6
魔法の光が輝いては消えていく演習場。クラスメイトの大声が延々に響いている中でも、友人でありルームメイトでもある男子の声は、鮮明に捉えることが出来た。
「本気の勝負?」
「ああ。今の自分がどこまで通用するか、確かめたいんだ」
一見クールそうに見える聡也であるが、その内に秘める思いは強く、熱い。それは、二つ上の兄が優秀な魔術師だった事も深く影響しているのだろう。今その兄、夕島伸也はヴィザリウス魔法学園をこの春卒業した。
「また急だな」
「すまない。でも、俺の知る限りで現状最強の相手は、教師を除いて誠次だけなんだ」
「兄さんがいるだろ。事実、俺は昨年の秋には伸也先輩に完敗だった」
「それは複数戦だったからのはずだ。そしてお前は、一対一で兵頭先輩に勝っていた。だから、頼む」
真剣な表情をする聡也から、並々ならぬ熱意を感じ、誠次は「分かった」とやる気で頷く。
「技術を高め合う特訓相手と言う名目でなら、構わない。ただ、”分かっているな”?」
誠次の問いに、聡也は頷く。
「流血は覚悟している。そして、付加魔法も使ってくれて構わない。それが剣術士としてのお前の戦い方だからな」
そんな聡也の言葉に、誠次は少々驚く。てっきり付加魔法無しでの戦いであると思っていたのだ。
「そ、そうか。ありがとう、聡也。じゃあやるからには、全力でいく」
「俺こそ、感謝している誠次」
互いに握手を交わす。
もちろん、人命を奪うような真似はしない。今までも、それはきっとこれからも。
「でも、どうしてこんな熱血漫画みたいな展開に?」
「そうだな……敢えて言うとすれば、自分の目標を見つけたいんだ」
「目標?」
「ああ。兄さんを追いかけてばかりだった俺にも、俺なりの道を探さないといけないと思ったんだ」
やはり春に卒業してしまった兄の影響が、聡也にはあった。野暮ったくもあるが、長い黒髪の前髪から覗く赤い瞳は、前を真っ直ぐ見据えていた。
そして、剣術士として魔術師とは違う道を行きつつも、共に進むことを決めていた誠次も、「そうか」と頷く。
「そう言えば、伸也先輩はこの学園を卒業して今何してるんだ?」
「兄さんか? 兄さんは今……日中は外をふらふらしてて、夜は家をごろごろしているよ」
「え……。それはつまりニー――?」
「に、兄、さん……」
「おい!? しっかりしろ聡也ーっ!」
ずーんと干からびたように俯いてしまった聡也に為にも、火急に新たな道を見つけてやらねばと、誠次は叫んでいた。
※
ヴィザリウス魔法学園の委員会棟。委員会が活動するための教室が多くあるこの棟の地下に、ヴィザリウス魔法学園の生徒会執行部活動部屋はあった。
「う……」
四つの机を長方形に合わせた、部屋の中央。四つある座席の廊下側の端に座る、書記の赤毛の少女は、至極申し訳なさそうに頭を落としている。
「……まだお礼してないの?」
向かいの席に座る水木が、呆れたようにため息をつき、項垂れている火村をジト目で睨む。
「しなくちゃいけないのはわかってるけど……。けど……」
もじもじとし、己のプライドが簡単には行動を許してくれない。プールサイドであれだけ言ってしまったので、尚の更だ。
「どったのー? 若きお二人さん」
火村の隣の席に座っている、緑色の髪をした先輩女子、渡島美結がお菓子を頬張りながら、興味深そうに耳を傾ける。真面目に働いている時と働いていない時の差が大きい、生徒会執行部副会長の三学年生だ。
「火村が、剣術士恐怖症」
「何それ……」
「き、恐怖じゃないの! ただ……嫌いなだけです!」
火村は小麦色の顔を紅潮させ、握った両拳で机を叩く。
「えー。お姉さんは良いと思うけどなー剣術士くん。私が純粋な恋を知る穢れなき女の子だったら、きっと惚れてたかも」
渡島はお菓子を口に放り込み、どこか自慢気に話している。
「穢れてしまっているんですね……」
水木が冷静にツッコむと、「まあね!」と渡島は誇らしげに胸を張る。
「佐代子だって翔くんが浮気したときのスペア用に、剣術士くんにちゃっかりマーキングしてたし――」
「げ、下品ですっ!」
「あれ、田舎娘ちゃんには刺激的過ぎちゃったかな?」
渡島はくふふと、火村に対し面白げに笑っていた。
「い、意味が分かりません! あんな男のどこが良いんですか!?」
「だから、良い悪いの問題じゃない。人としての礼儀の問題」
「私が代わりに行ってあげようかー?」
経緯もよくわかっていないまま、渡島が手を挙げる
「そ、それじゃあ駄目なんです! 私が言わないと!」
変なところで生真面目な火村は、渡島の提案に首をぶんぶんと横に振る。
それこそが彼女を生徒会の書記の地位に就かせているかと問われれば、微妙な域ではあるが。
「――すみません、遅れましたっ!」
勢いよく扉を開けて、四人の生徒会執行部メンバーのうち、最後の一人が部屋に入ってくる。
やや赤らんだ顔の上には、傾いてしまっている青いふちの眼鏡を掛け、利き手の方でもある左の横髪が長めに伸びた髪型をしている生徒会長、波沢香織だ。
完全にだらけきってしまっていた部屋の空気が、彼女の登場によりどこか引き締まったような気がするのは、そんな少し遅れてしまった彼女が、それでも生徒会長として残り三名に認められている証拠だろう。
「かおりんが遅刻珍しいー。どったのー?」
事前に遅れるとの連絡はあったものの、その理由は明記されておらず。三人は遅れてやって来た生徒会長に注目する。
「ごめんみんな。その異変は、昼休みの時に起きました」
「おお。なんか、壮大そう」
慌ただしく椅子に腰掛け、静かに語りだした香織に、渡島が聞き耳を立てる。
二学年生の後輩二人も、尊敬する生徒会長の言葉を、固唾を飲んで聞く。
「私はいつも通り、お昼ご飯を食べに学園食堂に向かったの。おばさんの前で、お気に入りの牛カツ定食を頼んだところまでは、いつも通りの流れだったの……」
「生徒会長……意外と、肉食系……?」
「大人しそうな見た目してるけど、結構肉食だよかおりんは」
「そういう意味ではない気がするんですけど……」
驚く水木と、それに対してにやけ面を見せる渡島に、火村が纏めてツッコむ。
「でもその時、異変が起きたの! ……制服の胸ポケットにいつもはしまってある学生証が、なくなっちゃっていたの! ……牛カツ定食、食べられなかった……っ!」
「……なんか、かおりんがだんだん兵頭元生徒会長に見えて来た……」
魔法学園の生徒会長とは、もれなくあのような熱血に目覚めてしまうのだろうかと、渡島が遠い目をしていた。
「でもここまで来れたと言うことは、学生証が見付かったって事ですよね」
水木が訊く。
「うん。入学式の時に挨拶をした体育館を探してもなかったときは、さすがに諦めかけたけど、思わぬところで見つかったの」
ほっとした様子で、香織は胸を撫で下ろしている。
「どこですか?」
火村が紙パックの豆乳をストローを使って飲みながら、尊敬する香織の話を聞き続ける。
「女子用プールの、水中深く」
「なんでそんな所にっ!?」
口に含んだ豆乳を噴き出しそうになりながら、火村もとうとうツッコむ。
いよいよ擁護してくれる味方もこの場にいなくなり、至極恥ずかしそうに、香織は視線を落としていた。
「たぶん、昨日の事件で生徒会長として現場を見に行ったとき、落としたとしか……」
「なーるほど。それでかおりんの髪、若干湿ってるのね」
「え? ちゃんと乾かして来たんだけどな……」
自分の青い髪を摘まんで放しながら、香織は渡島の言葉に首を傾げる。
「私には分かるよ……些細な臭いで」
「「「それは怖いです」」」
えへんと人差し指を立たせて言い切った渡島に、三人が椅子を引いて距離を取る。
「そこまで引かなくても……っ」
不貞腐れる渡島が、泣く泣く摘まんでいたポテトチップスを口に放り込む。
「それで、えーっと……あ、生徒総会用の書類の作成はどこまでいったのかな?」
ようやく傾いていた青い眼鏡を正し、香織は机の上に無造作に置かれている書類の数々を、物体浮遊の汎用魔法を使って整理整頓していく。
「それが全然進んでいないんです。私と渡島先輩はともかく。書記約一名が、全くもって仕事に手付かず状態で。せっかく水泳部も今は臨時で休みなのに」
「休みなのは仕方ないってば! あんな事件が起きたんだから!」
「そんな事件を゛片づけ゛てくれた剣術士へのお礼を――」
「だから、するってばっ! 明日、とか……」
「お礼お礼お礼お礼――」
「そんな不気味な呪文呟かないでよ!? 旧世紀の黒魔術師みたいだよ!?」
ぶつぶつと、手元のキーボードをかたかたと操作する指の動きに合わせて、水木が正面の火村に呟き続ける。
「そっか。火村さん水泳部だったんだよね。私も゛生徒会長として゛学園を守ってくれた誠次くんにお礼したいから、一緒に行く?」
「生徒会長ーっ! 助かりますっ!」
両手を合わせ、助け船を出してくれた香織に感謝する火村であったが、
「かおりんは生徒会長としてではなく、個人的な感情によるものだと思いまーす」
不貞腐れている渡島がそっぽを向きながら、お菓子をぼりぼりとやけ食いしつつ、告げる。
香織ははっとなり、やや顔を赤らめる。
「そ、それは……ないとは言い切れないけど……」
「ほらねー!?」
「私と渡島先輩で、仕事は進めておきますので、行ってきて頂いて構いません」
「……っ」
香織と共に誠次の所へ行くことになった火村であったが、未だに礼をする事への抵抗を感じ、一人俯いてしまっていた。
早速、生徒会長執行部室を出た香織と火村は二人で歩き、取りあえずは地下から地上へと向かう。
「あれ? 誠次くんのデンバコ、電源が入ってないのかな? 今どこにいるのかな……」
自分の電子タブレットをじっと見つめ、香織はどこか楽しそうに呟いている。
「くす。もしかしたら、また鳥の巣作りに使われちゃったりしちゃってたり。火村さん知ってる? その話」
「興味、ありませんから……」
少しだけ申し訳なく、火村はそっぽを向いて、答えてしまっていた。
「そっか。天瀬誠次くんのこと、全然知らないんだもんね。剣持ってるけど、怖い男の子なんかじゃないよ? むしろすっごく優しくて、私たちや友だちを大切にしてくれる」
「……信頼、しているんですね」
日暮れを迎え、自動で閉められる廊下の窓ガラスに映った、自分の納得いかないでいる面持ちを睨み返し、火村はぼそりと尋ねるようにして言う。
「うん……。でも、私は最初、どちらかって言えば彼を認めてなかったわ。周りと、同じく」
「生徒会長にも、そんな時が?」
「幼馴染とかじゃないんだし、そうだよ」
香織は苦笑していた。
「最初は魔法も使えなくて、剣を持った変な男の子って印象だった。そして一対一で戦って、慢心していた私は負けた。それでも彼は勝っても決して傲らないで、誠実なままだった」
当時を思い出すように微笑み、香織は言う。
その横顔に見とれそうになりながらも、火村は黙って香織の言葉を聞く。
「私の中で、゛不気味な男の子゛が、゛不思議な男の子゛に変わった瞬間かな?」
香織は火村を見つめ、どこか恥ずかしそうに小首を傾げる。
眩しいとさえ感じるような香織の顔を今は直視できず、火村は慌てて正面を向く。
「誠次くんに私が初めて付加魔法をしたのは、北海道の戦いの時。ニュースになってたでしょ? 総理大臣が一時消息不明になったってやつ。あれは本当は特殊魔法治安維持組織じゃなくて、誠次くんが頑張ったんだよ? 私は知ってる」
「そうだったんですか……」
当時のニュースでは特殊魔法治安維持組織の活躍だったと、報道されていたが。
「他にも、誠次くんは色々なところで、表沙汰にならない活躍をしてる。そんな誠次くんの努力を、無駄にだけはしたくないから。私たちがずっと傍にいることで、私たちはこの魔法世界で剣術士の事を助けたいの……ずっと、いつまでも一緒に」
上手くは言えないや、と香織は照れ隠しの意味も込めて、顔を左右に軽く振る。
――ずっと。その言葉が、違う意味で火村には重たく感じた。
それは、言った張本人である香織が一番不思議に思っていたようで、自分のくちびるにそっと手を添えている。
「あはは、なんかおかしいね……。自分で言っておいて、なんだか恥ずかしくて、それでも自然と言葉が出て来て……。最後の言葉なんて、なんで急に頭に浮かんだのかな……?」
ううむと首を傾げる香織でも、そのわけは分かっていないようだった。
言った本人が分からなければ、当然火村にも分からず、「なんですか、それ……」と苦笑する他ない。
「――だから俺じゃねえって――はっ!?」
突然、目の前の廊下の曲がり角から、パンツ一丁の男子生徒が飛び出してくる。
香織と火村は立ち止まり、取り分け香織は、くちびるをわなわなと震わせる。
「や、安田くん!?」
その男子は、香織と同級生の三学年生男子であったが、どう言うわけかパンツ一丁の上半身裸である。
「生徒会長と、二年生?」
「こ、こ、校則違反ですっ! 学園内でそんな格好! 生徒会執行部として断固認められませんっ!」
指を何度も何度も差し、真っ赤な顔で、正義はこちらにあると香織は言い切る。
「いや……ここ、男子寮棟なんだけど……」
安田はどうしたものかと、赤い髪の毛をぽりぽりとかき、そんなことを言う。
「「へっ」」
男性の上半身裸な姿には対して反応していなかった火村も、これには衝撃を受け、慌てて周囲を確認する。誠次の事について話しているうちに、いつの間にか、男子寮棟に迷い混んでしまっていたようだ。
「む、寧ろそっちの方が校則違反。って、俺の格好、い、いやん……」
安田が顔を赤く染め、むき出しの胸元を手で隠す。
「「し、失礼しましたーっ!」」
身動きできないでいる香織の背中を慌てて火村が押し、二人は男子寮棟から撤退する。
「ヤス。廊下をパンツ一丁で出歩くなっ!」
この春から共に三学年生になっていた、ヴィザリウス魔法学園の元生徒会会計の男子、長谷川翔が、制服を抱えて、一人取り残された安田の元へやって来る。
「別にここ男子寮棟なんだし、いいじゃんかよ。んなことより俺の裸、生徒会長に見られちまった……」
「波沢さんが? あんな真面目な人が男子寮棟に来るわけないだろ。ほら、アイロン掛けてやったから、早く制服を着ろ」
「俺の見間違い……だったのか?」
やれやれと、ヴィザリウス魔法学園元会計長谷川翔。完全に主夫である。
※
「自分が二人の審判だなんて、荷が重いです……」
使用許可を取った演習場にて、小野寺真が落胆している。彼もまた、誠次のクラスメイトの友人の一人であり、ルームメイトでもある男子だ。
小野寺のような性格からすれば、ルームメイト同士が戦うことの意味に納得がいっていないようで、最後までこの役を引き受ける事を渋っていた。誠次と聡也の戦いの審判役。血生臭い私闘ではないので、第三者は必要であった。
小野寺の目の前で誠次と聡也は、おおよそテニスコートほどの距離を取り、互いに戦闘前の準備をしている。
誠次は背中のレヴァテイン・弐を引き抜き、素振りをしているのだが、対する聡也は自分の眼鏡のレンズを熱心に拭いている。
「……なあ聡也。それ、意味あるのか……?」
なんだか自分だけが気合いを入れているような滑稽な気分となり、誠次は耐えきれずに聡也に訊く。
「あるさ。こうしていると、魔力が高まる気がするんだ」
「そうなのか……?」
魔術師にしか分からない何かが、そこにはあるのだろうと、誠次はひとりでに納得する。
「自分は忠告しましたからね? ……もう知りません」
小野寺は不満そうに、ぷいとそっぽを向く。
「すまない小野寺。代わりに明日の掃除当番は小野寺の日だけど、俺か聡也がやる」
「負けた方と言うわけか?」
「そう言うことだ。何か懸けるものがあると、増々やる気が出るだろ?」
聡也の確認に、手元で器用にレヴァテインを回し、再び柄を握り締め、誠次は言う。
「確かにな」
一方で、小野寺はまだまだ納得がいっていないようで。と言うよりは、
「当番を代わると言いましても、天瀬さんが当番の日は大抵どこかにやり残しがあったり、始めたと思ったらいつの間にかに本読んでたりしてるじゃないですか! 夕島さんの時は逆に一つの所に時間をかけすぎています!」
「すまない……」
「悪かった……」
「ですので。負けた方は自分の手伝いをして貰います! もっと効率を考えましょう!」
「「はい……」」
日頃お世話になっている小野寺の言葉に、誠次と聡也は頷き合う。
「追加で、一つ提案があるんだ、誠次。俺からも賭けの提案がある」
「まだなにかあるのか?」
遠くから聡也は頷く。
彼のいつも以上に神妙な表情に、きっとなにか重たい条件を言われるのだろうと、誠次はごくりと息を呑む。
「時に誠次。お前が負けた場合、GWまで眼鏡を掛けて貰う」
「何故!?」
拍子抜けする思いで、誠次は正していた姿勢を、研ぎ澄ませていた意識を、崩される。
どうやら冗談ではなく、向こうは本気のようで、掛けている黒ぶち眼鏡を光らせる。
「ここ最近、お前が眼鏡を馬鹿にしているような気がしてならないんだ」
「そんな事はないぞ!? 一体どうしたんだ聡也!?」
「いいや俺には感じる。お前も何か思い当たる節があるんじゃないか?」
「なん、だと……?」
言われ、誠次は顎に手を添え、真剣に考えてみる。ここ最近で、眼鏡と言われて思い浮かぶのは、太刀野桃華が扮している帳結衣の姿だった。
「フ。やはり眼鏡に何かあるんだな?」
結衣の眩しいばかりの笑顔を思い出していたのが、聡也に見られており、彼はほくそ笑んだ。その様は、名探偵、と言わざるを得ないだろう。
「……っ!」
誠次は慌ててぶんぶんと首を横に振るが、時すでに遅く。
「やはり、眼鏡を馬鹿にしているんだな?」
「ば、馬鹿にはしていない! むしろ、これから良好な関係を築いていきたいと思っている!」
「眼鏡と良好な関係……?」
とある後輩少女の姿を思い浮かべて叫ぶ誠次に、小野寺がツッコむ。
「言葉では、どうとでも言える」
聡也の逆鱗に触れてしまったようだ。もはや、言葉での説得は不可能だろう。
「……分かった。じゃあ俺が勝ったら、逆に聡也。お前には、GWまで眼鏡を外してもらおうか」
「な、俺から眼鏡を外させる気なのか!? 正気か誠次っ!?」
聡也が騒然としているが、誠次は頷く。
「ああ。コンタクトレンズで生活してもらう」
「こ、コンタクトは嫌だ! あ、あんなものを目に入れるなんて……考えただけでっ!」
震える聡也が頭を抱えている。よほどコンタクトが嫌いなのか、眼鏡が好きなのか。
「そんなに嫌なのか? いや、俺も眼帯付けてその上眼鏡かけるなんてもう色々と装着しすぎてしまう!」
「お互い、負けられないな」
「ああ!」
お互いに準備を終え、小野寺の合図を待つ。
「く、下らないと言うツッコミは、この際入れるべきなのでしょうか……」
目の前で闘志を燃やす二人の少年に、小野寺はもう諦めたかのように、ふうと、軽く息をつく。
「……では、いまいち納得は出来ませんが、自分が責任をもって見守ります。勝敗はどちらかがギブアップを宣言するか、自分が判断します」
「「ああ。頼む」」
いざ、開戦と意気込む誠次であったが、そう言えばと聡也は再び構えを解く。
「ちょっと待て誠次」
「今度はなんだ?」
「……本気の勝負のはずだ。それなのに、なんで女性がいないんだ?」
誠次は女性からの付加魔法を受け取って、剣術士として最大限の力を発揮できる。しかしこの演習場には、誠次と聡也と小野寺の男子三名しかいなかった。
「それは……みんな……所用で少し遅れるそうだ……」
「悲しいな!」
切ない表情をする誠次に、聡也は声を荒げる。
「べ、別に俺一人でも戦える! 倒すなら今のうちだぞ!」
「そうか。なら俺は、お前の”勝利の女神様”とやらが来る前に、速攻で勝負を決める!」
聡也は口角を上げ、右手をすっと持ち上げる。魔法が効かない誠次を相手にした場合、唯一と言ってもいい有効な魔法は、属性魔法であった。厳密には、それによって巻き起こる二次的被害による外傷でしか、誠次は傷つかない。
「《ライトニング》!」
黄色の魔法式を素早く完成させ、聡也が叫ぶ。円形の魔法式から放たれた青白い電流が、ジグザグな軌道を描き、誠次目掛けて突き進む。
それは雷属性と呼ばれる、ゲームの世界の組み分けのような魔法であるが、国際魔法教会が定めたものだ。
「読んでいた!」
目視するには余りにも速すぎる電流であったが、誠次は聡也が魔法式を組み立てている段階で、すでにどんな魔法が来るのかを察知し、予め身体を躱していた。
「魔法式の段階で魔法が見切られている……!」
「伊達に魔法を使おうと魔法学を学んでいたわけではない。――行くぞ!」
誠次は右手に握っていたレヴァテイン・弐を両手で握り、構え直す。そして、軽く息を吸い込んだ後、瞬間的に聡也の前まで接近する。
「速いっ!?」
十中八九、魔術師は接近戦は不利となる。なので、近づかれる前に敵を倒せと言うのが定石であるが、誠次の人離れした移動速度が、どこまでも魔術師を追いつめていく。大気中の魔法元素の抵抗を受け付けないが為に可能となった、身軽さである。それは走力と跳躍力に影響を及ぼしていた。
後退しながら聡也は形成魔法を使い、半透明な魔法の壁を生み出し、誠次の接近を拒もうとする。
誠次はレヴァテイン・弐を振るい、目の前の魔法の壁を次々と切り裂いていく。
「俺には魔法が効かず、大気中の魔法元素の影響も受けない。魔法とは隔絶された存在だ」
「言われなくとも……!」
聡也は形成魔法の足場を空中に作り出し、それに乗る。
「まだまだ!」
誠次は助走をつけて、ジャンプをする。
バスケットゴールの高さ以上のところまで到達していた聡也の元まで、誠次は優に到達していた。
「この高さでも駄目なのか……!?」
「貰った!」
誠次は空中で縦に構えたレヴァテインを、聡也の右腕目掛けて、振り下ろす。
堪らず、聡也は空中の形成魔法の足場から飛び出し、誠次の攻撃を寸でのところで躱す。飛び出した空中で器用に新たな形成魔法の足場を作り、聡也はそれに転がりながら飛び乗る。
「高低差を利用すれば、お前のスピードにもある程度は対応できる……!」
「なるほど。さすがの知略だ」
誉める誠次は落下し、床の上に着地。頭上からはすぐさま雷属性の攻撃魔法が降り注いでくるが、金属ではないレヴァテインが一切の電流を遮断する。
向こうは剣術士としてのこちらの戦い方を熟知しており、対策を講じてきている。
一方で、こちらもただ闇雲に近付いて剣を振っても、魔術師相手には苦戦することは知っている。戦局を見極め、使えるものは使い、その都度戦い方を変える必要がある。
――少女たちの手から授かる多数の魔法を使いこなすには、必要なことだ。
手元で弾けた火花に顔を顰めていると、後方より、二人の少女の声が重なって響く。
「お待たせ天瀬!」「待たせた誠次!」
まず演習場にやって来たのは、篠上とルーナだった。
二人とも急いで来てくれたようで、息が上がっている。
誠次は急いで後退し、入り口付近に立つ二人の女子の元へ駆け寄る。
「篠上、ルーナ。来てくれてありがとう」
「特訓は毎日のようにしてるんだし、今日は実戦形式ってことでしょ?」
「バスケットボール部の助っ人を頼まれてしまっていてな。それでも君に頼まれたら、拒む理由はない」
篠上とルーナは同時に付加魔法の魔法式を展開し、誠次が掲げたレヴァテインへ、鮮やかな赤と紫の魔素を送り込む。
「くれぐれも、お互いに怪我に注意して……」
「セイジの腕前を、信用できないのか、綾奈……?」
「そ、そんなわけないわよっ!」
荒い呼吸を繰り返す二人の少女の間からレヴァテインを抜き取ると、誠次の目の色もその刀身に宿った、少女の体内魔素の色へと変貌している。今は篠上の赤色だ。
「待たせたな聡也。行くぞ!」
「そうでなくては。……迎え撃つ!」
頬に一筋の汗を流し、聡也は付加魔法を受け取った誠次へ右手を伸ばす。
「もはや空中も、俺の間合いだ!」
篠上のエンチャント能力である、頭の中でイメージした場所へ形成魔法に似た足場を作り出し、誠次はそこへ飛び移る。
聡也のいる方から放たれた炎属性魔法の攻撃を、誠次は地上にいる時と同じような身のこなしで躱してみせる。こちらの接近を拒む算段だろうが、無闇に近づく必要もない。ルーナの付加魔法の効果が、あるからだ。
「足を狙え……。当たらずとも、向こうの足場を崩せば良い」
紫色の瞳へと色を変えた誠次は、軽く深呼吸をし、今はまだ右腰に納刀しているもう片方のレヴァテインの柄へ、左手を添える。
「――そこだっ!」
左手を思い切り、振り抜く。それと同時に放たれたのは、手元まで瞬間移動する魔法の投擲槍だ。それはまず、高速で紫色の軌道を描き、離れた場所にいる聡也の元まで、一直線で向かう。
「っ!」
左目で誠次が狙いを定めて放ったレヴァテインは、聡也の足場を貫通し、演習場の天井へと向かう。そして次の瞬間には、紫色の光の粒子となって消えてしまう。
背中から落下する聡也が誠次を見れば、そこには手に二つのレヴァテイン・弐を携えた誠次が、反転して見えた事だろう。
「聡也っ!」
まだ戦うのか、否か。その答えを問い質すために、空中で赤と紫に光る魔剣を左右に持ち、落下する友へ誠次は呼び掛ける。
「分かっている……! まだだ……!」
落ちていく聡也は空中で姿勢を制御し、後ろ手に魔法式を完成させる。風属性の魔法で落下の衝撃を和らげると、すぐに立ち上がり、傾いた眼鏡を正した。
眼鏡の奥の赤い瞳が、紫色の刃を捉える。
「うおおおおーっ!」
そこへ向け、すでに誠次は容赦なく接近していた。合体させたレヴァテイン・弐を頭上で掲げ、逆三角形の尖端から、刀身を補うように伸び、出力を上げた赤色の魔法の刃が、聡也へ向け振り下ろされる。
「っ!? 《グィン》っ!」
間一髪のところで、聡也は手元で汎用魔法を発動する。眩い閃光が聡也の魔法式から炸裂し、見開いていた誠次の視界を襲う。
「ぐあっ!?」
ちかちかとする視界では、聡也を捉えることは出来ず。誠次が振り抜いた一撃は、聡也のすぐ左側の空を断っていた。
「《ヴェルミス》!」
間一髪で誠次の攻撃を躱した聡也は続いて、兄が得意とした幻影魔法を発動する。白い魔法式から、大量の白い濃霧が発生し、聡也は霧の中へと姿を眩ませていく。
「何も見えない……! これは、兄譲りだな……!」
濃霧の中で、誠次は思わずほくそ笑む。
「勝ちにいくと言ったはずだ! 《エクレルシージ》!」
フランスで発明された雷属性の攻撃魔法が、霧の中から誠次へと襲い掛かる。この魔法世界の魔法の名前は基本的に、発明した人の国籍から、その国の言語を使って名付けられたものが多い。
「誠次に勝つためならば! 兄さんの魔法も使いこなす!」
「嫌いなのにか!?」
周囲に迸る、さしずめ芸術的な雷撃の線の包囲網を眺め、やるな聡也、と誠次はほくそ笑む。
「嫌いじゃない……大嫌いだ! いっつも俺をこき使って、自分は高みの見物でもしているようで! 俺は、そんな兄さんには負けたくないっ!」
「その心がけに、全力で応えるっ!」
誠次は相手の狩り場である霧の中から逃げ出そうと、篠上の付加魔法を使って空中へと飛び出す。
「行け!」
しかし、聡也は誠次の行動を、読んでいたようだ。そして、極めて小さななにかが、霧の中を飛んだ誠次目掛けて、接近してきた。
「な、なんだ!?」
赤く光るレヴァテインを構えていた誠次は、顔面まで迫ってきた゛それ゛に驚愕し、咄嗟に剣を振るう事が出来なかった。
「メガネザル!? 使い魔かっ!」
目と鼻の先でつぶらな瞳と目が合ってしまい、誠次は腕を動かす事が出来なかった。
「キャーッ!」
「ぐもっ!?」
メガネザルは誠次の顔に手足を広げて張り付き、次にはワイシャツの間から、なんと誠次の上半身へ直接侵入。眷属魔法を用いたまさかの攻撃に、誠次は対応できなかった。
「は!? あ、あははっ!? ちょっ、や、やめ……っ!」
上半身を好き勝手に這い周り始めたメガネザルの゛擽り攻撃゛は、強烈であった。
誠次は篠上の付加魔法のコントロールを失い、足を踏み外し、上空から落下する。咄嗟に空中で身体を捻り、両足で着地こそ出来たものの、上半身を駆け回るメガネザルがワイシャツ下から出てくるまで、誠次は苦しめられた。
ようやく腹の方から出てきたメガネザルは、本来臆病な性格だ。口で荒い呼吸をする誠次の元から一目散に逃げ出すと、こちらを見守る篠上とルーナの足元まで素早く逃げ寄る。
「ハア、ハア……! なんて、やつだ……」
「フ。とくと味わったか、誠次」
力が抜け、膝立ちとなった誠次へ、霧の向こうから聡也が声を掛けてくる。
「ああ……。眷属魔法との、み、見事な連携だった……」
よろよろと立ち上がった誠次は、霧の中へ向け声を返す。
「が、最後に勝つのは俺だ」
呼吸を落ち着かせ、霧の中にいるであろう聡也に向け、誠次はレヴァテイン・弐の切っ先を向け構える。
「聞け、聡也! 俺にもこの魔法世界で、目標があるんだ!」
「何だ?」
赤く染まる誠次の瞳は、決して色褪せる事のない、揺るぎない信念を宿す。
「この魔法世界でどんな魔術師よりも強くなって、最強になって、無敵になって、大切なものを全て守る! そして、”捕食者”を殲滅する! 平和な魔法世界の為に、俺はこの剣を振るう!」
「……フ。馬鹿真面目だな」
「そしてあと! 《スーパーアルテメットファイナルバースト》を習得する!」
「な、なんだそれは……?」
メガネザルが逃げた先、篠上とルーナが立つ演習場の入り口が開き、中へとやって来たのは新たな二人の少女だった。誠次にすればそれは、夢を叶えるための大切なピースの一部であり、しかし決して道具ではない大切な存在。
「待たせたわね、天瀬くん」「お待たせ致しました、誠次くん!」
香月と千尋が入って来た瞬間、メガネザルは驚き、気絶する。
霧の中で聡也はメガネザルを生み出していた眷属魔法を解除し、メガネザルを魔法元素へと還元する。光の粒子となって消える眷属であるが、魔法式を組み立てればすぐに会えるだろう。
「香月、千尋、助かる!」
誠次はすぐに二人の元まで駆け寄り、レヴァテイン・弐を制服姿の二人の間へと差し向ける。
「付加魔法を頼む!」
「やっぱり、私の力が一番だと思うわ」
「私の方こそ、負けてはいません!」
青と黄色の魔素が、レヴァテインへ更に注ぎ込まれる。
頬を赤く染める二人の少女の間から、レヴァテインを抜くと、膨大な量の魔素が剣に注ぎ込まれている事が、身体へかかる負荷でよく分かる。気を抜けばあっという間に呑み込まれそうなほどの力を制御するのは、己の強靭な意思であった。
「大丈夫、セイジ?」
「セイジ様……」
「……平気だ」
二人の少女を後ろに、口で呼吸を繰り返す誠次は、霧の中を青い瞳で睨む。
「俺には分かるぞ、聡也。お前のいる場所が、お前が次に何をしようとしているのか、全てが!」
「虚勢では、なさそうだな……!」
青い視界の中、聡也の影は、新たな魔法を発動しようと、右手を伸ばそうとしている。
誠次は霧の中へと突入し、迷うことなく、聡也の元へと一直線に向かう。接敵する直前で、誠次は香月の付加魔法能力から、千尋の付加魔法能力へと切り替える。魔法の刃も、青から黄色へと変化し、
「これより一切の魔法の発動を禁止する。もう何も出来まい!」
白い霧を切り払い、誠次は聡也の目の前まで躍り出る。
「正直、もっと楽に勝てると思っていたが、やるな聡也!」
友の上達を喜ぶのと同時に、負けられないと言う気持ちも沸く。それは、向こうも同じだったようで、
「何を勘違いしている誠次! 俺はまだ負けていない!」
小野寺の使い魔であるフクロウが飛び回り、二人の少年の様子を注意深く監視している霧の中。二人の少年は、互いに高め合うのであった。
一方で、誠次が呼んだ少女は四人であったが、新たな足音が二つほど、誠次と聡也が戦う演習場へと向かって来ていた。




