一位と二位
少年法の壁 後日談 神谷莉央
第12話「一位と二位」
部活で結果が出ない。
その現実は、莉央たちの胸に重く残っていた。
走っても届かない。
蹴っても選ばれない。
泳いでも勝てない。
焦れば焦るほど、体は硬くなり、周囲との関係も悪くなる。
だから莉央は思った。
部活だけが人生ではない。
スポーツで結果が出ないなら、勉強を頑張ればいい。
いい成績を取る。
いい大学へ行く。
いい会社へ入る。
それなら、自分にもできるかもしれない。
そう思った時、少しだけ息ができた。
莉央は獅童とこころにも声をかけた。
「全国共通の一般常識テスト、受けてみない?」
こころが聞く。
「何それ」
「ニュースとか地理とか歴史とか、経済とか、一般常識を問うやつ。高校生向け」
獅童は少し眉をひそめた。
「めんどくさそう」
莉央は言った。
「トップ100まで名前が出るんだって」
その言葉に、獅童が少し反応した。
「名前が?」
「うん。全国順位で」
こころも興味を示した。
「それ、ちょっと面白そう」
三人はエントリーした。
全部で100問。
一問一点。
政治。
経済。
地理。
歴史。
時事。
国際関係。
科学。
文化。
スポーツ。
幅広い問題が並んでいた。
莉央は勉強した。
部活で感じる焦りを、机に向かうことで押し込めた。
こころも真面目に取り組んだ。
獅童も、文句を言いながら意外と勉強した。
そして試験当日。
三人はそれぞれ手応えを感じていた。
全問完璧ではない。
でも悪くない。
結果発表の日。
トップ100の氏名が公式サイトに掲載された。
莉央はスマホを持つ手に力を入れた。
まず、自分の名前を探す。
あった。
21位。
神谷莉央。
全国21位。
悪くない。
いや、かなりいい。
莉央の胸に、久しぶりに誇らしさが湧いた。
こころは24位。
獅童は30位。
三人ともトップ100どころか、上位30位以内だった。
獅童が言った。
「まあまあじゃん」
こころも少し笑った。
「思ったよりよかった」
莉央も頷いた。
「うん。悪くない」
悪くない。
ようやく、自分たちにも結果が出た。
そう思った。
けれど。
莉央は何気なく、上位の名前を見た。
10位。
9位。
8位。
知らない名前が並ぶ。
5位。
4位。
そして。
3位。
その下に表示された2位。
秋生光。
莉央の指が止まった。
「え……」
さらに上。
1位。
伊達理人。
莉央は画面を見つめたまま動けなくなった。
全国1位。
伊達理人。
全国2位。
秋生光。
こころも獅童も、同じ画面を見ていた。
誰も言葉を出せなかった。
勉強でも。
負けた。
スポーツだけではなかった。
リングの上だけではなかった。
ニュースに出るだけではなかった。
一般常識の全国試験でも、理人と光は自分たちの上にいた。
しかも一位と二位。
獅童が低い声で言った。
「なんでだよ……」
こころも小さく呟いた。
「理人くん、ボクシングだけじゃないの……」
莉央は答えられなかった。
21位。
それは十分に立派な順位だった。
こころの24位も、獅童の30位も、決して悪くない。
むしろ全国で見れば優秀な結果だった。
しかし、三人の目にはもうその順位が小さく見えていた。
なぜなら、上に理人と光がいたからだった。
数日後。
一般常識テストの上位者インタビューがネット記事で公開された。
一位の理人。
二位の光。
二人は並んで取材を受けていた。
記者が聞く。
「ボクシングだけでなく、一般常識でも全国トップクラスです。どのように勉強しているのですか?」
理人は答えた。
「世界で戦うなら、相手の国のことを知らないといけないと思っています。地理、歴史、政治、経済、宗教や文化も含めて、知らないまま海外に出るのは失礼だと思うので」
光も続けた。
「国の首都や国家元首の名前、経済用語、国際情勢、歴史的背景は、スポーツ選手にも必要だと思います。リングの上だけ強くても、世界では通用しないと思っているので」
莉央はその文章を読んで、息が止まりそうになった。
世界。
理人と光は、世界を見ていた。
自分たちは、いい大学、いい会社という言葉で自分を立て直そうとしていた。
それが悪いわけではない。
でも、見ているものの広さが違った。
理人と光は、試合で海外へ行く未来を考えていた。
世界の選手と向き合う未来を考えていた。
だから、国の名前を覚える。
首都を覚える。
政治や経済を学ぶ。
地理や歴史を学ぶ。
相手の文化を知る。
それは受験のためだけの勉強ではなかった。
自分が立つ世界を広げるための勉強だった。
莉央はスマホを伏せた。
悔しかった。
でも、ただ悔しいだけでは済まなかった。
自分は何を目指しているのか。
なぜ勉強するのか。
どこへ行きたいのか。
その問いを、理人と光の結果が突きつけてきた。
獅童は机を拳で軽く叩いた。
「なんなんだよ、あいつ」
声には苛立ちがあった。
だが、その奥には敗北感があった。
こころは黙っていた。
24位という結果を、素直に喜べなくなっていた。
莉央も同じだった。
21位。
十分な結果。
それでも胸は晴れない。
なぜなら。
また理人に負けたから。
また光に届かなかったから。
そして何より。
自分たちが逃げ道として選んだ場所でさえ、二人はもっと先を見ていたから。
その夜。
莉央は机に向かった。
参考書を開く。
でも文字が頭に入らない。
浮かぶのは、ランキング表。
1位 伊達理人。
2位 秋生光。
21位 神谷莉央。
順位の差は、点数だけの差ではなかった。
目指すものの差。
積み重ねてきた時間の差。
世界を見ているか、自分の傷ついたプライドを守るためだけに勉強しているか。
その差だった。
第12話「一位と二位」。
莉央たちは、初めて勉強で結果を出した。
それは誇っていい結果だった。
だが、その上にいた二つの名前が、彼らの胸を深くえぐった。
理人と光は、もう横須賀の記憶だけで生きてはいなかった。
世界を見ていた。
そして莉央たちは、自分がまだ過去の影の中にいることを、嫌でも思い知らされていた。




