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少年法の壁スピンオフ  作者: リンダ


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届かない祝福

少年法の壁 スピンオフ

莉央の娘


第31話「届かない祝福」


オリンピック金メダルから八年。


立川葵の名前は、日本中が知る名前になっていた。


世界選手権三連覇。


オリンピック二大会連続金メダル。


全日本選手権優勝。


国民栄誉賞候補。


柔道界の顔。


だが、世間が称賛したのは実績だけではなかった。


敗れた相手を必ず称える姿。


海外選手との交流。


被災地訪問。


いじめ防止講演。


子どもたちへの指導。


その人柄もまた、多くの人に愛されていた。


テレビでは、


「強さと優しさを兼ね備えた日本柔道界の象徴」


と紹介されることも増えた。


岐阜高校から国立大学へ進学。


競技と学業を両立。


そして世界へ。


理人や美羽や光が歩いた道とは違う形だったが、葵もまた、自分の人生を切り開いていった。


そして二十四歳。


春。


スポーツニュースのトップで速報が流れた。


――柔道女子五輪金メダリスト・立川葵さん結婚


画面には白無垢姿の葵。


隣には同じ柔道界で活躍する男性選手。


大学時代から共に練習を重ねてきた仲間だった。


インタビュー映像が流れる。


葵は少し照れながら笑っている。


「お互い苦しい時期も支え合ってきました」


「これからも二人で歩いていきたいと思います」


会場には達也の姿。


祐也と一果の姿。


柔道部の仲間たち。


岐阜高校時代の恩師。


そして。


理人。


美羽。


光。


三人も主賓席に座っていた。


理人はすでに白髪が少し混じり始めている。


美羽も光も穏やかな表情だった。


その映像を。


横須賀のアパートで。


莉央は一人で見ていた。


仕事から帰った夜だった。


夕食のコンビニ弁当を机に置き、何気なくテレビをつけた。


そして。


ニュース速報。


葵の名前。


莉央の手が止まった。


画面の中では、葵が笑っている。


幸せそうだった。


本当に。


心から。


幸せそうだった。


莉央はテレビの前に座り込んだ。


葵が結婚した。


人生で一度しかない日。


本来なら。


母親として一番近くで見守るはずの日。


ドレス姿を見て。


泣いて。


おめでとうと言って。


写真を撮って。


幸せになってねと言うはずの日。


でも。


自分はそこにいない。


招待状も届いていない。


結婚することさえニュースで知った。


テレビの中の出来事だった。


葵は達也と腕を組みながら笑っている。


その姿を見て、莉央は泣いた。


「きれいになったな……」


声が震える。


画面の中の娘はもう少女ではなかった。


立派な大人だった。


世界王者だった。


そして。


誰かに愛される女性になっていた。


莉央はテレビへ向かって呟いた。


「おめでとう」


何年ぶりだろう。


娘へ向けて口にした言葉だった。


もちろん届かない。


返事もない。


それでも。


言わずにはいられなかった。


「幸せになってね」


涙が止まらなかった。


その時。


テレビでは理人がインタビューを受けていた。


記者が聞く。


「立川選手は、どんな存在ですか?」


理人は少し考えて答えた。


「誇りですね」


「努力することをやめなかった人です」


「そして、人を恨み続ける人生を選ばなかった人です」


その言葉に。


莉央は胸を押さえた。


自分は。


恨みを生んだ側だった。


理人たちは被害者だった。


それなのに。


理人は前へ進んだ。


葵も前へ進んだ。


自分だけが、過去に取り残されていた。


テレビでは結婚式の映像が流れ続ける。


柔道仲間たちの笑顔。


家族の笑顔。


達也の涙。


一果の涙。


祐也の涙。


祝福の拍手。


そして。


そこに自分の席はない。


莉央は分かっていた。


それは誰かに奪われた席ではない。


自分で失った席だった。


長い沈黙のあと。


莉央はテレビを消した。


部屋は静かになった。


冷蔵庫の音だけが聞こえる。


窓の外には夜の街。


誰もいない部屋。


それでも。


その夜だけは。


少しだけ違った。


莉央は写真立てを取り出した。


まだ幼かった頃の葵。


公園で笑っている。


その写真を見ながら、静かに言った。


「おめでとう」


「本当に……おめでとう」


そして。


誰にも聞こえない声で続けた。


「幸せになってくれてありがとう」


娘はもう、自分のいない人生を歩いている。


それでも。


幸せでいてくれることだけが。


莉央に残された、たった一つの救いだった。


第31話「届かない祝福」。


葵は世界王者となり、人生の伴侶を見つけた。


一方で莉央は、娘の幸せを遠くから見守ることしかできなかった。


祝福の言葉は届かない。


それでも、その言葉を口にせずにはいられなかった。


それが、母として最後に残った想いだった。

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