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少年法の壁スピンオフ  作者: リンダ


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一本を取り続ける理由

 第39話「一本を取り続ける理由」


 五度目のオリンピック。


 その舞台に立つ頃には、立川葵は三十二歳になっていた。


 柔道を始めたのは十二歳。


 気がつけば二十年。


 世界中の柔道家たちが憧れ、そして倒そうと挑んでくる存在になっていた。


 だが、葵は少しも変わらなかった。


 試合前の取材で記者に聞かれる。


「立川選手は、なぜここまで一本にこだわるのですか?」


 葵は迷わず答えた。


「一本を狙わない柔道では、勝ち続けられないからです」


 記者たちは静まり返る。


 葵は続けた。


「判定や指導差で勝つ柔道もあります」


「でも私は相手を倒し切る柔道をしたい」


「一本を取りに行くからこそ、自分も成長できると思っています」


 その言葉通りだった。


 オリンピックが始まる。


 一回戦。


 一本。


 二回戦。


 一本。


 準々決勝。


 一本。


 準決勝。


 一本。


 世界中の解説者が驚く。


 三十二歳。


 しかも五度目のオリンピック。


 普通なら守りに入る年齢。


 だが葵は違った。


 攻める。


 投げる。


 抑え込む。


 絞める。


 勝ち切る。


 若い頃の爆発力はない。


 だが、それ以上のものがあった。


 相手の重心を読む目。


 呼吸を読む力。


 組み手の癖。


 焦り。


 迷い。


 すべてを見抜く経験。


 そして何より。


 ブレない体幹。


 寝技に入った時の支配力。


 絞技の強さ。


 海外メディアはこう報じた。


「立川はもはや選手というより現象である」


 そして決勝。


 相手はブラジル代表。


 世界ランキング二位。


 二十五歳。


 勢いに乗る若き女王候補。


 試合開始。


 序盤からブラジル選手が積極的に仕掛けてくる。


 開始二分。


 一瞬だった。


 ブラジル選手の足技。


 葵の体勢が崩れる。


 技あり。


 会場がどよめく。


 実況が叫ぶ。


「立川、先にポイントを失いました!」


 観客席。


 健斗が拳を握る。


 歩夢も身を乗り出す。


 しかし。


 葵は慌てない。


 まるで何事もなかったように立ち上がる。


 表情も変わらない。


 呼吸も乱れない。


 ブラジル選手は攻め続ける。


 だが葵は見ていた。


 組み手。


 足運び。


 重心移動。


 癖。


 焦らない。


 残り一分。


 まだ動かない。


 残り四十五秒。


 まだ待つ。


 そして。


 残り三十秒。


 その瞬間だった。


 ブラジル選手が勝利を意識した。


 ほんのわずか。


 集中が途切れた。


 葵は見逃さなかった。


「今だ」


 一歩踏み込む。


 小外刈り。


 ブラジル選手の重心が流れる。


 畳へ崩れる。


 技あり。


 同点。


 会場が爆発した。


 だが葵は止まらない。


 倒れた瞬間。


 寝技へ移行。


 腕を絡める。


 体を密着させる。


 逃がさない。


 ブラジル選手が必死に動く。


 しかし。


 葵の体幹は岩のようだった。


 逃げ道がない。


 角度がない。


 呼吸が苦しい。


 そして。


 審判の声が響く。


「一本!」


 会場が揺れた。


 実況席。


「決まったぁぁぁ!」


「立川葵!」


「五度目のオリンピックで金メダル!」


「信じられません!」


 歩夢は飛び上がった。


「ママー!!」


 健斗も涙を流していた。


 理人。


 美羽。


 光。


 テレビの前で拍手する。


 飯山ジムの後輩たちも総立ちだった。


 そして横須賀。


 莉央もテレビの前で泣いていた。


 三十二歳。


 もう十分伝説だった。


 それでも。


 まだ勝つ。


 まだ一本を狙う。


 まだ世界の頂点に立つ。


 表彰式。


 日の丸が上がる。


 国歌が流れる。


 葵は静かに空を見上げた。


 十二歳で柔道を始めた日。


 理人たちとの出会い。


 歩夢の誕生。


 健斗との結婚。


 たくさんの人の顔が浮かぶ。


 そして思う。


 強さとは。


 勝つことだけじゃない。


 何度倒れても立ち上がること。


 逃げないこと。


 人を尊敬すること。


 その積み重ねだと。


 五度目のオリンピック。


 立川葵は再び世界の頂点に立った。


 そして世界中の柔道家たちは改めて知ることになる。


 三十二歳になっても。


 立川葵は、まだ最強だった。

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