着信拒否
少年法の壁 後日談
第26話「着信拒否」
連絡は、来なかった。
一日待っても。
三日待っても。
一週間待っても。
元配偶者からも。
子どもからも。
何の連絡もなかった。
莉央は、何度もスマホを見た。
通知はない。
着信履歴もない。
メッセージもない。
それでも、何かの間違いかもしれないと思い、娘に電話をかけた。
呼び出し音は鳴らなかった。
すぐに切れた。
もう一度かける。
同じだった。
莉央は画面を見つめた。
着信拒否。
その事実を理解するまで、少し時間がかかった。
元夫にもかけた。
同じだった。
つながらない。
届かない。
獅童も同じだった。
息子に電話をかける。
つながらない。
元妻にかける。
つながらない。
メッセージを送っても既読はつかない。
ブロックされていた。
こころも、娘の名前を画面に出したまま、長い時間動けなかった。
かけても、つながらない。
送っても、届かない。
自分の声はもう、家族には届かない場所に置かれていた。
それだけではなかった。
家の中から、写真も消えていた。
リビングに飾ってあった家族写真。
七五三の写真。
運動会の写真。
入学式の写真。
旅行先で撮った写真。
冷蔵庫に貼ってあった小さなプリント写真。
棚に置いていたフォトフレーム。
アルバム。
全部なくなっていた。
莉央は空っぽの棚の前に立った。
そこには、四角い日焼け跡だけが残っていた。
写真があった場所。
家族がいた証拠。
それが消えている。
残っているのは、自分のスマホに保存されている写真だけだった。
画面の中の娘は笑っている。
夫も笑っている。
自分も笑っている。
その笑顔が、今は残酷だった。
獅童は押し入れを開けた。
アルバムが入っていた箱がない。
息子が初めてサッカーの試合に出た日の写真。
家族でスタジアムへ行った日の写真。
誕生日の写真。
何もない。
こころも、机の引き出しを開けて、手を止めた。
娘が幼い頃に描いた絵。
母の日のカード。
小さな写真。
全部持って行かれていた。
いや。
持って行かれて当然だった。
それは、もう自分のものではなかったのかもしれない。
莉央はスマホの写真フォルダを開いた。
娘の写真が並んでいる。
小さかった頃。
笑っている顔。
泣いている顔。
眠っている顔。
自分の手を握っている写真。
莉央は画面を指でなぞった。
でも、その写真の中の娘にはもう触れられない。
現実の娘には電話も届かない。
声も届かない。
「お母さん」と呼ばれることもない。
スマホの中だけに残った家族。
それは思い出ではなく、証拠のようだった。
自分が確かに持っていたもの。
そして、自分が確かに失ったもの。
三人は、それぞれの家で同じ現実に向き合っていた。
家族は出て行っただけではない。
自分とのつながりを断った。
声を拒んだ。
写真を持ち去った。
生活の痕跡を消した。
残されたのは、空白だった。
そして、その空白は言っていた。
もう戻らない。
莉央はスマホを胸に抱いた。
泣こうとしても、声が出なかった。
獅童は壁に背を預け、床に座り込んだ。
こころは消えた写真立ての跡を見つめたまま、ただ立ち尽くした。
第26話「着信拒否」。
家族を失うとは、同じ家にいなくなることだけではない。
声が届かなくなること。
写真が消えること。
思い出を共有する権利さえ失うこと。
莉央たちは、ようやく知る。
本当に切られた縁は、謝りたい時にすら、もう相手へ届かないのだと。




