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少年法の壁スピンオフ  作者: リンダ


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明かりのない家

 少年法の壁 後日談


 第25話「明かりのない家」


 朝が来る。


 目覚ましが鳴る。


 莉央は布団の中で目を開けた。


 部屋は静かだった。


 台所から食器の音はしない。


 娘の足音もない。


 夫の咳払いもない。


「おはよう」


 その一言を言う相手も、返してくれる相手もいなかった。


 莉央は一人で起き上がる。


 一人で顔を洗う。


 一人で朝食を作る。


 一人で食べる。


 テーブルの向かい側には、誰も座っていない。


 獅童も同じだった。


 出勤前、玄関で靴を履く。


 かつては息子が眠そうな顔で出てきた。


「父さん、いってらっしゃい」


 妻が台所から言った。


「忘れ物ない?」


 今は何もない。


 ドアを閉める音だけが、自分の背中に返ってくる。


 こころも、同じ朝を過ごしていた。


 洗面所の鏡を見る。


 目の下に疲れが残っている。


 後ろから娘が顔を出すことはない。


「お母さん、髪結んで」


 そう言っていた声は、もうない。


 三人は仕事へ向かった。


 職場では、何とか普通の顔をした。


 挨拶をする。


 資料を見る。


 電話を取る。


 会議に出る。


 いつものように働く。


 けれど、仕事が終わる時間が近づくほど、胸が重くなる。


 帰る家がある。


 でも、待っている人はいない。


 仕事を終え、駅から歩く。


 かつては家の窓に明かりがついていた。


 夕飯の匂いがした。


 テレビの音が漏れていた。


 誰かの気配があった。


 今は違う。


 家の前に立つ。


 暗い。


 真っ暗だった。


 莉央は鍵を差し込む。


 ドアを開ける。


「ただいま」


 言いかけて、止まる。


 返事はない。


 自分で電気をつける。


 明かりがついても、部屋は明るくならなかった。


 ただ、空っぽになった家が照らされるだけだった。


 獅童は玄関でしばらく立ち尽くした。


 靴箱の上には、息子が昔置いたサッカーのキーホルダーだけが残っていた。


 手に取る。


 小さな傷がついている。


 あの日々は確かにあった。


 だが、自分が壊した。


 こころは台所に立った。


 一人分の夕食を作る。


 量が分からない。


 作りすぎる。


 余る。


 冷蔵庫にしまう。


 次の日もまた、それを温める。


 それだけのことが、胸に刺さる。


 三人は、それぞれの家で同じことを思っていた。


 自分が壊したものは、こんなにも大きかったのか。


 家族とは、そこにいて当たり前のものではなかった。


 おはよう。


 いってらっしゃい。


 おかえり。


 今日どうだった?


 ご飯できたよ。


 何気ない言葉。


 何でもない声。


 その全部が、守るべきものだった。


 なのに自分たちは、過去から逃げ続けた。


 嘘を重ねた。


 正しい親の顔をして、子どもにきれいな言葉を語った。


 その結果が、今の真っ暗な家だった。


 莉央はリビングの明かりの下で座り込んだ。


 獅童は玄関で拳を握った。


 こころは台所で泣いた。


 誰も慰めてくれない。


 誰も名前を呼んでくれない。


 それが、彼らに戻ってきた現実だった。


 第25話「明かりのない家」。


 家族を失うとは、大きな事件の一瞬だけではない。


 朝の沈黙。


 夜の暗い玄関。


 返ってこない声。


 一人分の食卓。


 そのすべてが、毎日少しずつ突き刺さる。


 莉央たちはようやく知った。


 自分たちが壊したのは、過去だけではない。


 未来の明かりだった。

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