表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少年法の壁スピンオフ  作者: リンダ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
72/76

最後の夜



第42話「最後の夜」


莉央は八十代になっていた。


神谷鐵工所はとうの昔に売却されている。


小さなアパートで一人暮らし。


恭介も絵梨奈もいない。


達也もいない。


親族とも縁は切れていた。


若い頃のいじめ。


その後の隠蔽。


そして発覚後の賠償。


神谷家は何もかも失った。


親族たちも離れていった。


それは莉央自身が招いた結果だった。



それでも。


人生の終わりまで完全な孤独ではなかった。


葵は時々電話をくれた。


歩夢は誕生日にメッセージを送ってくれた。


「おばあちゃん元気?」


その短い一言だけで、莉央は何日も頑張れた。



歩夢も大人になった。


柔道選手として世界を目指している。


葵と健斗も指導者として海外遠征が増えていた。


ある年の春。


歩夢もヨーロッパ遠征。


葵と健斗も国際大会帯同。


家族全員が日本を離れていた。



その頃。


莉央は体調を崩していた。


高熱。


食欲不振。


足元もおぼつかない。


病院へ行こうと思った。


だが起き上がれない。



ベッドの横には写真があった。


オリンピックで金メダルを掲げる葵。


柔道着姿の歩夢。


そして。


数年前。


三人で撮った写真。


歩夢が真ん中で笑っている。



莉央は写真を見ながら呟く。


「立派になったねぇ……」



葵が初めて


「お母さん」


と呼んでくれた日。


歩夢が


「おばあちゃん」


と呼んでくれた日。


麻婆豆腐を差し出してくれた日。


全部思い出していた。



窓の外では夕日が沈んでいく。


部屋は静かだった。



「ごめんね……」


誰に向けた言葉だったのか。


理人たちか。


葵か。


達也か。


それとも自分自身か。



しばらくして。


莉央は小さく笑った。



「でも」


「ありがとう」



「葵」



「歩夢」



「幸せでいてね」



それが最後の言葉だった。



数日後。


連絡がつかないことを心配した自治体職員が部屋を訪れる。


そこで莉央は発見された。


苦しんだ形跡はなかった。


眠るようだったという。



葵が帰国したのは、その翌日だった。


知らせを受けた時。


葵はしばらく何も言えなかった。



通夜。


祭壇の前。


歩夢が静かに立っている。



葵は母の遺影を見つめた。


長い時間が流れた。


怒り。


憎しみ。


悲しみ。


失望。


いろんな感情があった。



でも最後に残ったのは。


一人の弱い人間だった。



葵は遺影に向かって言う。



「お母さん」



「お疲れさま」



「歩夢に会わせてよかった」



歩夢も手を合わせる。



「おばあちゃん」



「またね」



その言葉を聞いた瞬間。


葵の目から涙がこぼれた。



許し切れなかったこともある。


戻らなかった時間もある。


消えない傷もある。



それでも。


最後の数年。


歩夢がいた。


会話があった。


「お母さん」と呼べた日があった。



人生はやり直せない。


だが。


失ったもののすべてが憎しみに変わるわけでもない。



莉央の人生は、多くの過ちと後悔を抱えた人生だった。


けれど最後に残ったのは、


歩夢の「またね」と、


葵の「お疲れさま」だった。


それが、莉央にとっての最後の救いだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ