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少年法の壁スピンオフ  作者: リンダ


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12/19

焦りの音

少年法の壁 後日談 神谷莉央


第11話「焦りの音」


インターハイ。


理人と光は、全国のリングで結果を残した。


決勝の結果は、スポーツニュースで報じられた。


新聞にも載った。


ネット記事にもなった。


動画配信のスポーツチャンネルでも取り上げられた。


飯山から全国へ。


長野代表の高校生ボクサー。


伊達理人。


秋生光。


そして中学生の全国王者、伊達美羽。


三人の名前は、また少し大きく広がった。


画面の中で、理人は汗を拭きながらインタビューに答えていた。


「自分一人の力ではここまで来られませんでした。支えてくれた人たちと、毎日積み重ねてきた練習のおかげです」


光も答えた。


「勝った試合より、苦しかった練習の方が自分を作ってくれたと思います」


美羽の映像も流れた。


「私もお兄ちゃんたちに追いつけるように頑張ります」


三人は前を向いていた。


その姿は、まぶしかった。


まぶしすぎた。


横須賀。


神谷莉央は、スマホでそのニュースを見ていた。


画面を閉じる。


また開く。


閉じる。


開く。


自分でもなぜ見ているのか分からなかった。


見れば苦しくなる。


それなのに見てしまう。


理人が結果を残し続けている。


光も全国で勝っている。


美羽も中学生の部で全国王者になっている。


その事実が、莉央の胸を締めつけた。


自分はどうだったのか。


インターハイ予選。


莉央は一回戦敗退だった。


100メートル。


スタートで出遅れた。


中盤で力み、後半で失速した。


200メートルも同じだった。


コーナーを抜けた時点で前に出られず、最後は足が止まった。


記録は自己ベストにも届かなかった。


顧問に言われた。


「神谷、また焦ったな」


また。


その言葉が刺さった。


また焦った。


また力んだ。


また崩れた。


中学の頃から、何も変わっていない。


獅童も同じだった。


高校サッカー部で、彼は補欠にすら選ばれなかった。


インターハイ予選の登録メンバー発表の日。


監督が名前を読み上げる。


一年生の中からも数名が入った。


だが、獅童の名前はなかった。


ベンチ外。


スタンド応援。


中学でも味わった悔しさが、高校でさらに重くなって戻ってきた。


獅童はロッカールームでスパイクの紐をほどきながら、歯を食いしばった。


なんでだよ。


なんで俺じゃない。


なんであいつらなんだよ。


その苛立ちは、誰にも向けられないまま胸の中で暴れた。


こころも、水泳部で壁を破れなかった。


自由形100メートル。


自由形200メートル。


インターハイ予選。


初戦突破すらできなかった。


予選の組で沈んだ。


記録も平凡だった。


水から上がったこころは、電光掲示板を見つめたまま動けなかった。


届かない。


何度泳いでも届かない。


後輩にも追いつかれ始めている。


その現実が、冷たい水よりも体を冷やした。


三人はそれぞれ、同じ問いに捕まっていった。


なんで。


なんであいつは結果を出しているのに。


なんで自分は。


理人は、かつて自分たちが追い出した相手だった。


自分たちが傷つけた相手だった。


逃げたと笑った相手だった。


その理人が、全国の舞台に立っている。


美羽も、あの時は小さな妹だった。


泣きそうな顔で兄のそばにいた。


その美羽が、全国王者になっている。


光は、二人を支えながら、自分も全国で結果を出している。


それなのに自分たちは。


初戦敗退。


ベンチ外。


予選落ち。


現実はあまりにもはっきりしていた。


焦りは、競技に出た。


莉央は練習中、スタートで力みすぎるようになった。


一本一本に結果を求めすぎる。


隣の選手を気にしすぎる。


フォームが崩れる。


上半身が硬くなる。


足が流れる。


顧問が声を張る。


「神谷、力を抜け!」


だが抜けない。


抜いたら負ける気がした。


力を抜いた瞬間、置いていかれる気がした。


ある日のスタート練習。


莉央は無理に前へ出ようとして、着地の瞬間に足首をひねった。


鋭い痛み。


その場に崩れる。


「神谷!」


部員たちが駆け寄る。


軽い捻挫だった。


大きな怪我ではない。


だが、練習を数日休む必要があった。


莉央は保健室のベッドで天井を見つめていた。


悔しい。


痛い。


情けない。


でも、その奥にもっと嫌な感情があった。


あいつのせいだ。


理人のニュースなんか見たから。


美羽の笑顔なんか見たから。


光のインタビューなんか聞いたから。


そう思いかけて、莉央は自分で自分が嫌になった。


獅童も荒れ始めた。


練習中、味方への声がきつくなった。


「そこ出せよ!」


「今の取れただろ!」


「ちゃんと見ろよ!」


周りの空気が悪くなる。


同級生の一人が言った。


「獅童、お前さ、人のせいにしすぎじゃね?」


獅童の顔が変わった。


「あ?」


「自分もミスしてるだろ」


「うるせえよ」


その日から、獅童は少しずつ孤立していった。


自分が出られない理由を認められない。


だから周りのせいにする。


けれど、周りはもう小学校の時のようには付き合ってくれなかった。


こころも、水泳部でうまくいかなくなった。


焦って練習量を増やした。


無理に泳ぎ込んだ。


体が重くなった。


肩に痛みが出た。


顧問に止められる。


「中島、今日は上がれ」


「まだ泳げます」


「フォームが崩れてる。これ以上やると痛める」


「でも」


「でもじゃない」


こころはプールサイドで黙った。


隣では、同級生が自己ベストを出して笑っていた。


その笑い声が、こころには自分を責める声のように聞こえた。


三人とも、同じ場所に落ちていた。


結果が出ない。


焦る。


無理をする。


崩れる。


怪我をする。


周囲とうまくいかなくなる。


そしてまた、結果が出なくなる。


悪循環だった。


ある夜。


莉央は足首に湿布を貼りながら、スマホを見ていた。


おすすめ記事に、また理人の記事が出ていた。


――伊達理人、全国でも存在感


莉央はスマホを投げるようにベッドに置いた。


見たくない。


でも見てしまう。


名前が目に入るだけで、胸がざわつく。


理人は何もしていない。


自分を責めているわけでもない。


復讐しているわけでもない。


ただ結果を出しているだけ。


ただ前へ進んでいるだけ。


それが一番苦しかった。


莉央は布団に顔を埋めた。


なんで。


なんであいつは。


なんで私は。


答えは、ずっと前から目の前にあった。


理人は自分と向き合ってきた。


美羽も向き合ってきた。


光も向き合ってきた。


莉央たちは、向き合わずに逃げてきた。


でも、まだ莉央はそこまで言葉にできなかった。


言葉にしてしまえば。


自分が壊れてしまいそうだった。


第11話「焦りの音」。


理人たちの勝利は、莉央たちを直接攻撃したわけではない。


だが、その結果は。


逃げ続けてきた者たちの足元を、静かに崩し始めていた。

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