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少年法の壁スピンオフ  作者: リンダ


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遅すぎた謝罪

少年法の壁 スピンオフ

莉央の娘


第23話「遅すぎた謝罪」


葵の飯山での投稿を見たあと、莉央はしばらくスマホを閉じることができなかった。


画面の中の葵は笑っていた。


理人、美羽、光と並んで。


斑尾高原の星空の下で。


ジムのリングのそばで。


その笑顔を見て、莉央は自分が失ったものの大きさを、改めて思い知った。


数日後。


莉央は獅童に連絡した。


そして、こころにも。


三人は横須賀の小さな喫茶店で顔を合わせた。


久しぶりに会った三人は、以前よりずっと疲れて見えた。


獅童は、すでに妻子と別居していた。


こころも、娘とまともに話せなくなっていた。


莉央は、震える声で言った。


「今さらだって言われるかもしれない」


二人は黙って聞いていた。


「でも、飯山へ行こう」


「理人くんと美羽さんに謝ろう」


「光さんにも」


獅童は苦しそうに顔を歪めた。


「会ってもらえると思うか」


莉央は首を横に振った。


「分からない」


こころが小さく言った。


「許してもらえるわけないよね」


莉央は答えた。


「うん」


「でも、行かなかったら、また逃げることになる」


その言葉に、三人は黙った。


逃げてきた。


ずっと。


小学校の時も。


卒業したあとも。


中学に行っても。


大人になっても。


親になっても。


そして今、すべてを失い始めてから、ようやく謝罪を考えている。


その遅さを、三人とも分かっていた。


それでも、飯山へ向かった。


新幹線を使う余裕はなかった。


三人は在来線を乗り継ぎ、長い時間をかけて飯山へ向かった。


車内には家族連れがいた。


観光へ向かう親子。


楽しそうに話す夫婦。


窓の外を指差して笑う子ども。


それらすべてが、三人の胸に刺さった。


かつて自分たちにもあったもの。


そして自分たちが失ったもの。


飯山駅に着いた頃、三人は疲れ切っていた。


それでも、秋生ジムへ向かった。


ジムでは、子どもたちが練習していた。


ミットの音。


掛け声。


縄跳びのリズム。


そこには、葵が見たのと同じ空気があった。


未来へ向かう場所。


その入口に、三人は立った。


ドアが開く。


最初に気づいたのは理人だった。


次に美羽。


そして光。


三人の表情が変わった。


理人はすぐにスタッフへ声をかけた。


「子どもたちを奥へ」


ジムの音が止まる。


空気が変わった。


莉央たちは深く頭を下げた。


「申し訳ありませんでした」


莉央の声は震えていた。


「私たちは、理人くんと美羽さんを傷つけました」


「謝るべきだったのに、逃げ続けました」


「本当に申し訳ありませんでした」


獅童も、こころも、頭を下げた。


しばらく沈黙があった。


やがて、理人の声が落ちた。


「帰れ」


莉央たちは顔を上げた。


理人の目は冷たかった。


「ここは、お前たちが来ていい場所じゃない」


美羽も前に出た。


「ここは、私たちが努力して守ってきた場所です」


光も静かに言った。


「あなたたちの懺悔の場所ではありません」


莉央は言葉を失った。


理人は続けた。


「今さら謝られても、俺たちは受け取る気はない」


「お前たちが全てを失ったことも、俺たちには関係ない」


「それを理由に、ここへ来るな」


美羽は言った。


「私たちがどれだけ積み重ねてここまで来たか、あなたたちには分からないと思います」


光も続けた。


「自分たちが楽になるために、ここを使わないでください」


理人は最後に、はっきり言った。


「二度と来るな」


ジムのドアは閉じられた。


莉央たちは、外に立ち尽くした。


謝罪は受け取られなかった。


許しもなかった。


救いもなかった。


ただ、遅すぎた現実だけが残った。


数日後。


そのことを葵たちは知った。


達也が静かに言った。


「莉央たち、飯山へ行ったらしい」


葵は一瞬黙った。


「理人さんたちは?」


「受け取らなかったそうだ」


葵は目を伏せた。


そして、静かに言った。


「今さら遅いよ」


一果も小さく頷いた。


祐也が言う。


「謝るなら、もっと前やったな」


葵は唇を噛んだ。


「せめて」


声が震える。


「理人さんたちが横須賀を離れなければならなくなる前に、謝るべきだった」


「美羽さんまで傷つく前に、止めるべきだった」


「家族ごと引っ越す前に、大人たちが止めるべきだった」


達也は、何も言えなかった。


その夜。


葵は自分のSNSを開いた。


飯山の投稿に続いて、自分の思いを文章にした。


――


謝罪について、考えました。


謝ることは大切だと思います。


でも、謝るタイミングを間違えると、それは相手のためではなく、自分が楽になるためのものになってしまうことがあると思いました。


私の母たちは、理人さんや美羽さんを傷つけました。


でも、すぐには謝りませんでした。


逃げました。


隠しました。


そして、自分たちが家族を失ってから謝りに行きました。


私は、それは遅すぎると思います。


謝るなら、相手が壊れてしまう前に。


相手が大切な場所を離れなければならなくなる前に。


相手の家族まで傷つく前に。


そうすべきだったと思います。


許すかどうかは、傷つけられた側が決めることです。


謝った側が、許されることを求めてはいけないと思います。


私は、母のしたことを許せません。


でも、私は母と同じ人間にはなりたくありません。


だから、誰かを傷つけた時には逃げない人になりたいです。


間違えた時には、すぐに向き合える人になりたいです。


そして、誰かが苦しんでいる時に、見て見ぬふりをしない人になりたいです。


――


投稿したあと、葵はしばらく画面を見つめていた。


すぐに反応がつき始める。


同級生。


柔道部の仲間。


飯山ジムの人たち。


そして、美羽からコメントが届いた。


――葵ちゃんの言葉、ちゃんと届いています。


続いて光。


――その気持ちを大切にしてね。


最後に理人。


――逃げない人になろうとしている葵さんを、俺たちは応援しています。


葵は涙をこぼした。


莉央たちの謝罪は、受け取られなかった。


けれど、葵の言葉は届いた。


それは、母の罪を背負うためではない。


自分の未来を、自分の言葉で選ぶためだった。


第23話「遅すぎた謝罪」。


謝罪は、加害者の救済券ではない。


相手の痛みに向き合うための、最初の一歩である。


その一歩を何十年も遅らせた時。


そこに残るのは、許しではなく、拒絶であることもある。


葵はその現実を知りながら、それでも自分は逃げないと決めた。

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