1.秘密の会議
「それにしても陛下も、あのような小娘の存在を許されるとは……。」
重苦しい声が豪華な部屋に響いた。
ここはの王都にある高級ラウンジ。
王侯貴族や大商人しか利用できないその店の最上階では、名だたる貴族達が二十名以上集まっていた。
目的は酒宴ではない。
王国を揺るがす前代未聞の騒動について話し合うためだ。
そしてその騒動の中心にいるのは、王太子と一人の平民少女だった。
ヨランド王国には三人の王子がいる。
正妃が産んだ第一王子レオン。
同じく正妃が産んだ第三王子バロン。
そして側妃が産んだ第二王子アイル。
本来ならば王太子となるのは第一王子だった。
しかし病弱だった第一王子は継承権を辞退。
順当にいけば正妃の産んだ第三王子バロンが次期王太子との声が多かったが、その結果、第二王子アイルが王太子となった。
なのがあったのかというと、側妃の子であるアイルには大きな弱点があった。
それは後ろ盾が弱いこと。
それを補うために結ばれたのがアレスター公爵家との婚約だった。
アレスター公爵家は国内有数の名門。
周辺諸国にも強い影響力を持つ大貴族である。
その一人娘がディアナ・アレスターだった。
しかしディアナは元々アイルの婚約者ではなかった。
彼女の最初の婚約者は第三王子バロンである。
幼い頃から婚約を結び、誰もが将来の結婚を疑わなかった。
だが学園入学を目前に控えたある日。
突如として婚約は破棄された。
そしてその直後、ディアナは第二王子アイルの婚約者となったのである。
これが第二王子アイルが大きな後ろ盾のディアナ・アレスターとの婚約。
王太子となる為の政略結婚。
当時は誰もがそう考えていた。
「以前は我が娘も王太子妃候補として教育しておりましたよ。」
侯爵の一人が酒を飲みながら吐き捨てた。
「結果はどうです?殿下がお選びになったのは平民の娘だ。」
「まったくだ。」
別の男が鼻で笑う。
「我々も娘を教養など身につけさせず、愛玩動物のように育てておけば良かったのかもしれんな。」
乾いた笑いが起きた。
誰も本気で笑ってはいない。
怒りと呆れが入り混じった笑いだった。
問題の事の発端はシャーロットという平民少女。
成績は中の上。
特別な才能もない。
だが飛び抜けた美貌と人懐っこい性格を持っていた。
シャーロットは身分を気にしない。
王太子とも気軽に話し、上位貴族の令息達とも親しく交流した。
周囲から注意されてもーー
「だってお友達ですもの!」
と笑うだけだった。
婚約者のいる男性と必要以上に親しくするのは貴族社会では大きな問題になる。
だが平民のシャーロットには理解できなかった。
理解しようともしなかった。
そして王太子アイルは彼女に恋をした。
それだけならまだ良かった。
問題は側近達まで同じだったことだ。
卒業パーティーの日。
誰もが耳を疑った。
王太子アイルが婚約者ディアナとの婚約破棄を宣言したのである。
さらにディアナがシャーロットへ危害を加えたとして拘束。
罪人として牢へ送った。
そして高らかに宣言した。
「私が愛するのはシャーロットだけだ。」
その瞬間。
会場にいた貴族達は凍り付いた。
側妃は悲鳴をあげて倒れた。
王太子は自ら最大の後ろ盾を切り捨てたのである。
だが本当の悪夢はここからだった。
「俺も婚約破棄する。」
「私もだ。」
「僕も。」
「俺も。」
「私も。」
「僕も。」
王太子の側近六人が次々と婚約破棄を宣言したのだ。
会場は騒然となった。
婚約相手は全員が有力貴族の令嬢。
家と家を繋ぐ重要な婚約ばかりである。
たった一夜で複数の家同士の関係が崩壊した。
そして誰の目から見ても明らかだった。
側近達もシャーロットに恋をしている。
たった一人の平民少女に。
「我が娘は部屋から出られなくなりました。」
伯爵が苦々しく呟く。
「私の娘もです。」
「我が家も同じだ。」
婚約破棄された令嬢達は社交界の笑い者になった。
傷物扱いされる者までいる。
そして婚約破棄した側近達の家も無傷では済まなかった。
親達は責任を問われ、家の評判は地に落ちている。
「最近は平民達まで妙なことを言い始めましてな。」
老公爵がため息をついた。
「妙なこと?」
「平民が王妃になれる時代が来た、と。
部屋が静まり返る。
「こちらの領でも聞きました。」
「私の領でもです。」
「貴族など不要になる時代が来ると騒いでおります。」
王太子と平民少女の恋物語。
それは平民達の夢になっていた。
だが貴族達から見れば国家を揺るがす危険な火種だった。
「他国からも笑われております。」
「平民一人に国が振り回されているとな。」
「王家の威信は地に落ちました。」
問題は山積みだった。
婚約破棄された家々との和解。
平民達の熱狂、王家への不信、そして他国からの評価の低下。
誰も解決策を思いつかなかった。
そんな中、一人の伯爵が恐る恐る手を挙げた。
「あの・・・一つ思いついたことがございます。」
「何だ?」
「荒唐無稽な話ですが。」
伯爵は唾を飲み込む。
そして静かに言った。
「シャーロット嬢が殿下や側近達に何らかの方法で影響を与えている可能性はありませんか?」
部屋が静まり返った。
「何らかの方法とは?」
「禁忌魔法、薬物、催眠、洗脳・・・あるいは敵国の工作です。」
ざわりと空気が揺れる。
「馬鹿な。」
「平民の娘だぞ。」
「そんなことができるわけがない。」
当然の反応だった。
だが伯爵は続ける。
「では説明できますか?」
誰も答えない。
「王太子だけなら恋に落ちたで済みます。しかし側近六人まで同時に婚約者を捨てる理由を説明できますか?」
沈黙が落ちた。
確かに異常だった。
あまりにも・・・・・。
長い沈黙の後。
老公爵が静かに口を開く。
「調べるか。」
「誰が調べるのです?」
「禁忌魔法に詳しい者だ。」
その瞬間、全員の脳裏に同じ存在が浮かんだ。
世界最高峰の魔術師達が集う組織。
魔塔。
その頂点に立つ男。
最強の魔塔の主。
「呼ぶのですか?」
「国家予算級の額が吹き飛びますぞ。」
「構わん。」
老公爵は即答した。
「このまま国が傾くより安い。」
貴族達は顔を見合わせ、やがて全員が頷いた。
こうして彼らは莫大な資金を出し合い、魔塔の主をヨランド王国へ招くことを決定した。
王太子と平民少女の恋物語の裏に隠された真実を暴くために。
誰も知らない。
その調査によって明らかになる真実が、全ての始まりが、かつて第三王子の婚約者だった一人の公爵令嬢に繋がっていることを。




