閉じた部屋
少年法の壁 スピンオフ
莉央の娘 葵
第12話「閉じた部屋」
莉央は、話し始めた。
声は震えていた。
自分が何をしたのか。
理人にどんな言葉を投げたのか。
どんなふうに笑ったのか。
美羽が兄をかばおうとした時、どんな嫌がらせをしたのか。
理人が学校に来るのを怖がるようになったこと。
伊達家が横須賀を離れたこと。
卒業前、音声だけの画面越しに、理人から「許さない」と告げられたこと。
そのすべてを、莉央は初めて家族の前で言葉にした。
話しながら、莉央は恐怖を感じていた。
まさか。
こんな形で。
東京ドームの客席を映した数秒の映像。
コメント欄の一言。
そこから、十数年かけて作ってきた家庭が音を立てて壊れていく。
葵に嫌われる。
達也に見限られる。
今まで守ってきたと思っていた日常が、足元から崩れていく。
その恐怖で、息が詰まりそうだった。
恭介と絵梨奈も、黙っていた。
二人もまた、初めて恐れていた。
孫に嫌われる恐怖。
葵の中で、自分たちが「おじいちゃん」「おばあちゃん」ではなく、理人たちの痛みを軽く見た大人として刻まれる恐怖。
けれど、それは当然だった。
彼らは止めなかった。
向き合わなかった。
金で済ませようとした。
そして今になって、孫の目の前でその結果を突きつけられていた。
莉央が話し終えた時、リビングは静まり返っていた。
葵は、ずっと黙って聞いていた。
泣いていた。
でも、途中で遮らなかった。
最後まで聞いた。
そして、ゆっくり顔を上げた。
その目は、十一歳の子どもの目ではなかった。
深く傷つき、失望し、それでも怒りを失っていない目だった。
「私」
葵の声はかすれていた。
「理人さんを尊敬してる」
莉央は何も言えなかった。
「美羽さんも尊敬してる」
「光さんも尊敬してる」
「みんな、すごい人だと思ってる」
葵は唇を噛んだ。
「お母さんが、その人たちを傷つけたこと」
「それを隠してきたこと」
「私は許さない」
莉央の顔が歪んだ。
「葵……」
葵は首を振った。
「呼ばないで」
その一言で、莉央は動けなくなった。
葵は立ち上がった。
達也が静かに声をかけた。
「葵」
葵は父を見た。
その目には、父への怒りはなかった。
けれど、深い疲れがあった。
「お父さん、少し一人にして」
達也は頷いた。
「分かった」
葵はリビングを出た。
階段を上がる音がする。
部屋のドアが閉まる。
そして。
カチャリ。
鍵の音がした。
その音は小さかった。
けれど莉央には、家全体が閉ざされたように聞こえた。
莉央は立ち上がろうとした。
「葵、話を……」
達也が止めた。
「今はやめろ」
莉央は振り返る。
達也の表情は硬かった。
「今追いかけたら、もっと壊れる」
莉央は何も言えなかった。
それ以降、葵は莉央とまともに話さなくなった。
朝。
莉央が「おはよう」と言っても、葵は小さく頷くだけだった。
食事も、必要最低限の会話しかしない。
学校のことを聞いても、「普通」としか答えない。
母に相談していたことも、達也にだけ話すようになった。
莉央が近づくと、葵はそっと距離を取った。
その距離は、言葉よりも残酷だった。
莉央は何度も謝ろうとした。
けれど、葵は言った。
「私に謝らないで」
そのたびに、莉央は何も言えなくなる。
謝る相手が違う。
葵の言葉は、家の中にずっと残り続けた。
かつて莉央が理人と美羽に向けた言葉。
隠し続けた過去。
それらは今、母と娘の間に壁となって立ちはだかっていた。
第12話「閉じた部屋」。
莉央は、初めて真実を話した。
だが、それは許しへの扉ではなかった。
むしろ、葵の心の扉が閉じる音だった。
過去を隠して守ろうとした家庭は、真実が明らかになった瞬間、もう以前の形には戻れなくなっていた。




