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少年法の壁スピンオフ  作者: リンダ


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強さとは何か

 少年法の壁 後日談 神谷莉央


 第7話「強さとは何か」


 冬が近づいていた。


 飯山の空気は冷たい。


 朝、吐く息が白くなる日も増えていた。


 それでも。


 秋生ジムの中は熱気に満ちていた。


 ロープが床を叩く音。


 サンドバッグを打つ音。


 ミットを叩く音。


 そして選手たちの呼吸。


 理人も。


 美羽も。


 光も。


 毎日のようにジムへ通っていた。


 だが。


 彼らが学んでいたのは、ボクシングだけではなかった。


 ある日の練習後。


 理人はリングサイドに座り込み、汗を拭いていた。


 練習は厳しかった。


 ミットも。


 走り込みも。


 シャドーも。


 楽ではない。


 光が隣に座った。


「理人」


「ん?」


「強い人って、どんな人だと思う?」


 突然の質問だった。


 理人は少し考えた。


「試合に勝つ人」


 光は首を横に振る。


「それだけ?」


 理人は黙った。


 光は続ける。


「試合に勝っても、弱い人いるよ」


 理人は顔を上げた。


 光はリングを見ながら話した。


「負けたら全部人のせいにする人」


「審判のせい」


「相手のせい」


「環境のせい」


「そういう人は、強く見えても本当は弱い」


 理人は何も言わなかった。


 光はさらに言う。


「本当に強い人は、自分と向き合える人だと思う」


 その言葉は理人の胸に残った。


 自分と向き合う。


 それは簡単ではない。


 理人は知っていた。


 横須賀の記憶は今も残っている。


 夜、思い出すこともある。


 嫌な夢を見ることもある。


 それでも。


 逃げない。


 無かったことにしない。


 自分の傷も認める。


 それも強さなのかもしれない。


 美羽も同じだった。


 練習後。


 会長が言った。


「美羽ちゃん」


「はい」


「今日は途中で泣きそうになってただろ」


 美羽は驚いた。


 見抜かれていた。


 練習中。


 思うように動けない場面があった。


 悔しかった。


 泣きそうだった。


 会長は笑った。


「泣くなとは言わない」


 美羽は顔を上げる。


「でも、泣きながらでも前へ進める人は強い」


 美羽は静かに頷いた。


 横須賀では。


 泣くことは負けだった。


 でも飯山では違った。


 泣いてもいい。


 悔しくてもいい。


 そのあと立ち上がればいい。


 そんなことを少しずつ学んでいた。


 光もまた学んでいた。


 才能だけでは勝てないこと。


 努力だけでも勝てないこと。


 それでも努力をやめないこと。


 そして。


 強さとは、誰かを見下すことではなく。


 誰かを守れることだということを。


 三人は少しずつ人間として成長していた。


 そして。


 その結果も出始めていた。


 県大会優勝。


 強化指定選手。


 ジュニア大会優勝。


 兄妹で活躍する姿。


 光の活躍。


 三人の名前は徐々に広がっていった。


 関東甲信越地区のローカルニュース。


 スポーツ特集。


 ジュニアアスリート紹介。


 新聞。


 ラジオ。


 ネットニュース。


「飯山市の兄妹ボクサー」


「期待の女子ボクサー秋生光」


 そんな特集が組まれるようになった。


 ある日の夕方。


 神谷家。


 テレビではローカルニュースが流れていた。


 画面には理人と美羽。


 そして光が映っている。


 練習風景。


 ミット打ち。


 インタビュー。


 キャスターが言う。


「将来の全国大会、さらには日本代表候補として期待されています」


 母親が感心したように言った。


「すごいわねぇ」


 父親も頷く。


「頑張ってるんだな」


 テレビでは理人が笑っていた。


 美羽も笑っていた。


 光も笑っていた。


 母親が続ける。


「伊達家のみんな、本当に頑張ってるのね」


 その瞬間。


 莉央の中で何かが切れた。


「私だって頑張ってるわよ!」


 リビングが静まる。


 父親も母親も驚いた。


 莉央は立ち上がった。


「私だって毎日練習してる!」


「走ってる!」


「頑張ってる!」


 声が大きくなる。


「でも結果出ないじゃん!」


 沈黙。


 テレビだけが流れている。


 母親は戸惑った。


「莉央……」


 だが莉央は止まらなかった。


「頑張ったからって結果出るわけじゃないじゃん!」


 そう言って、自室へ駆け込んだ。


 ドアが閉まる。


 父親と母親は顔を見合わせた。


 莉央の部屋。


 ベッドに倒れ込む。


 涙が出た。


 悔しかった。


 理人が嫌いなわけではない。


 美羽が嫌いなわけでもない。


 光が嫌いなわけでもない。


 本当は分かっていた。


 三人は努力している。


 頑張っている。


 だから結果が出ている。


 それも分かっていた。


 でも。


 悔しかった。


 自分だって頑張っている。


 なのに結果が出ない。


 その現実が苦しかった。


 同じ頃。


 獅童の家。


 ニュースを見ていた姉が言う。


「この子たちすごいね」


 母親も頷く。


「努力してるんだろうね」


 獅童は無言だった。


 そして小さく舌打ちした。


 姉が聞く。


「どうしたの?」


「別に」


 だが心の中は荒れていた。


 自分も頑張っている。


 走っている。


 練習している。


 怒られながらも続けている。


 それでも試合に出られない。


 一方で理人は結果を出している。


 その差を見せつけられる。


 こころも同じだった。


 妹がニュースを見ながら言った。


「このお姉ちゃんかわいい」


 美羽だった。


 母親が笑う。


「優勝したんだって」


 こころはテレビから目を逸らした。


 胸が苦しかった。


 自分だって頑張っている。


 なのに。


 なのに。


 その夜。


 飯山。


 秋生ジム。


 理人たちはいつも通り練習していた。


 彼らは知らない。


 横須賀で何が起きているか。


 誰がイライラしているか。


 誰が悔しがっているか。


 知らない。


 そして。


 知らなくていい。


 光がミットを構える。


 理人が打つ。


 ばしんっ。


 美羽が打つ。


 ぱんっ。


 光が言う。


「強さってさ」


 二人が顔を上げる。


「結果だけじゃないと思う」


 理人は聞く。


「どういうこと?」


 光は笑った。


「結果が出ない時でも続けられる人」


 理人は黙った。


 美羽も黙った。


 光は続ける。


「結果が出た時に偉そうにならない人」


「負けても人のせいにしない人」


「そういう人が、本当に強いんじゃないかな」


 理人は静かに頷いた。


 美羽も頷いた。


 三人はまだ知らない。


 この先。


 もっと大きな舞台へ進むことを。


 全国大会。


 日本代表。


 世界大会。


 オリンピック。


 その道のりはまだ始まったばかりだった。


 だが。


 彼らは少しずつ学んでいた。


 ボクシングの技術だけではない。


 人間としての強さを。


 そしてその差は。


 これから少しずつ。


 莉央たちの前にも現れていくことになる。


 第7話「強さとは何か」。


 拳は人を強くする。


 だが本当に人を強くするのは。


 拳ではなく。


 自分自身と向き合う勇気だった。

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