた。
「……丸見えだ!」
立ち止まり、こちらを怯えた様子で見つめる火村には目もくれず、誠次はにやりと笑い、聡也を睨む。
「やられた……!? っく!」
聡也はまだ諦めていないようで、攻撃魔法の魔法式を誠次へと向ける。
「無駄だ!」
叫ぶ誠次の両手のレヴァテインの色が、青に変化する。その場でレヴァテインを軽く振りはらい、誠次は左の眼で焦る聡也を睨む。
—―それは、聡也自身が気づけていない事だろう。香月の付加魔法能力は、誠次と、今は敵である聡也の双方に影響を及ぼしていた。
誠次から見た聡也の全ての速度は、スローモーションで遅く見え、逆に聡也から見える誠次の姿は、瞬間移動のそれに近い動きとなる。そんな二人の様子は、離れたところにいる香月の付加魔法能力の影響を受けない人には、通常通りに見えるものだが。
一種の幻影魔法にも似た、香月の付加魔法能力下にいるという聡也は、その事実に気づくことなく、誠次へと魔法式を向けたつもりだったことだろうが、
「馬鹿なっ!? 瞬間移動!?」
聡也から見た誠次はすでに背後に回り込んでおり、
「遅い!」
誠次から見た聡也は、彼が右腕を伸ばしている最中であった。
「――左肩を、貰う!」
出力した青い刃を、聡也の左肩へと添える。
青い刃による接触地点から、まるで熔けるように、聡也の左肩の上部が制服ごと蒸発する。
「ぐあっ!?」
聡也は左肩を右手で抑えて倒れ、悲鳴を上げる。
「しょ、勝負ありっ! 天瀬さんの勝利です! 夕島さんに治癒魔法を!」
小野寺の言葉と同時に、誠次はレヴァテインの付加魔法を解除し、香月が得意な治癒魔法を使い、聡也の左肩を修復する。制服は破け、血は滲んでいるが、その下の皮膚は瞬く間に繋がっていく。
「い、今のは……?」
聡也は項垂れながら、後ろで立つ誠次に訊く。
「香月の付加魔法だ。対象の動きを遅くする。聡也は気づかないうちに、俺に後ろに回り込まれていた」
「強いな……。それを使えば、もっと早く勝ててたんじゃないか……?」
「霧で狙いがどうしても定まらなかった。斬りどころを悪くしたくはない。敵である以前に、大切な友だちだからさ」
これを言うのは少々恥ずかしく、誠次は鼻の下をかきながら言う。
「……そうか。ありがとうと言うべき、なのか……」
聡也は顔から汗を噴き出しながら、力なく微笑む。
「傷は大丈夫か、聡也?」
黒い瞳に戻った誠次もしゃがみ、先ほどまでは敵であった聡也を気遣う。
「ああ……。痛いけど、それは覚悟していた。強いな、誠次」
「聡也こそ。まさかここまで苦戦するとは思っていなかった」
香月の治癒魔法が終わると、聡也はすぐに立ち上がり、誠次の目の前に向いて立つ。向こうにも男の意地があると言うのは、重々承知だ。
「冷や冷やしました……」
ほっとした様子の小野寺が合流する。その同年代男子に比べると華奢な肩には、顔よりも大きなサイズのフクロウが大人しく留まっていた。
「治癒魔法ありがとう香月さん。自分でやるつもりでいたのですけれど……」
「他人からやってもらった方がいいわ。それに私は、天瀬くんの戦い方を尊重しているから」
誠次の方へは顔を向けずに、香月は聡也に対し努めて冷静にそのような事を言っていた。
「なんで、みんなあんな嬉しそうな顔をしているの……?」
完全に蚊帳の外状態となってしまっているのが、ぽつんと立っていた火村である。男子はともかく、女子は誠次の周りに立ち、和気あいあいとしている。
「あ、そうだ。火村さん」
香織が思い出したように、立ち尽くしている火村に声を掛ける。
それにつられ、誠次も思い出したように火村を見つめた。
「戦闘中に入ってくるなんて危ないじゃないか!」
誠次が怒鳴ると、火村はくちびるを噛み締めてから、うつむく。
「ご、ごめんなさい……っ」
「どうしたのですか、紅葉ちゃんさん?」
同じ水泳部の千尋が、声を掛ける。
「あの……っ!」
紅葉は至極言い辛そうにだが口を開け、誠次に向け、頭を下げる。スポーツで引き締まった身体が綺麗なラインを描く、直角のお辞儀だった。
そんな事をされてしまうと、誠次も怒鳴った瞬間の怒りがどこかへ行ってしまう。
「どうしたんだ? 顔を上げてくれ……」
「水泳部を守ってくれて、ありがとうございましたっ!」
律儀に、そして生真面目に誠次に礼をする火村を見て、香織はほっとしたように胸を撫で下ろしている。
「わ、私はちゃんと言いましたからね!?」
一体誰への確認なのだろうか、火村は日焼けした頬を更に赤く染めて、誰とも目線を合わせることなく言い切る。
「わざわざそれを伝えに来てくれたのなら、ありがとう。……でも、お礼は千尋越しにしか言われてなかったから、驚いたけど」
水木が忠告してきたほどのものではななく、安堵して後ろ髪をかく誠次の目の前で、火村は驚愕の表情になっていた。
「へっ!? 私と本城さん以外、誰も直接お礼言ってないの!?」
紅葉が千尋を見ると、千尋は苦笑混じりに「ええ」と頷く。
「水泳部の皆様は、私に代わりに言っておいてくれるよう、頼まれた方がほとんどでした」
千尋は誠次の傍に寄り添うようにして立ち、にこりと悪気なく微笑んでいる。
「だから、紅葉ちゃんさんのように直接感謝して来て下さることは、とても偉いことだと思いますよ!」
更なる千尋の、ともすれば天然発言が、火村を後退さらせる。
「ち、千尋……。君に悪気が無いことは重々承知なのだが……紅葉が真っ赤に染まっている……」
羞恥極まり、爆発寸前の火村を見て、ルーナが恐る恐る千尋にぼそりと告げる。外国人からすれば出来ればこのように全身が真っ赤ではなく、色鮮やかな日本の紅葉が見たい、と言うべきか。
「え、何故ですか!?」
きょろきょろとしてツインテールを揺らし、千尋は首を傾げる。
これには誠次と聡也と小野寺も、同時のタイミングで咳払い。
「話が違ーうっ!」
火村は泣き出しそうな悲鳴を上げ、走り去ってしまう。
「あ、よく分かりませんけれどごめんなさい紅葉ちゃんさんっ! ……私、何をしてしまったのでしょう……」
「大丈夫本城さん……。私が言っておくから……」
「わ、悪かった千尋。俺もよく考えないであんなことを言ってしまって……」
香織が落ち込む千尋に声を掛けてやり、取り敢えず千尋と火村の部活内での仲は大丈夫そうだが。
相変わらずね、とでも言いたげな香月の痛い視線を受けながら、誠次もふぅと息をつく。力強い意思を感じるアメジスト色の視線から逃れるようにふと手元を見れば、光を失ったレヴァテインがいつもの通り、右手にあった。
(お疲れ、レヴァテイン……。また一年間、よろしく頼むぞ)
昨年の春からその柄を握り、様々な苦楽を共にした相棒は、変わらずにおれに剣術士としての力を与えてくる。
きっとこの先も、ずっと。
※
翌日。月末のテストが近づく2―A教室にて、春の嵐は巻き起こる。
「「「誰だお前っ!?」」」
「……このクラス一の学力を誇る、夕島聡也だ……」
癖で指を添えた鼻の上には、いつもいた相棒が不在中である。
「やっばーっ! 眼鏡無いとお兄さんに超似てる!」
机の前に集まっているクラスメイトの女子に笑いかけられ、聡也は至極恥ずかしそうに俯く。
「イメチェン!? ついでに髪も茶色に染めちゃえ!」
「勘弁、してください……」
女子たちに囲まれ、後ろから見える聡也の背中が、とても小さく見えていた。
「悪いな聡也……。だが俺はそれで、お前が少しでも別の世界が見えると言うことを信じている。この魔法世界は限りなく広い。それを己の目で見ることで、お前の視野と世界も広がるはずだ……。俺は、信じている……」
椅子に座って腕を組み、眼鏡を掛けずに済んだ瞳を閉じ、誠次はうんと深く頷く。
昨夜は悠平の協力の元、彼を洗面所前に゛縛り付け゛、どうにかコンタクトレンズを目に着けさせることに成功した。彼は突然暴れだしたり、隙を見て逃げ出そうとしていたが、ようやく決心がついたようであった。
「アイツが眼鏡外すって、なにがあったんだよ……」
一つ前の席で志藤があくびを出しながら、共に聡也の背中を見守っていた。
「にしてもアイツも、どんだけ眼鏡愛用してるんだよ……。眼鏡がないなんて、いっそのこと殺してくれー、とか言いそうだぞ……」
「俺にとってのレヴァテインが、聡也にとっての眼鏡なんだろう……。俺には分かる。大切なものを失くす痛みが……!」
「うわ分からねー。その気持ち」
ガッツポーズを決める誠次に、志藤がげんなりしながら、苦笑する。
授業を終え、休み時間。聡也への珍しい物見たさで詰めかける観客は一通り波を終えたようだが、女子たちの色めき立つ話し声は、なかなか収まらなかった。
※
「やっぱ、これ変じゃない……?」
自分の姿を見つめて、困惑する篠上が立つ場所は、室内女子用プールサイドだ。数日前にヴィザリウス魔法学園で、女子の衣類窃盗や盗撮が目的といったしようもない侵入事件発生した場である。
「綾奈ちゃんの胸のサイズがおかしいんです!」
人魚姫のお出迎えは、水が抜かれた底深いプールの奥より。
千尋が手すりに掴まり、ひょっこりと顔を出している。スレンダーな競泳水着姿であるが、泳いでいたわけではないので髪留めはしており、金髪はツインテールの姿だ。
むっとした表情の目は、水着姿の篠上綾奈の胸元を凝視している。
「だからって、スクール水着なんて……」
身体にぴったりと張り付く青い生地を眺め、篠上は恥ずかしそうに、とても収まりきらない胸元を手で隠す。
「競泳水着だと絶対に大変な事になっちゃいます! 我慢してください、綾奈ちゃん」
「わ、分かったわよ……」
不承不承ながらも、篠上は水抜きをしてあるプールの底を見る。少し前までは大量の水があったプールであるが、先日の侵入事件を受け、一度綺麗に掃除と除菌をする必要があった。
そこで名を上げたのが、水泳部員の千尋と友人の篠上であった。二人に対して広大な面積を誇る室内プールだが、魔法の力があれば掃除も楽に終わる。
「千尋と貸し切りのプール、楽しみね」
「私もです! その為にもお掃除、頑張りましょう!」
そして、労働の対価が、一番風呂ならず一番温水プールである。それも放課後貸し切りだ。
「それにしても……ぐちゃぐちゃね……」
篠上がデッキブラシを何気なく剣を振るうような動作で構え、呟く。
誠次が剣術士として戦った現場は、そのままであった。散乱したコースロープにビート板。中には攻撃魔魔法の直撃を受けて、穴が空いたり、粉々に砕け散ったりしたビート板の残骸もある。
(あの娘はここで天瀬と一緒に戦った……。私だって……!)
「綾奈ちゃん……?」
気づけば、目の前で千尋がデッキブラシを両手に持ち、小首を傾げていた。
「な、何でもないわ……」
「そうですか。では、張り切ってお掃除頑張りましょう!」
「そうね」
室内で響く千尋の掛け声に、篠上は微笑んでいた。
途中、何度か脱線し、追いかけっこ、水を掛け合う、などのお遊びもしてしまったが、掃除は着実に進んでいく。
「はい綾奈ちゃん! 写真撮りますよ!」
「えっ? もう恥ずかしいってばー」
口ではそう言いつつも、満更でもなさそうに篠上は、同じく水着姿の千尋と写真を撮る。
「ではこれを誠次くんへ……感謝と親愛お思いと共に、送信っ、と」
自分の行いに頬を赤く染め、それでも千尋は電子タブレットのホログラム画面の送信ボタンを、タッチする。
「ハートマークまで付けてしまいました……っ!」
「何してるの千尋ー? それっ!」
少しばかり遠くにいた篠上が、千尋へ向けホースの水を放つ。
「冷たいっ!? や、やりましたね綾奈ちゃんっ!」
「水属性の魔法、名付けて《アクアスプラッシュ》よ!」
ふふんと、肩にホースを回して不敵に微笑む篠上に、千尋も躍起になる。
「私には最強最悪の防御魔法、《バリアー》があるのです! そんな攻撃痛くも痒くもありませんっ!」
実際には《バリアー》と言う魔法はないが、それに似た《プロト》と言うそれに似た魔法がある。
細長い腕でぎゅっと、自分自身の身体を抱き締めて、千尋はその場に蹲る。
「うぐっ! 鬼ごっこの時もそうだったけど、それ卑怯!」
小学生の頃からずっと、この様なやり取りを繰り広げている。今でもそれを笑顔で続けられるのは、何よりも誠次が、二人の友情を守り、望んでくれたから。多くの女性の力が必要な彼の為にも、今はまだ複雑な思いを隠し、二人の心優しい魔法少女は剣術士と共にいる。




