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少年法の壁スピンオフ  作者: リンダ


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表彰台の真ん中

 少年法の壁 後日談 神谷莉央


 第8話「表彰台の真ん中」


 関東甲信地区ジュニアボクシング大会。


 会場は横浜だった。


 各都県の代表選手が集まる大会。


 長野県代表として出場したのは、伊達理人、伊達美羽、秋生光。


 理人は中学一年ミドル級。


 美羽は小学四年スーパーフライ級。


 光は中学二年フライ級。


 三人とも、長野県のジュニア強化指定選手として名を連ねていた。


 会場には、独特の熱気があった。


 リング。


 照明。


 観客席。


 選手たちの足音。


 グローブの革の匂い。


 応援の声。


 その中に、神谷莉央はいた。


 自分には関係ない。


 そう思っていた。


 ボクシングなど知らない。


 理人たちが出ているからといって、自分が来る必要などない。


 そう思いながらも、莉央は会場に足を運んでいた。


 理由は、自分でも分からなかった。


 見たいわけではない。


 応援したいわけでもない。


 謝りたいわけでもない。


 けれど、見ずにはいられなかった。


 最初にリングへ上がったのは美羽だった。


 小さな体。


 けれど、動きは軽かった。


 相手が前へ出る。


 美羽は横へ外れる。


 ジャブ。


 ワンツー。


 また動く。


 美羽は止まらなかった。


 決勝戦。


 相手も強かった。


 だが、美羽は崩れなかった。


 最終ラウンド。


 相手が強引に前へ出た瞬間、美羽の右が入った。


 相手が膝をつく。


 ダウン。


 会場が沸いた。


 莉央の胸が跳ねた。


 あの美羽が。


 兄の後ろに隠れていた小さな女の子が。


 今、リングの上で相手からダウンを奪っている。


 判定。


 勝者、伊達美羽。


 美羽は両手を上げた。


 次は光だった。


 光の動きは、美羽よりさらに鋭かった。


 相手をよく見ている。


 焦らない。


 無駄に打たない。


 必要な時にだけ、正確に打つ。


 決勝。


 光の左が相手のバランスを崩す。


 さらに右。


 相手がダウン。


 会場から拍手が起こる。


 勝者、秋生光。


 そして最後に理人。


 ミドル級。


 理人は、以前よりも背が伸び、体にも厚みが出始めていた。


 構えは静かだった。


 だが、リングに立つ姿には芯があった。


 試合が始まる。


 理人は前へ出すぎない。


 引きすぎない。


 足で距離を作る。


 相手の攻撃を受けず、外し、返す。


 決勝の相手は強かった。


 だが、理人は崩れなかった。


 第二ラウンド。


 理人のワンツーが入る。


 相手が下がる。


 理人は追いすぎない。


 もう一度、足を作る。


 相手が踏み込んだ瞬間。


 理人の右が重く入った。


 相手が膝をつく。


 ダウン。


 会場が揺れた。


 莉央は息を止めた。


 あの理人が。


 自分たちが笑っていた理人が。


 反応を見るためにからかっていた理人が。


 リングの上で、相手を倒している。


 勝者、伊達理人。


 表彰式。


 三人が表彰台に立った。


 美羽。


 光。


 理人。


 それぞれの階級で、真ん中に立っていた。


 金メダルが首に掛けられる。


 拍手が起こる。


 カメラが向けられる。


 三人は笑っていた。


 莉央は観客席の端で、その光景を見ていた。


 自分が過去にカモにしていた相手。


 いじめ倒した相手。


 笑いものにした相手。


 その相手が、表彰台の真ん中に立っている。


 胸の奥が、嫌な音を立てた。


 悔しい。


 羨ましい。


 腹が立つ。


 怖い。


 いろいろな感情が混ざる。


 莉央は自分の手を見た。


 自分は何をしているのだろう。


 どれだけ走っても、同学年では三番手か四番手。


 県大会どころか、チーム内でも一番ではない。


 自分は特別ではなかった。


 その現実が、理人たちの金メダルによって、よりはっきり見えてしまった。


 翌日。


 学校が終わり、陸上部の練習が始まった。


 莉央はいつものようにアップをした。


 ストレッチ。


 流し。


 スタート練習。


 だが、体が重かった。


 前日の光景が頭から離れない。


 表彰台の真ん中。


 金メダル。


 理人の顔。


 美羽の笑顔。


 光の落ち着いた表情。


 練習後。


 顧問が莉央を呼んだ。


「神谷」


「はい」


 顧問は記録表を手にしていた。


「なんで結果が出ないか、分かるか?」


 莉央は答えられなかった。


 分からない。


 いや、本当は分かりたくなかった。


 顧問は静かに続けた。


「練習量がゼロなわけじゃない。サボっているわけでもない」


 莉央は黙っていた。


「でも、お前は伸びていない」


 その言葉は、正面から刺さった。


 顧問は言う。


「結果が出ないことを、自分ではなく、他の何かのせいにしていないか?」


 莉央の胸がざわついた。


「周りの環境」


「指導」


「才能」


「運」


「他の選手」


 顧問は一つずつ言葉を置く。


「そういうもののせいにしているうちは、何も変わらない」


 莉央は唇を噛んだ。


 顧問はさらに言った。


「自分の弱さを認めろ」


 莉央は顔を上げた。


「何が足りないのか、自分で見つけない限り、お前の成長はない」


 その言葉に、莉央は何も返せなかった。


 練習が終わり、帰り道。


 莉央は一人で歩いていた。


 顧問の言葉が頭の中で何度も響く。


 自分の弱さを認めろ。


 何が足りないのか、自分で見つけろ。


 莉央は思い出していた。


 小学生の頃。


 家の中はうまくいっていなかった。


 両親の言い争い。


 重い空気。


 家にいても落ち着かなかった。


 自分ではどうにもできない苛立ち。


 その吐き出し口を、理人や美羽に向けていた。


 理人をからかう。


 美羽を困らせる。


 獅童やこころと一緒に笑う。


 その時だけ、自分が強くなったような気がした。


 誰かを下に置くことで、自分が上にいるような気がした。


 でも、それは強さではなかった。


 ただの逃げだった。


 莉央は分かりかけていた。


 けれど、認めたくなかった。


 認めてしまえば、自分が何をしてきたか見なければならない。


 それが怖かった。


 そして、腹立たしかった。


 もし。


 もし理人が結果を出していなかったら。


 もし美羽がニュースに取り上げられていなかったら。


 もし光と一緒に、あんなふうに表彰台の真ん中に立っていなかったら。


 自分はここまで焦らなかったはずだ。


 あいつらも結果を出せずにいたなら。


 自分も、ここまで惨めな気持ちにならなかったはずだ。


 そう思ってしまう自分がいた。


 莉央は足を止めた。


 夕方の道。


 車の音。


 遠くの部活の声。


 自分だけが、どこにも進めていない気がした。


 理人たちは前へ進んでいる。


 美羽も前へ進んでいる。


 光も前へ進んでいる。


 自分は。


 何をしているのだろう。


 第8話「表彰台の真ん中」。


 横浜のリングで、三人は勝った。


 だが莉央が見せつけられたのは、理人たちの勝利だけではなかった。


 自分が逃げ続けてきた弱さ。


 そして、他人を踏みつけても、本当の強さなど手に入らないという現実だった。

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