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少年法の壁スピンオフ  作者: リンダ


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消えない名前

 少年法の壁 後日談 神谷莉央


 第6話「消えない名前」


 理人の優勝から数日が過ぎた。


 横須賀では、何事もなかったように日常が続いていた。


 学校がある。


 部活がある。


 宿題がある。


 友達と話す。


 帰宅する。


 夕飯を食べる。


 テレビを見る。


 眠る。


 表面だけ見れば、何も変わっていなかった。


 神谷莉央も。


 中村獅童も。


 中島こころも。


 誰も理人の話をしなかった。


 誰も美羽の話をしなかった。


 誰も光の話をしなかった。


 そして、誰も追及されなかった。


 保護者から責められることもない。


 教師から呼び出されることもない。


 警察が来るわけでもない。


 学校で名前を出されることもない。


 あの日のことは、過去になっていた。


 少なくとも表面上は。


 だから三人は思った。


 もう終わった話なのだと。


 けれど。


 終わっていなかった。


 理人たちは前へ進み続けていた。


 そして前へ進む人間は、結果を出し始める。


 結果を出した人間は、自然と人の目に触れる。


 最初は新聞だった。


 次はテレビだった。


 その次はラジオだった。


 インターネットの記事だった。


 スポーツ雑誌だった。


 地方ニュースだった。


 長野県大会優勝。


 北信越大会出場。


 ジュニア強化選手選出。


 そんな小さな記事が、少しずつ増えていく。


 秋生光も同じだった。


 中学二年生になった光は、県内では有名な選手になり始めていた。


 女子ボクシングの有望株。


 将来有望。


 そんな言葉が記事に並ぶ。


 理人。


 美羽。


 光。


 三人の名前は、少しずつ広がっていった。


 その度に。


 横須賀では。


 胸の奥がざわつく。


 ある日の昼休み。


 莉央はスマホでニュースを見ていた。


 県大会の記事。


 そこに見慣れた名前があった。


 伊達理人。


 また優勝していた。


 莉央は画面を閉じた。


 だが数秒後、また開いてしまう。


 記事を読む。


 写真を見る。


 閉じる。


 また見る。


 何をしているのか、自分でも分からなかった。


 別の日。


 獅童はサッカー部の帰り道だった。


 駅前のコンビニでスポーツ新聞の見出しが目に入る。


 ジュニアボクシング特集。


 写真には理人がいた。


 獅童は視線を逸らした。


 だが気になった。


 気にならないふりができなかった。


 こころも同じだった。


 ニュースサイト。


 動画配信。


 スポーツコーナー。


 忘れようとした頃に、また名前が出てくる。


 理人。


 美羽。


 光。


 その名前が目に入るたび。


 胸の奥が少しだけ重くなる。


 しかし。


 それでも誰も何も言わなかった。


 三人は互いに話題にも出さなかった。


 なぜなら。


 分かっていたからだ。


 話してしまえば。


 思い出してしまうからだ。


 そしてもう一つ。


 もっと大きな理由があった。


 自分たちの現実だった。


 莉央の記録は伸びなかった。


 何度も練習した。


 走った。


 筋トレもした。


 フォームも直した。


 それでも。


 思ったほど伸びない。


 一年生だから仕方ない。


 周囲はそう言う。


 だが本人は分かっていた。


 それだけではない。


 単純に。


 今の自分の力がそこまでなのだ。


 努力不足ではない。


 運が悪いわけでもない。


 今の自分は、その程度なのだ。


 それを認めるのは苦しかった。


 獅童も同じだった。


 サッカー部には上手い選手がいた。


 自分より速い選手。


 自分より判断が早い選手。


 自分より技術がある選手。


 努力していないわけではない。


 むしろ皆努力していた。


 その中で勝たなければならない。


 現実は残酷だった。


 ベンチ入りすら届かない。


 それが今の自分の実力だった。


 こころも同じだった。


 プールのタイムは嘘をつかない。


 どれだけ言い訳をしても。


 どれだけ悔しくても。


 タイムは数字で出る。


 そして数字は。


 今の自分をそのまま映していた。


 三人は少しずつ悟り始めていた。


 これはスランプではない。


 スランプなら元の実力に戻る。


 だが違う。


 今の結果こそが。


 今の自分の実力なのだ。


 その現実は。


 思っていた以上に重かった。


 だからこそ。


 理人たちの存在が気になる。


 努力した。


 結果が出た。


 評価された。


 前へ進んだ。


 それが眩しかった。


 眩しいからこそ見たくない。


 見たくないのに目に入る。


 ある夜。


 莉央は机に向かっていた。


 陸上の記録表が置かれている。


 伸びないタイム。


 変わらない数字。


 その横には、スマホの記事。


 伊達理人。


 長野県強化指定選手。


 莉央は画面を伏せた。


 見たくない。


 だが頭から離れない。


 あの時。


 自分たちは理人を見下していた。


 反応するやつ。


 いじられ役。


 弱いやつ。


 そう思っていた。


 だが今。


 結果を出しているのは誰だ。


 莉央は記録表を見た。


 そしてスマホを見た。


 比べたくなくても。


 比べてしまう。


 獅童も同じ夜。


 サッカーボールを足元で転がしていた。


 理人の記事を見た後だった。


 悔しい。


 それは確かだった。


 だが。


 その悔しさは。


 試合に出られなかった悔しさだけではなかった。


 もっと別の感情が混ざっていた。


 言葉にできない感情だった。


 こころも眠れなかった。


 プールで結果が出ない。


 勉強も思ったほどではない。


 何かが特別優れているわけではない。


 そんな自分と。


 結果を積み重ねる理人たち。


 比較したくない。


 だが比較してしまう。


 その夜。


 飯山。


 秋生ジム。


 理人はミットを打っていた。


 ばしんっ。


 ばしんっ。


 ばしんっ。


 光が頷く。


「重くなった」


 理人は汗を拭く。


 美羽も隣で練習している。


 二人とも知らない。


 横須賀で誰が何を思っているか。


 そんなことは知らない。


 知る必要もない。


 理人たちは前だけを見ていた。


 そして、それが一番強かった。


 過去に縛られながらも。


 過去だけを見ていない。


 だから前へ進める。


 一方で。


 莉央たちは初めて、自分自身と向き合い始めていた。


 理人の名前を聞くたびにざわつく心。


 結果が出ない現実。


 そして。


 今の自分の実力。


 それらから逃げられなくなり始めていた。


 第6話「消えない名前」。


 理人たちは、何も復讐していない。


 何も責めてもいない。


 ただ前へ進んでいるだけだった。


 しかし、その姿こそが。


 加害者たちにとって最も消せない現実になり始めていた。

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