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二人の少女がプール掃除をしている同時刻、誠次は寮室でソファに腰掛け、電子タブレットを起動していた。
ちょうど目の前を、裸眼の夕島聡也が横切る。
「さすがにもう慣れたか、聡也?」
誠次が尋ねると、聡也は不満そうに首を横に振る。
「年中付けっぱなしでも問題のないコンタクトレンズだが、やはり俺には眼鏡がないと落ち着かない」
「GWまでの辛抱だ」
「約束は守る」
聡也はため息をしながらも、誠次の手元から浮かんでいるホログラムをじっと見つめる。細いペンのような形状の電子タブレットから出力されているそのホログラムは、まず本物の雲のような吹き出しが浮かび、音と共にそこへ文字が次々と浮かんでいる立体アプリであった。
「実技試験に向けて、クラスメイトにアドバイスを送っているのか?」
「ああ。絶対に負けられないからな」
得意気に話す誠次の手元のタブレットには、他の男子生徒が発言をし、それに対する論弁が続く。魔法は使えない誠次であるが、その知識を誰かと共有することは出来る。
「魔法が使えなくても、使えない身からアドバイスをすることは出来る。……それに何より、こうやって魔法のことについてみんなと話してるのが、なんだか楽しいんだ。まるで、自分も魔術師の一員になったみたいでさ」
空中に浮かんだファンシーなスタンプをタッチすれば、それが音を立てて動き出し、誠次の周辺をぐるぐると回っていく。
少なくとも、クラスメイトにとこうして魔法の事について話し合える事が、誠次には嬉しかったのだ。
「そうか。だったら、俺も加えさせてくれないか?」
微笑む聡也は腕時計型の電子タブレットをタッチし、ホログラム画面を出力する。
「勿論。聡也の知識は、本当に頼りになるからな」
誠次は自分の言葉を、ホログラム画面に打ち込む。向こうが攻撃魔法を使用してきた際、こちらはどのようにして立ち回るべきなのか、念密なプランを考える。剣術士として特殊な自分の身体では、魔術師への正確なアドバイスとは言い切れないが、クラスメイトはこちらを信用してくれた。
「魔法学では、誠次の方がレベルが高い。ずっと勉強してたんだよな?」
「将来の夢は特殊魔法治安維持組織に入る事だから。魔法が使えなくても、魔術師のサポートが出来る為に、勉強してきたんだ」
聡也の言葉に、誠次は答える。
魔法世界となったこの世の中で、魔法による犯罪を取り締まり、また゛捕食者゛との戦闘も行う魔術師たちによる司法組織。それが特殊魔法治安維持組織だ。
誠次もかつては゛捕食者゛の魔の手から特殊魔法治安維持組織に命を救われた。それ以降、特殊魔法治安維持組織に入るのが夢であった。
「……今は、特殊魔法治安維持組織も大変な時期だけど……」
前任の志藤康大が反逆罪で行方不明となり、親しくしてくれた影塚広と共に連絡がつかない。現在は新崎和真という男が局長の座に就いている状況だ。
昨年で憧れであった組織の形も、今では随分と変わってしまった。
「それでも俺は、特殊魔法治安維持組織を諦めない。組織に入って、内部から変えていくことも出来るはずだ。……頼りになる友だちもいるしな」
自身の生まれに戸惑い、それでも前を向き、自分と向き合う事を決めていた友の姿を思い、誠次は顔を上げる。友情、という事もあるだろうが何よりも、彼には負けたくはないと言う些細なプライドがあった。それは彼も、きっと同じ思いなのだろう。
「? 千尋からメールだ」
突然、脈略もなく千尋からメールが送られてきた。
誠次はチャットアプリを開いたまま、千尋からのメールを確認する。
「水泳部代表より、心からのお礼……?」
そのような文面と共に、ハートマークまであり、どきりとする。添付されていた写真フォルダをタッチしようとする寸前で、隣のソファに腰掛けていた聡也が、席を立つ。
端整な顔立ちの口元は、やや含み笑いを宿しており、
「さてと、俺は先に風呂に入ろうかな」
同じく水泳部である聡也は、背を向けて行ってしまう。
「ああ。……なんだろう」
呟きつつ、誠次は写真フォルダをタッチする。
「……はっ!?」
――数分後。風呂から上がり、黒く湿った髪の毛をワイヤレスドライヤーで乾かしながら、聡也はTシャツ姿でバスルームから出てくる。
ソファには、硬直している誠次の後ろ姿があった。きっと、彼にとっては刺激的な事があったのだろうと、聡也は誠次の後ろを通り過ぎ、冷蔵庫から取り出した牛乳を飲んでいた。
※
夜を迎えた男子寮棟の一室では、一学年の頃から変わらない四人での寮生活を過ごす男子生徒たちがいた。テストが近いので、一応は勉強をする生徒も、すでに諦め、テレビ画面に向かう男子も、同じ部屋にいるのだ。
「お前ら……ちょっとは勉強しろっての……」
腰かける勉強机の椅子の背もたれに寄りかかり、志藤颯介はペンを手元でくるくると回しながら、だらけきっているルームメイトたちに告げる。
「そのうち、な……」
「それ一番駄目なパターンだっての……」
いざ自分だけがやる気を出しても、周りがこうではそれにつられてしまいそうだ。志藤は「はあ」と大きなため息をつき、雑念を振り払うように首を左右に振り、再び勉強机へと向き合う。
「おっ、そっちは天下の天瀬殿がいるから、参考になるぜ」
確か今の話題は、相手が開始早々攻撃魔法を発動して来た場合のこちらの動きについて、であった。
【俺、飛び込んでいい?】
「いや駄目だろ……」
誠次のまさかの発言に、志藤はツッコむ。攻撃魔法の真っ只中に飛び込むなど、自殺行為としか到底思えない。
【でも俺、もう我慢できそうにないんだ……】
誠次のアイコンである、ユキダニャンのあほ面が必死に何かを訴えかけて来る。
我慢どうこうの問題なのだろうか。まあ、確かに誠次の魔法が効かない特殊な身体ならば、我慢せずに突っ込むと言うのもありな戦法だろうが、ここはあくまで魔術師対魔術師を想定した話の場だ。
さすがに誠次の返答がおかしい事に気付いたのか、他のクラスメイトたちも気にしだしている。
「今は魔法戦の事についてだろ? 魔術師として、ここは我慢しろっての」
【でも俺は剣術士で、なにより男……】
「返信早っ!」
速攻で返されたユキダニャンの顔アイコンが、心なしか泣いて見える……。
「屁理屈を言うな、っと」
【分かった……我慢、する……】
「お前は何と戦ってるんだよ……」
テストはもうすぐだ。
※
四月末の三日間に渡る試験最終日。座学のテストを終え、演習場の簡易教室へとクラスメイトたちは移動する。
「……一応勝てとは言ったが、お前らやりすぎんなよな……特に、男子……」
教卓に手を添え、さすがの林もこれには参ったようだ。
終結した男子生徒たちは皆。日頃何かで溜めているストレスを発散させるかの如く、この魔法実技試験を前に隠せない興奮を昂らせていた。
一体何処で彼らの闘争本能に火がついて、こうまでやる気を高めているのだろうか。こうして話している最中でも、椅子の上で目を瞑り、イメージトレーニングをしている輩までいる。
あくまで練習試合で、腹と背中にあるデバイスを掴み取る事が勝利条件であるのだが。
「いけーっ! 2-Aっ!」
二階席に座り、誠次は手のひらをメガホンの形にして口に添え、声を張り上げる。男子にも女子にも勝って欲しいと言う思いは変わらない。
クラスメイトたちも、魔法生として一つ上の先輩と言う実力を、後輩たちへ遠慮なく見せつけていた。
「そこです! 《エクス》!」
名簿順で後輩の相手をする為、ルームメイトの小野寺真の番は比較的早かった。
そして、戦いも早々に終わる。
「うわっ!?」
「お相手、ありがとうございました。次は防御魔法を展開することを、お勧めしますよ」
小野寺は指を立て、後輩の女子へ優しくレクチャーをしてやっている。
「か、勝てた!」
「い、痛い……。私もう嫌だぁ!」
その隣のフィールドでも、桜庭が勝利している。
「ご、ごめんね……。……大丈夫?」
「うわあああんっ!」
泣き出してしまった後輩へ向け、桜庭があわわと口に手を添え、周囲をきょろきょろと見渡している。
「――桜庭さんも勝てて良かったわ。特訓の成果ね」
「ぬわ!?」
ぬっと、急にすぐ隣から声が聞こえたかと思えば、香月詩音が隣の席に座っていた。
「だから、セルフ《インビジブル》は勘弁してくれって……」
香月は相変わらずの無表情の横顔で、一階をじっと眺めている。名簿順で言えば、香月は桜庭より前のはずだが。
「あれ、試験終わったのか?」
「ええ。速攻で」
相手になってしまった後輩がご愁傷様としか言いようにないほど、悪気もなく冷静に言い放っていた。
「相変わらず見事な魔法だな。俺にも少しは分けてくれないか?」
「貴方には剣があるわ。剣術士さん」
「軽い冗談のつもりなんだけど……」
「付加魔法だけでは足りないと言うの?」
香月が誠次を見つめ、そんな事を言ってくる。優秀な科学者であった両親を持ち、その才能を受け継いだ秀才の魔術師は、時に理性的で、時に沸きたつ好奇心を抑えられなくなるようだ。
「そんな事はないさ。俺に魔法を貸してくれるだけでも、感謝している――」
笑顔の誠次が言い切ったその時、一階で紅蓮の灼熱が巻き起こった。
何事かと声が響き渡る中、熱の発生源は一階であり、炎属性の魔法によるものだった。
「なんだ?」
思わず顔を覆ってしまうほど、その灼熱の魔法の炎は、二階にも届いた。香月も誠次と同様に、顔を覆っている。
「篠上さんと、帳結衣さんの戦い?」
魔法による影響か、砂嵐のように乱れているホログラムには、二人の少女の胸より上の画像が浮かんでいる。
香月はそれを見つめ、一階へとアメジスト色の視線を向ける。
そこでは誠次もよく知る二人の少女が、一歩たりとも引かない激戦を繰り広げていた。
「中々やるわね、アンタ!」
「先輩こそ……っ!」
篠上が炎属性の魔法を発動し、歯軋りをする結衣が高位攻撃魔法、《シュラーク》を発動する。両者の放った魔法が激突すれば、今までの魔法戦ではなかった大迫力の光景がそこに広がる。
……広がっては、いけないと言うのに。
「何でああなった!?」
「……」
冷静に戦局を見守る香月の隣で、誠次は立ち上がる。
「やりすぎだ! 怪我人が出るぞ! 先生は!?」
二人の身を真っ先に案じた誠次は手すりに手を添え、一階を見下ろす。
昨年と同様、一階には担任の林を含めた三人の教師が座っていた。しかし三名とも座っているだけで、手をこまねいている。
「……行くの?」
「ああ」
「足場を作ってあげる」
「頼む!」
香月の目の前で誠次は足を蹴り、二階から飛び降りていた。形成魔法で生み出された、青く四角いブロックを足場に、一階まで降り立ち、すぐに教師たちの元へ。
「先生、これは危険です!」
「確かにやりすぎてるけど、まあギリいいんじゃね? 二人とも優秀な魔術師って事で」
ちりちりと火の粉が舞う中、林がお気楽そうに笑っている。
駄目だこの人。と、誠次は隣に座っている二人の教師に視線を向ける。
「う、うわ……。ど、どうすれば……っ」
向原琴音は今年から担任教師となった新人であり、事態に対処できていない。そして更に、真ん中に座る教師も林の判断を窺っている。
「第一、あの二人の衝突の原因、お前だぜ?」
「お、俺!?」
林がニヤケ面で、誠次を見上げている。
「初日からお前と一緒にいるー、とかああだこうだ。……遠くから聞かされるこっちの身にもなれってんだ」
「そ、それは……! い、いえしかし……!」
誠次は赤面し、顔をぶんぶんと左右に振る。
「今はあの二人を止めます!」
「悪いな剣術士。痴話喧嘩に関わると、第三者が決まって損する。うまく収めたら成績プラスしてやるぜー?」
まるで体験済みのように、林は肩を竦めていた。
「と、止めてやる!」
模擬戦らしからぬ大立ち回りを見せてしまっている二人を見つめ、誠次は背中と腰のレヴァテイン・弐を同時に抜刀し、すぐさま連結させる。
「千尋!」
簡易教室では、クラスメイトたちが呆気に取られて、窓の先に広がる紅蓮の光景を見守っている。不幸中の幸いと言うべきか、二人がどうしてあんな戦いをしてしまっているのか、ここでは声が聞こえずによく分かっていないようだ。
その中にいた金髪のツインテール姿の少女を見つけ、誠次はレヴァテイン・弐を抱いたまま、近づく。
「誠次くん、綾奈ちゃんが火を吹いています……」
「そうみたいだ……」
千尋は口に手を添えて戦慄しており、誠次も罰が悪く後ろ髪をかく。
「止めないと。付加魔法、大丈夫か?」
「私は大丈夫です。どうぞ!」
「頼む」
千尋の付加魔法を受け取り、誠次は演習場の中に再び飛び込もうとする。
そんな誠次の手を慌てて引いて止めたのは、心配そうな面持ちの千尋だった。
「あ、綾奈ちゃんも悪気があってやっているわけではないはずです! 綾奈ちゃんは優しくて、友だち思いで、でも……ほんのちょっとだけ怒りんぼうさんなだけなんです!」
「大丈夫。篠上のことは、俺もちゃんと分かってるさ」
「お願いします!」
篠上の事を心配する千尋へ向け、安心させるように誠次は頷いてやっていた。
二人の魔法少女の戦いは、熾烈を極めていた。
「そろそろ降参したらどう!?」
「先輩こそ、魔素切れそうなんじゃないですか!?」
赤と桃色の髪が舞い、炎が爆ぜる。二人とも最初は簡単な攻撃魔法での応酬を繰り返していたのだが、徐々にそれに火が点いていき、収拾がつかない騒ぎになりかけている。
「やっぱり、生意気な後輩ね!」
「そっちこそ、傲慢な先輩!」
「小さくってすばしっこいっ!」
「大きくって目障りっ!」
その他、とても試合前に頭を下げる礼をしていた者同士とは思えない罵り合いを、二人は続けている。
誠次は迷う間もなく、周囲の目も気にしていられず、激戦を繰り広げる二人がいる演習場の中央へと、突貫する。
「――止めろーっ!」
新たな魔法式を展開する二人の間に、黄色い光を発生させるレヴァテイン・弐を握った誠次が割って入り、黄色い刃を振るう。
「「えっ!?」」
驚く二人の間で、レヴァテインの黄色の光が拡散し、展開していた魔法式を強制的に消していく。この領域の中では、新たな魔法の発動を許すことはなくなる。
「落ち着け! 怪我したらどうするんだ!? あくまで目標は腹部と背中のデバイスを取るだけのはずだ!」
二人の魔法少女の間に立ち、レヴァテイン・弐を分解。それぞれを左右の手に持ち、両者に向ける。
「俺は二人に怪我をしてほしくはない。……これは私情だが、それ故に戦闘を止めた」
誠次の言葉を聞き、二人は掲げていた手を引く。二人とも申し訳なさそうな目線を、両者に送っていた。
二人の結果は引き分けとなり、試験はその後、滞りなく続くことになる。
「らしくないぞ、篠上」
「さっきは、ごめん……」
簡易教室にて、腕を組む誠次の前で篠上はしょんぼりと、不貞腐れてしまっていた。
「ただ……戦っているうちにヒートアップして……」
篠上は眼帯姿の誠次をじっと見つめた後、落ち込んだように言う。
「アンタにだけは気を遣わせたくはなかったのに……」
「俺は平気だけど、篠上の方が心配だ」
「……私、これじゃあ学級委員失格……」
篠上は自分の腕を自分の左手で掴み、視線を落としてしまっている。
もしかしたらと、誠次は落ち込む篠上を見つめ、口を開く。
「結衣の正体、知ってるか?」
「正体? 何のこと?」
「そうか。実はだな――」
誠次は結衣の事について、説明をする。篠上ならば秘密を守ってもらえるだろうし、信頼した上での説明だ。
それについて、彼女は青い目を大きくしていた。
「嘘!? 彼女、桃華ちゃん!?」
「ああ。知ったときは、俺もびっくりしたけど」
「私も、気が付かなかった……。な、なんて失礼な真似を……っ」
篠上は自分の態度を思い直し、顔を真っ赤にしてしまっている。しかし、彼女に全ての責任があるわけではないだろう。
なので誠次は、「気にするな」と首を横に軽く振る。
「彼女はもう一般の魔法生として、ここの魔法学園での生活を望んでいる。俺が篠上と桃華の魔法を貸して貰っているから、二人の間に立った。分かってくれるな?」
「うん……」
篠上はあくまで申し訳なさそうに、視線を落としている。
誠次は何とかせねばと、穏やかな口調の内心では、焦っていた。
「だからどうか気を落とさないでほしいんだ篠上。俺からすればもう二人とも、いなくちゃならない大切な存在だから」
篠上は顔を上げ、嬉しそうに微笑んでくれた。
「うん。私も、アンタと一緒に頑張るから。気遣ってくれてありがとう。さっそく桃華ちゃん……じゃあなくて、結衣ちゃんと話してこないと」
「そうしてくれると助かる」
簡易教室を出て行く直前、篠上はドアに手をかけ、こちらへ振り向く。
誠次はほっとしていたところを、篠上に見られる事となっていた。
「な、なにか?」
変な瞬間を篠上に見られたせいか、妙にどぎまぎしてしまう。
やや間を置いて、篠上は口を開く。
「……私だって、いつも助かってるんだから。やっぱり、私もアンタ以外に相方は考えられないわ。……ありがと」
こちらと視線を合わせることなく、篠上はそっぽを向いて、言っているようだった。ようだったと言うのは、こちらも同じく、篠上の綺麗な青い目を見つめられていなかったから。
「それは俺こそ、よろしく頼む……」
揺れる赤いポニーテールを見送ると、胸が高鳴っている事に気付き、誠次は左胸にそっと手を添える。慌てて首を左右に振れば、気は紛れるが。
「俺は……」
右手の握りこぶしをじっと見つめていると、急に後ろから背中を叩かれる。無人だと思っていたばかりに、誠次は驚き振り向く。
「え!?」
「あ、大丈夫ですか、誠次くん?」
篠上の事を見守っていたのか、千尋が片手を伸ばして立っていた。
「あ、ああ。篠上も結衣も大丈夫そうだ。二人ともつい熱くなってしまっただけらしい」
「そうですか、良かったです」
「急だったけど、付加魔法ありがとう。魔術師相手に魔法の無効化は、やはり凶悪な性能だな」
「光栄です。それより、あの女の子、桃華ちゃんさんだったのですね!」
千尋は胸に手を添え、一安心すると同時に、驚きもしていた。
「私のツインテールの生みの親でもあります。結わいている最中も、たくさんお話ししてくれて、とても心優しい女の子でした」
「俺は桃華からも付加魔法の力を受け取っているから、見過ごせなかったんだ」
理解した様子の千尋は少しばかり逡巡し、誠次の手を自分の両手でとる。
驚く誠次の目の前で、千尋も少しだけ恥ずかしそうに微笑み、それを誤魔化すように小首を傾げていた。
「私たちは、誠次くんだからこそ魔法を与える事が出来ているのです。安心、と言うよりもそれは光栄だと思っているのです」
「千尋……」
持ち上げられた右手を包む優しく温かい手つきに、誠次は頷く。
「何か困り事や悩み事がございましたら、遠慮なく仰ってください。私はいつでも、力になります。誠次くんが私たちで迷う必要は、どこにもありません。本当に、お優しいのですね」
自分を信じて、魔法を貸してくれる少女をただの”道具”としない為にも。幸運な事は、少女たちがそんな誠次の心情を、深く理解してくれている事なのだろう。
そう感じていると、目の前で何やら千尋が細長い両手を合わせている。
「そうです! もしも誠次くんが疲れちゃったときは、私が代わりにレヴァテインをもって戦います!」
「え!? い、いや、それは駄目だと思う!」
時より年下の女の子のような無邪気さを見せ、張り切る千尋に、誠次は慌ててツッコむ。
「綾奈ちゃんからのエンチャントを受けると、どうなるのでしょうか……。綾奈ちゃんは、私に対して……」
両手を頬に添え、顔を赤らめてあの手この手と妄想に耽る千尋に対し、誠次は申し訳なく苦笑する。
「残念だけど、レヴァテインは俺じゃないと扱えない。ずっと前に、他の人が試したんだけど、反応がなかった」
持ち主はすでに、決まっているようだった。――ともすればそれは、一種の呪いのようなものか。
だからと誠次は、背中と腰のレヴァテインを交互に見つめる。
「こいつはこれからも俺が責任をもって扱うよ。大丈夫。使い方は間違わない。目標は遠くて、今はまだ理想論でしかないけど、小さな事をコツコツとこなして進んでいくよ。きっと、上手くいくと信じてる」
誠次の決意を聞き、千尋は嬉しそうに、頷いてくれる。
「……そうですよね。誠次くんだからこそ、その剣を扱えるのですよね」
「その通り。でも、気遣ってくれてありがとう千尋」
「い、いえ! 私にはこれくらいしか、出来ません……」
千尋は寂しそうに言っていた。
「で、ですけれど。誠次くんを思う気持ちは皆さんと同様に、負けていません!」
「あ、ありがとう……」
こうまで面と向かって言われるのも、それはそれで照れくさく、誠次は後ろ髪をかく。自分を信じて魔法を貸してくれる少女たちの為にも、誠次は前を向く思いであった。今までと、変わらずに。
「お慕いしています、誠次くん……」
千尋も恥ずかしさを誤魔化すように、目を瞑ってにこりと微笑んでいた。
その後、後輩女子に見事勝利した志藤が、誠次の元へやって来る。
「”飛び込んでいい”って、ああいう事だったのかよ……。お前、とうとう未来予知まで出来るようになったのか?」
「? な、何のことだ!?」
志藤の疑念を受け、誠次は蛇に睨まれたように、身体を硬直させていた。
※
魔法実技試験がすべて終わり、演習場の入り口の赤いランプが点灯を終える。緊張しきっていた新任教師、向原琴音は頬っぺたにぴとりと押し当てられた冷たい感触により、はっとなって我に帰る。
「お疲れー。ま、よく出来てたんじゃね?」
林がにかにかと笑い、冷たい缶コーヒーを差し出して来ていたのだ。
「おだててくれなくても、結構です」
むすっと膨れっ面になりながらも、缶コーヒーは受けとる向原。
「見るところが多すぎて、正直、担任教師を甘くみていました……」
自分の教え子たちへの進路の為にも、担任教師が適正魔法を知る側面もある魔法実技試験。生徒一人一人の細かい箇所までチェックする必要があったのだが、向原は途中からパニックを起こし掛けていた。その最たる瞬間は、やはり篠上と結衣による戦闘の時であった。
「あの二人の゛熱戦゛にはさすがに驚いたが、剣術士殿が上手く抑えてくれたじゃんかよ」
「しかし……あの場で即座に適切な判断を下せないようでは、まだまだ担任教師失格です……。止めようとしたのに……身体が動かなかった……」
最後までその行為を実行に移せず、混乱したまま、結局は駆けつけた天瀬誠次に二人の戦闘をレヴァテインにより止められた。
教師としての責任が果たせなかったと悔しがる向原に、林はぽりぽりと髪をかきながら、告げる。
「ともかく、今日のあれは非常事態だった。新任の手には余ったな」
「人手不足なのは、何よりも分かりますから」
テロが壊滅し、少なくとも魔術師が偏見の目で見られることは少なくなり、爆発的に増えた魔法生を受け持つ担任教師の不足。まだまだこの世界が、完全な魔法世界になりきれていない実情であった。
「ま、これでちょっとは俺の偉大さが分かっただろ?」
「これとそれとは別問題です」
向原は電子タブレットの電源を落とし、実技結果を纏めるために急ぎ足で職員室へ。
「別問題、ですよね……」
教師になりたくて教師になったわけではないと言う林と、得意な魔法を使って子供たちへ何かを教えられればいいなと思い、教師を志した自分。おおよそ教師向きではない彼が教師になった理由と、彼の言葉の意味。その理由を聞きたくとも、彼はいつものようにはぐらかしたり、おどけたりするのだろう。
自分は彼からすればまだまだ子供で、真意を話すに至らない未熟な存在だと言われているようなものが、何故だか妙に腹が立つ。
「本当、最低最悪の教師ですよね……」
貰った缶コーヒーをぎゅっと握り締め、向原は膨れっ面のまま、リノリウムの廊下を歩いていた。
※
日本はハネダ空港。朝焼けの滑走路に、一機の航空機が着陸態勢をとっていた。遠路はるばる、海を越えてやって来た飛行機は、着地した灰色の滑走路をすいすいと進み、やがて停止をする。朝日を受ける白い機体の側面には、英語の文字で航空会社の社名が刻まれている。
「――海を越え、とても長いフライトだった」
空席が目立つ機内では、黒いマントを羽織った若き青年が、大きく伸びをしていた。整った目鼻立ちに、さらさらのシルバーブロンドの髪がよく似合っている。
「おっと。これを忘れるわけにはいかないな」
座席から立ち上がったところ、すぐに振り向き、隣の席に置いてあったそれを手に取る。
青年が被ったのは、大事なシルクハットだった。鏡の前で自分の全身をチェックし、満足げに頷く。
「ここが魔法世界化の波に乗り遅れた国、日本。……それ故、私たちに……相応しい」
イギリスからやって来た、一見すると紳士のような風貌の青年は、赤と黒のマントを翻す。




