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少年法の壁スピンオフ  作者: リンダ


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グローブの重さ

少年法の壁 スピンオフ

莉央の娘


第20話「グローブの重さ」


飯山駅で再会したあと、葵は理人たちの前で改めて頭を下げた。


駅前のベンチのそば。


夏の風が吹いていた。


達也も、祐也も、一果も、静かに見守っている。


葵は両手を前で握りしめ、震える声で言った。


「理人さん」


「美羽さん」


「光さん」


三人は黙って葵を見ていた。


葵は深く頭を下げた。


「私の母が、理人さんや美羽さんにしたことを知りました」


「そして、光さんが二人を支えてきたことも知りました」


「母のしたことは、絶対に許されることではありません」


「私が代わりに許してほしいと言える立場ではないことも分かっています」


「でも、どうしても直接お詫びを言いたかったんです」


葵の声が震える。


「本当に、申し訳ありませんでした」


達也も隣で頭を下げた。


「私からも、お詫び申し上げます」


「私は、結婚するまで何も知りませんでした」


「それでも、葵を通じてこのことを知った以上、向き合わずにはいられませんでした」


「今日は会ってくださって、本当にありがとうございます」


祐也と一果も頭を下げた。


「達也と葵を受け入れてくださって、ありがとうございます」


「うちの孫がどれだけ救われたか、言葉にできません」


しばらく、沈黙があった。


やがて理人が口を開いた。


「葵さん」


葵は顔を上げる。


理人は静かに言った。


「あなたは、あなたです」


「お母さんとは違います」


「あなたが謝罪を背負う必要は、本当はありません」


葵の目に涙が浮かぶ。


美羽も優しく続けた。


「でも、直接来てくれたことは嬉しいよ」


「逃げずに来てくれたんだって分かったから」


光も微笑んだ。


「大丈夫。今日は責めるために会ったんじゃない」


「飯山に来てくれた葵ちゃんを、ちゃんと迎えたかったの」


葵は泣きそうになりながら頷いた。


「ありがとうございます……」


理人は少しだけ笑った。


「じゃあ、行こうか」


「まずはジムへ」


一行は車で秋生ジムへ向かった。


ジムに入ると、革の匂いと、ミットを打つ音が迎えてくれた。


リング。


サンドバッグ。


縄跳び。


壁に貼られた写真。


そこには若い頃の理人、美羽、光の写真もあった。


葵は思わず見入った。


「ここで……」


美羽が頷く。


「うん」


「ここで始まった」


光が笑う。


「最初は縄跳びからだったね」


理人が少し照れたように言う。


「俺、最初ぜんぜん跳べなかった」


美羽がすぐに突っ込む。


「うそ、私より跳べてた」


「いや、あれは美羽が転びすぎ」


「お兄ちゃん、ひどい」


そのやり取りに、葵は思わず笑った。


テレビで見る王者たちとは違う。


ここにいるのは、家族のように笑い合う人たちだった。


その後、ジムでは公開スパーリングが行われた。


理人とジムの若手選手。


美羽と女子選手。


光もミットを持ち、子どもたちに声をかける。


動きは鋭い。


だが、怖くはなかった。


互いを壊すためではなく、互いを高めるための動き。


理人が相手のパンチをかわし、軽くカウンターを合わせる。


会場にいた子どもたちが声を上げる。


美羽は足を使いながら、ボディへの入り方を見せる。


光はミットを受けながら、リズムを教える。


「打つ前に見る」


「見る前に息を整える」


「相手を怖がるんじゃなくて、自分を見失わない」


葵は、その言葉を胸に刻んだ。


スパーリングが終わると、美羽が葵たちを見た。


「試しにやってみる?」


葵は目を丸くした。


「えっ?」


光が笑う。


「グローブつけて、ミット打ちくらいならできるよ」


祐也が笑った。


「わしもか?」


理人が頷く。


「もちろんです」


一果が少し慌てる。


「私も?」


美羽がにこっと笑った。


「全員です」


達也は苦笑した。


「これは逃げられんな」


ジムのスタッフがグローブを用意した。


最初は達也。


理人がミットを構える。


「まずは軽く」


達也は構える。


「こうですか?」


「いいです。左、右」


パン。


パン。


乾いた音が鳴る。


達也は驚いたように自分の拳を見る。


「意外と難しいですね」


理人が笑う。


「難しいです。だから面白いんです」


次は祐也。


「よし、じいちゃんの底力見せたる」


祐也は気合いを入れて構えた。


パン。


だが、少しバランスを崩す。


まさとが手を叩いて笑った。


「じいじ、ふらふら!」


祐也も笑った。


「こりゃきついわ」


一果は最初こそ遠慮していたが、光に構えを教わると、意外にいい音を出した。


パン。


美羽が目を丸くする。


「一果さん、うまい!」


一果は照れた。


「昔、運動は好きやったんよ」


最後に葵。


グローブをはめた瞬間、葵はその重さに驚いた。


「重い……」


美羽が優しく言った。


「そう。グローブって軽そうに見えて、ちゃんと重いんだよ」


葵は頷いた。


リングではない。


ミット打ちだけ。


それでも、胸が少し緊張した。


美羽がミットを構える。


「大丈夫。力いっぱいじゃなくていい」


葵は構えた。


左。


パン。


右。


パン。


音が鳴った。


葵の目が少し開く。


もう一度。


パン。


パン。


美羽が笑う。


「いい音」


葵は息を吐いた。


「なんか……」


「うん?」


「怖いけど、少し気持ちが前に出る感じがします」


美羽は静かに頷いた。


「私も最初、そうだった」


理人が横から言った。


「拳は、人を傷つけるためにも使える」


葵は理人を見る。


理人は続ける。


「でも、自分の弱さと向き合うためにも使える」


光が言った。


「大切なのは、何のために握るか」


葵はグローブを見つめた。


重い。


本当に重い。


でも、その重さは怖いだけではなかった。


責任の重さのようだった。


葵はもう一度、ミットを打った。


パン。


その音が、ジムに響く。


達也は、その姿を見ていた。


娘が、母の過去に潰されず、自分の足で立とうとしている。


それが分かった。


葵はミット打ちを終えると、美羽に深く頭を下げた。


「ありがとうございました」


美羽は笑った。


「こちらこそ」


理人が言った。


「葵さん」


「はい」


「柔道部、頑張って」


葵は驚いた。


「知ってたんですか?」


光が笑う。


「手紙に書いてあったでしょ」


美羽も言う。


「誰かを守るために立ちたいって。すごくいいと思う」


葵は少し照れた。


「まだ受け身で転んでばっかりです」


理人は笑った。


「最初はそれでいい」


「転び方を覚えるのは、立ち上がるためだから」


葵は、その言葉を胸にしまった。


第20話「グローブの重さ」。


葵は、母の過去を背負うために飯山へ来たのではなかった。


自分は自分として生きていいと、確かめるために来た。


グローブの重さ。


ミットの音。


理人、美羽、光の言葉。


その一つ一つが、葵の中に新しい力を灯していった。

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