少年法の壁 スピンオフ 莉央の娘 憧れのチャンピオン
少年法の壁 スピンオフ
莉央の娘
第1話「憧れのチャンピオン」
神谷葵、11歳。
横須賀市立港ヶ丘小学校六年生。
父は神谷達也。
母は神谷莉央。
鉄工所を営む家で育った。
特に不自由もない。
両親は優しい。
家族仲も良い。
少なくとも葵はそう思っていた。
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葵には好きなスポーツ選手がいた。
世界ミドル級統一王者。
オリンピック三連覇。
史上最多防衛記録保持者。
伊達理人。
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三年前。
まだ八歳だった頃。
父と見た世界タイトル戦。
そこからファンになった。
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試合が好きだった。
強いからではない。
最後まで諦めないから。
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どんな相手にも下を向かない。
苦しくても前へ出る。
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そんな姿に惹かれた。
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部屋にはポスター。
サイン入り写真。
試合DVD。
雑誌の切り抜き。
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母の莉央は苦笑いする。
「また理人さん?」
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葵は笑う。
「だってカッコいいもん」
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父の達也も笑う。
「将来ボクサーになるんか?」
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「ならないけど!」
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そんな平和な家庭だった。
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ある日の夜。
世界タイトル防衛戦後。
理人が自身のSNSを更新した。
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葵はスマホで記事を読む。
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そこには試合のことではなく、
子ども時代の話が書かれていた。
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横須賀。
小学校。
いじめ。
転校。
妹も巻き込まれたこと。
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葵は目を止める。
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「えっ……」
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何度も読み返す。
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理人がいじめられていた?
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世界チャンピオンが?
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あの理人が?
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信じられなかった。
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さらに読み進める。
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『妹も嫌がらせを受けた』
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『家族で飯山へ移住した』
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『あの時支えてくれた人がいた』
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そこまで読んで、
葵は胸が痛くなった。
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なんで?
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なんでそんなことするの?
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誰が?
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どうして?
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帰宅した莉央に聞く。
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「お母さん」
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「ん?」
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「理人さんっていじめられてたの?」
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莉央の手が止まる。
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一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ。
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「そうみたいね」
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「誰がやったんだろ」
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莉央は答えない。
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「最低だよね」
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葵は怒っていた。
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「そんな人いるんだ」
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「本当に酷い」
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莉央の表情が曇る。
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達也も黙ったままだった。
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葵は気付かない。
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目の前にいる母親が、
その話題を聞くたびに、
胸の奥が凍ることに。
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その夜。
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理人のSNSをさらに遡る。
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すると見つけた。
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インタビュー記事。
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『横須賀市立港ヶ丘小学校』
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葵の目が止まる。
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「え?」
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自分の学校。
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今通っている学校。
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理人が通っていた学校。
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さらに驚く。
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理人の卒業年度。
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計算してみる。
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母親と同じ年。
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偶然かな。
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そう思う。
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でも、
胸のどこかに小さな違和感が残る。
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そしてその違和感が、
数年後、
神谷家を根元から揺るがすことになる。
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第1話「憧れのチャンピオン」
憧れの世界王者。
その過去を知った時、
少女はまだ知らなかった。
自分の家族が、
その物語の中にいたことを。




