金色の拳
少年法の壁 後日談
第16話「金色の拳」
美羽は高校一年で、いきなり頂点に立った。
女子スーパーフライ級。
インターハイ優勝。
国体優勝。
兄・理人と、光の背中を追い続けてきた少女は、ついに自分の時代を切り開き始めた。
試合後のインタビューで、美羽は金メダルを握りしめながら言った。
「お兄ちゃんと光お姉ちゃんがずっと前を走っていたので、私は追いかけるしかありませんでした。でも、追いかけているうちに、自分の足で立てるようになった気がします」
その言葉はニュースになった。
飯山の小さなジムから、三人目の全国王者。
世間は、伊達美羽の名前も覚え始めていた。
そして、その夏。
世界最大の舞台がやって来た。
オリンピック。
理人は男子ミドル級。
光は女子フライ級。
二人は日本代表として、決勝のリングに立った。
先に行われたのは、光の決勝だった。
会場は満員。
国旗が揺れる。
歓声が天井を震わせる。
実況席の声が高まる。
「さあ、女子フライ級決勝です。日本の秋生光、ついに金メダルをかけたリングに上がります」
解説者が続ける。
「ここまで非常に安定していますね。硬いディフェンス、鋭いカウンター、そして女子選手離れしたパンチの威力。まさに総合力の高さで勝ち上がってきました」
ゴング。
第一ラウンド。
相手は欧州王者。
長いリーチを生かし、ジャブで距離を取ってくる。
光は無理に入らない。
ガードを固め、頭を振り、足で角度を作る。
実況。
「秋生、まずは見ています。相手のジャブをよく外している」
解説。
「焦っていませんね。初回から倒しにいかない。距離を測っています」
相手の左。
光はガード。
さらに右。
半歩下がって外す。
そして、入り際に左ボディ。
会場がどよめく。
実況。
「入った! 秋生の左ボディ! これは重い!」
相手の動きが一瞬止まる。
光は追いすぎない。
リング中央へ戻る。
第一ラウンド終了。
互角に見えて、光のボディが印象に残った。
第二ラウンド。
相手は前へ出てくる。
ポイントを取りに来た。
ワンツー。
さらに右。
光は硬いガードで受け、回る。
ロープを背負わない。
実況。
「秋生、ロープ際に詰められません。足がよく動いています」
相手が踏み込む。
その瞬間。
光の右ストレート。
相手の顔面を捉えた。
実況。
「右が入った! 秋生の右!」
解説。
「完璧なタイミングです。相手が入ってくるところに合わせました」
相手は下がる。
光はここで前へ出る。
左。
右。
ボディ。
相手も打ち返す。
リング中央で打ち合いになる。
観客席が一気に沸く。
実況。
「打ち合いだ! 決勝のリングで真っ向勝負!」
光は一発受けた。
だが崩れない。
すぐにガードを戻し、左を返す。
第二ラウンド終了。
判定は僅差。
第三ラウンド。
勝負の三分。
光の表情は落ち着いていた。
セコンドの声。
「光、足を止めるな。最後まで見ろ」
光は頷く。
ゴング。
相手が勝負をかける。
連打。
連打。
連打。
光はガードで受ける。
一発、浅く入る。
それでも下がらない。
実況。
「相手も必死です! ここで前へ出てきた!」
解説。
「秋生、ここは我慢です。打ち返すタイミングを探している」
残り一分。
相手の右が大きくなる。
光はそれを読んでいた。
半歩外す。
左ボディ。
右ストレート。
さらに左。
三発がきれいに入る。
実況。
「入った! 秋生、ここで三連打! 大きい、大きいポイントです!」
会場の日本応援団が立ち上がる。
相手も最後に打ち返す。
光も応じる。
最後の十秒。
打ち合い。
ゴング。
試合終了。
二人は抱き合うように健闘を称えた。
判定。
会場が静まる。
アナウンス。
勝者。
赤コーナー。
日本。
秋生光。
一瞬の静寂。
そして大歓声。
実況。
「秋生光、金メダル! 女子フライ級、オリンピック王者です!」
解説。
「素晴らしい試合でした。技術、精神力、すべてが詰まっていました」
光は目を閉じた。
涙がこぼれた。
けれど、すぐに相手へ歩み寄り、頭を下げた。
勝った後も、光は光だった。
そして次。
男子ミドル級決勝。
伊達理人。
実況席の声がさらに熱を帯びる。
「さあ、続いて男子ミドル級決勝。日本の伊達理人が登場します。高校三冠、国体三連覇、そしてついにオリンピック決勝です」
解説。
「伊達はディフェンスが非常に堅い。そしてパンチが重い。相手は世界選手権王者ですから、簡単な試合にはなりません」
理人はリングへ上がった。
観客席には光がいた。
首には金メダル。
美羽もいた。
祈るように拳を握っていた。
ゴング。
第一ラウンド。
相手は強かった。
速い。
重い。
プレッシャーがある。
理人は序盤、ガードを固める。
相手のジャブ。
理人は外す。
右。
ガード。
左ボディ。
理人は半歩下がる。
実況。
「相手、圧力をかけてきます。伊達、まずは守っています」
解説。
「いいですね。無理に打ち返さない。相手のリズムを見ています」
一分過ぎ。
理人のジャブが初めてきれいに入る。
さらに右ボディ。
相手の動きがわずかに止まる。
実況。
「伊達のボディ! ここから出てくるか!」
理人は追わない。
構え直す。
第一ラウンド終了。
やや相手が手数で優勢か。
第二ラウンド。
理人の動きが変わる。
前へ出る。
だが雑ではない。
ジャブで相手の顔を上げる。
ボディ。
顔面。
またボディ。
打ち分ける。
実況。
「伊達、ここで攻勢! ボディと顔面の打ち分けが見事です!」
相手も強烈な右を返す。
理人のガードが鳴る。
会場がどよめく。
だが理人は崩れない。
解説。
「今のを受けても姿勢が崩れません。下半身が強い」
残り一分。
相手が踏み込む。
理人は左へ外す。
右ストレート。
顔面へ入る。
相手が下がる。
実況。
「入った! 伊達の右!」
さらに理人は左ボディ。
相手の体が折れる。
ここでゴング。
第二ラウンドは理人が取り返した。
第三ラウンド。
決勝の最終ラウンド。
会場全体が立ち上がるような空気だった。
実況。
「泣いても笑っても、あと三分。伊達理人、金メダルまであと三分です」
ゴング。
相手は前へ出る。
理人も下がらない。
リング中央で打ち合い。
左。
右。
ボディ。
顔面。
相手の右が理人の側頭部をかすめる。
理人の左が相手のボディに入る。
実況。
「激しい! ミドル級決勝、まさに白熱の打ち合い!」
解説。
「ただの打ち合いではありません。伊達は一発一発を選んでいます」
残り一分半。
相手が連打。
理人はガード。
一発、浅く入る。
理人の鼻から血がにじむ。
美羽が観客席で息を呑む。
光は立ち上がりそうになるのをこらえた。
理人は下がらない。
息を吐く。
足を置く。
腰を回す。
右。
相手の顔面へ。
会場が爆発する。
実況。
「伊達の右! これは大きい!」
相手がふらつく。
だが倒れない。
理人は追う。
しかし焦らない。
ジャブ。
ボディ。
左。
相手も最後の力で打ち返す。
残り十秒。
会場全体が叫ぶ。
実況。
「残り十秒! 両者打ち合う! 伊達、前へ出る! 相手も返す!」
ゴング。
試合終了。
理人は深く息を吐いた。
相手とグローブを合わせる。
二人とも、立っているのがやっとだった。
判定。
会場が静まり返る。
アナウンスが響く。
勝者。
青コーナー。
日本。
伊達理人。
その瞬間。
会場が揺れた。
実況。
「伊達理人、金メダル! 男子ミドル級、日本の伊達理人がオリンピック王者です!」
解説。
「素晴らしい。最後まで崩れませんでした。苦しい時間もありましたが、自分のボクシングを貫きました」
理人は一瞬、空を見上げた。
そして目を閉じた。
涙が流れた。
光が観客席で泣いていた。
美羽も泣いていた。
理人はリング上で相手に深く頭を下げた。
その姿に、会場から再び拍手が起きた。
表彰式。
光の首には金メダル。
理人の首にも金メダル。
二人は並んで国旗を見上げた。
飯山の小さなジム。
夏休みに初めてはめたグローブ。
怖くても通った放課後。
夕方六時まで続けた基礎練習。
泣いた日。
折れそうになった日。
それらすべてが、この金色の光につながっていた。
そのニュースは、日本中に流れた。
秋生光、金メダル。
伊達理人、金メダル。
飯山から生まれた二人のオリンピック王者。
そして高校一年でインターハイと国体を制した伊達美羽。
三人の物語は、もう地方の小さな話ではなかった。
日本中が知る物語になっていた。
第16話「金色の拳」。
理人と光は、世界の頂点に立った。
だが、二人が本当に勝ち取ったものは、金メダルだけではなかった。
傷ついた過去に飲み込まれず。
誰かを憎むだけの人生にもせず。
自分の足で立ち続けた証。
それが、二人の首にかかる金色の重みだった。




