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少年法の壁スピンオフ  作者: リンダ


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在来線の旅

 少年法の壁 後日談


 第22話「在来線の旅」


 それでも三人は、仕事だけは続けていた。


 家族は失った。


 家は空になった。


 信頼も失った。


 けれど、生きていくためには働かなければならなかった。


 ある日の夜。


 莉央、獅童、こころは、久しぶりに顔を合わせた。


 誰も昔のようには笑わなかった。


 テーブルの上には、冷めたコーヒーだけが置かれていた。


 莉央が言った。


「理人に謝ろう」


 獅童は黙っていた。


 こころも俯いていた。


 莉央は続ける。


「美羽にも」


 しばらく沈黙があった。


 こころが小さく言った。


「光さんにも……」


 獅童が低い声で言った。


「会ってもらえると思うか?」


 誰も答えられなかった。


 それでも行くしかなかった。


 許されるためではない。


 家族を取り戻すためでもない。


 もう、そういう段階ではなかった。


 ただ、自分たちが逃げ続けてきた相手の前に、一度は立たなければならなかった。


 三人には、新幹線に乗る余裕すらなかった。


 離婚。


 別居。


 養育費。


 家賃。


 生活費。


 すべてが重くのしかかっていた。


 だから飯山へは、在来線を乗り継いで向かうことにした。


 横須賀を出る朝。


 空は晴れていた。


 行楽日和だった。


 それが、かえって残酷だった。


 電車には、家族連れが多かった。


 小さな子どもが窓の外を指差している。


「見て、海!」


 父親が笑う。


「ほんとだな」


 母親が弁当の包みを直している。


 莉央は、その光景を見ないようにした。


 けれど、声は耳に入ってくる。


 楽しそうな声。


 何気ない会話。


 家族の温度。


 それが今の莉央には痛かった。


 少し前まで、自分にもあったものだった。


 別の車両には、若い夫婦がいた。


 旅行用のバッグを足元に置き、スマホで行き先を確認している。


 妻が笑う。


 夫も笑う。


 獅童は窓の外を見た。


 見ていられなかった。


 自分も、かつては妻とそんなふうに出かけた。


 子どもと手をつないで駅を歩いた。


 その記憶が、胸を締めつける。


 こころは、向かいの席の親子を見ていた。


 小学生くらいの女の子が、母親にもたれて眠っている。


 母親はその頭をそっと撫でていた。


 こころは目を伏せた。


 自分の娘は、もう自分にそんなふうにもたれてはくれない。


 謝っても、抱きしめようとしても、一歩下がられた。


 その距離が、今も体に残っていた。


 列車は進む。


 横浜。


 八王子。


 高尾。


 甲府。


 小淵沢。


 乗り換えのたびに、三人は疲れていった。


 新幹線なら短い距離だった。


 だが在来線の旅は長かった。


 長い時間。


 逃げ場のない車内。


 窓に映る自分の顔。


 親子連れ。


 夫婦。


 学生たち。


 笑い声。


 そのすべてが、自分たちに失ったものを見せつけてきた。


 獅童がぽつりと言った。


「俺たち、何しに行くんだろうな」


 莉央は答えた。


「謝りに行く」


「謝ってどうなる」


 こころが静かに言った。


「どうにもならないと思う」


 獅童が顔を上げる。


 こころは続けた。


「許されないと思う」


 莉央も頷いた。


「でも、行かなかったら、また逃げることになる」


 その言葉に、三人は黙った。


 逃げてきた。


 ずっと。


 小学生の頃から。


 卒業しても。


 中学に行っても。


 高校に行っても。


 大学へ進んでも。


 結婚しても。


 親になっても。


 ずっと逃げてきた。


 その結果が、今の自分たちだった。


 列車が山あいへ入っていく。


 窓の外の景色が変わる。


 海のある町から、山のある町へ。


 横須賀から飯山へ。


 かつて理人と美羽が、生きるために向かった道。


 今度は、加害者だった三人が、その道を逆に辿っていた。


 飯山へ近づくにつれ、三人の口数は減った。


 会えるのか。


 会ってもらえるのか。


 何を言えばいいのか。


 頭の中で何度も考えた言葉は、どれも薄っぺらく思えた。


 ごめんなさい。


 申し訳ありませんでした。


 あの時は。


 子どもだったから。


 家が大変だったから。


 どの言葉も、自分を守る言い訳に聞こえた。


 列車は夕方の飯山駅に着いた。


 ホームに降り立つ。


 冷たい風が吹いた。


 三人はしばらく動けなかった。


 ここが、理人と美羽がもう一度息をし始めた町だった。


 ここが、光と出会い直し、拳を握り、世界へ向かった町だった。


 そして自分たちは。


 その出発点に、今さら立っていた。


 第22話「在来線の旅」。


 飯山への道のりは、長かった。


 だが、本当に長かったのは列車の時間ではない。


 謝るべき相手に向き合うまでにかかった、何十年という逃避の時間だった。

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