閉じたドア
少年法の壁 後日談
第20話「閉じたドア」
数週間後。
家の中に、段ボールが積まれていた。
衣類。
食器。
子どもの教科書。
写真立て。
小さなぬいぐるみ。
家族で使っていたものが、次々と箱に詰められていく。
莉央はリビングの隅に立っていた。
何か言わなければと思った。
でも、もう言葉が出なかった。
夫は業者に指示を出している。
娘は莉央を見なかった。
最後の段ボールが運び出される。
玄関に、娘が立つ。
莉央は震える声で言った。
「待って……」
娘は振り返らなかった。
夫も、何も言わなかった。
そして。
ドアが閉じた。
バタン。
その音だけが、家の中に残った。
がらんとしたリビング。
跡だけが残った家具の位置。
日焼けしていない床の四角い跡。
家族写真があった壁。
冷蔵庫の低い音。
莉央は一人、そこに立ち尽くした。
ここは、家だった。
昨日までは。
家族の声があった。
笑い声があった。
食器の音があった。
娘の足音があった。
でも今は、何もない。
残されたのは、大人ひとり。
自分だけだった。
莉央は床に座り込んだ。
涙は出なかった。
泣く段階を、もう過ぎていた。
思い出すのは、横須賀の教室。
理人の机。
美羽の震えた顔。
笑っていた自分。
逃げたと笑った声。
あの時、自分は何も失わないと思っていた。
子どものしたこと。
昔のこと。
もう終わったこと。
そう思っていた。
でも違った。
過去は、消えていなかった。
姿を変えていた。
新聞になり。
ニュースになり。
検索結果になり。
子どもの目になり。
夫の沈黙になり。
閉じられたドアの音になった。
自分が投げたものが、何十年もかけて戻ってきた。
ブーメランのように。
そして今度は、自分の家を壊した。
莉央は、がらんとした部屋で呟いた。
「ごめんなさい……」
その声は、誰にも届かなかった。
第20話「閉じたドア」。
人を傷つけた過去は、時間が流れれば薄れるかもしれない。
けれど、消えるとは限らない。
向き合わなかった過去は、いつか姿を変えて戻ってくる。
そして、最も守りたかった場所を、静かに奪っていく。




