答えて
少年法の壁 スピンオフ
莉央の娘 葵
第11話「答えて」
神谷家のリビングに、葵の声だけが響いていた。
十一歳の少女の声だった。
けれど、その場にいる誰よりも、まっすぐで、逃げ場のない声だった。
葵は莉央を見た。
そして、恭介と絵梨奈も見た。
「ちゃんと答えて」
莉央は震えていた。
達也は黙っていた。
ここで父親が助け舟を出せば、また大人がごまかすことになる。
だから達也は、葵の言葉を止めなかった。
葵は一つずつ、言葉を置いた。
「何をしたの?」
莉央の肩が揺れる。
「理人さんに」
「美羽さんに」
「何をしたの?」
誰も答えない。
葵の声が強くなる。
「なぜ謝らなかったの?」
「なぜ逃げ続けたの?」
「なぜ嘘を突き通そうと思ったの?」
「隠し通せると思ったの?」
莉央は唇を噛んだ。
絵梨奈は視線を逸らした。
恭介は腕を組んだまま、苦しそうに顔を歪めていた。
葵は止まらなかった。
「それから」
その声は、涙で震えていた。
「どんな気持ちで、私に言ってたの?」
莉央が顔を上げる。
葵の目には、怒りだけではなく、深い悲しみがあった。
「人を傷つけるなって」
「人の痛みを知りなさいって」
「困っている人を見て見ぬふりするなって」
「友達を大切にしなさいって」
「どんな気持ちで言ってたの?」
葵は拳を握った。
「お母さんは、自分が理人さんたちにしたことを知ってたんでしょ?」
「覚えてたんでしょ?」
「なのに私にそう言ってたんでしょ?」
莉央の目から涙が落ちる。
葵は叫んだ。
「答えて!」
リビングの空気が震えた。
莉央は、ようやく口を開いた。
「……怖かった」
葵は黙った。
莉央は涙を流しながら続けた。
「知られたら、全部壊れると思った」
「達也に嫌われると思った」
「葵に軽蔑されると思った」
「お父さんとお母さんにも、これ以上責められたくなかった」
達也の顔が強張る。
莉央は続けた。
「だから隠した」
「隠せると思った」
「もう昔のことだから、誰にも知られないと思った」
葵の目が冷たくなる。
「じゃあ、理人さんたちのことは?」
莉央は黙る。
葵は聞く。
「理人さんたちが苦しんだことは?」
「美羽さんが傷ついたことは?」
「伊達家が横須賀を離れたことは?」
莉央は、声を絞り出した。
「考えないようにしてた」
その言葉に、達也が初めて顔を歪めた。
葵は震える声で言った。
「考えないように?」
莉央は頷く。
「考えたら、苦しくなるから」
「だから、忘れたふりをしてた」
「終わったことだって思おうとしてた」
葵は一歩、後ずさった。
「それって……」
声がかすれる。
「理人さんたちのためじゃなくて、自分のためじゃん」
莉央は何も返せなかった。
葵は恭介と絵梨奈を見る。
「おじいちゃんとおばあちゃんは?」
恭介は顔をしかめた。
「俺たちは……莉央を守ろうとした」
葵の目が鋭くなる。
「守る?」
絵梨奈が言う。
「親だから、娘を守りたかったのよ」
葵は首を振った。
「違う」
絵梨奈が言葉を止める。
葵は言った。
「それは守ったんじゃない」
「隠しただけ」
「理人さんたちから逃げさせただけ」
「謝る機会を奪っただけ」
「ちゃんと悪いことを悪いって言う機会を奪っただけ」
恭介は反論しかけた。
だが、言葉が出なかった。
葵はさらに言う。
「お母さんが悪いことをしたなら、止めるのが親じゃないの?」
「謝りに行かせるのが親じゃないの?」
「なんで一緒になって逃げたの?」
リビングは静まり返った。
達也は、娘の言葉を聞きながら、胸の奥が痛んでいた。
十一歳の葵が、神谷家の大人たちよりもずっと正しい場所に立っている。
その現実が、悲しくて、痛かった。
葵は莉央へ向き直った。
「お母さん」
莉央は泣きながら顔を上げる。
「私、怒ってる」
「すごく怒ってる」
「でも、一番悲しいのは」
葵は唇を震わせた。
「お母さんが、私に嘘をついてたこと」
「私が信じてた言葉が、お母さん自身には向いてなかったこと」
莉央は泣き崩れた。
「ごめんなさい……」
葵は静かに言った。
「だから、謝る相手が違うって言ったでしょ」
莉央は顔を覆った。
葵は続ける。
「私には、これから答えて」
「嘘をつかないで」
「ごまかさないで」
「昔のことって言わないで」
「家が大変だったって言い訳しないで」
「何をしたのか」
「なぜ逃げたのか」
「なぜ謝らなかったのか」
「ちゃんと話して」
莉央は、長い沈黙のあと、小さく頷いた。
だがその頷きは、許された証ではなかった。
ようやく、逃げることを止める入り口に立っただけだった。
第11話「答えて」。
葵が求めたのは、涙ではなかった。
言い訳でもなかった。
母親としての綺麗な言葉でもなかった。
ただ真実だった。
そして莉央は初めて、自分が十数年間守ろうとしていたものが、家族ではなく、自分の嘘だったことを突きつけられていた。




