七 もう暫く
それからも、椿に呼ばれてあちこち連れていかれた。
会うたびに成長していく椿の外見は、俺よりもう少し歳上になったところでとまった。どうやらそれが神使としての椿の姿らしい。
どうせだったら同い歳くらいだったらよかったのに、なんて。椿には言えないけど。
その日は海辺だった。
砂浜で光に囲まれて歌う椿。手を伸ばし、光に触れて。舞うように動く度に長い黒髪が流れるように広がって。集う人形を嬉しそうに眺めながら、一緒に澄んだ音を響かせる。
最初に感じた子どもらしくない妖艶さも神々しさも、今の椿だと違和感なんかなくて。
いつの間にか、見惚れてしまってる俺がいる。
来た時に見つけてたのか、それとも最初から目当ての店のある場所に連れてこられてるのか。
今日はテイクアウトのクリーム山盛りパンケーキをキラキラした目で見てる椿。
こんな時だけ子どもっぽいのは変わんねぇな。
「ほら」
椿の持つ皿に俺のチーズクリームのパンケーキも載せてやる。
いっつもふたつで迷ってるから、ふたつとも食べればいいだろって言うんだけど。それは贅沢だからと椿は頷かない。
だからもう一方を俺の分として買って分けてやることにしてる。
今日のは俺には食べきるのが大変そうだから、クリームの大半を椿に押し付けた。
「ありがとう」
見てるだけで甘ったるい皿を、とろけるみたいに甘い顔して眺める椿と。
その横顔を、多分情けなく緩んだ顔で見てるだろう俺と。
こうして並んで座るのは、もう何度目かな。
『これからもよろしく』って言われたけど、椿はもう元の姿に戻ってしまった。
俺はあと何回、こうして隣にいられるんだろう――。
パンケーキを先に食べ切った俺は、まだ隣で嬉しそうに食べてる椿の横顔をいつものように眺める。
この姿になってから、椿の髪には真っ赤な椿の花が一輪挿されるようになった。
日に当たったことがないんじゃないかと思うような白い肌とサラサラの黒髪と子ども姿の頃から変わらない黒い着物に、椿の花とその唇の赤さが一際鮮やかに映えて。
綺麗、だよな。
こっちまで背筋の伸びるような凛とした立ち姿も。
たんぽぽたちに見せる慈愛に溢れた眼差しも。
緩みきって甘いものを食べてる幸せそうな顔も。
どんな椿も、綺麗なんだよな。
そんな風に思うのは、相性がいいからなのか。
神の使いだからそういうものなのか。
それとも――。
「ありがとう、響」
椿の声に我に返ると、いつの間にか椿も俺を見てた。
「こんな風に過ごせるとは思っていなかった」
微笑む椿に、その言葉に、やっぱりと思う。
「……もう椿は元の姿なんだよな……」
「ああ。これ以上姿が変わることはない」
「……なら、神様の力はもう取り戻せたってことなのか?」
多分もうすぐこの仮契約はおわるんだろう。
そのあとどうなるのか、俺はまだ椿に聞けずにいる。
椿はちょっと驚いたように俺を見てから、吐息をつくように力を抜いた。
向けられた瞳がどこか嬉しそうに細められる。
「いや。主様は私のために優先して力を戻してくださっただけなのだ。なのでまだもう暫く手伝ってくれ」
「わかった」
ほっとしたのを顔に出さないように気をつけながら頷いて。
この流れであとのことを聞こうかと思ったけど。
どうしても、声にならなかった。
戻るか、と椿が手を出した。
頷いて手を取ると、そのまま空へと引っ張り上げられる。
華奢で細くても、今はちゃんと俺の手を包むほどの大きさの椿の手。
小さかった頃は握られてるって感覚だったけど。今はもう、手を繋いでるって感じで。
こっちは強く握らないよう気をつけてるのに、椿は全然気にした様子もなく、あの頃と同じようにぎゅっと握ってくる。
人の気も知らねぇでさ。
「響。うしろ」
椿に声をかけられてうしろを振り返ると、少し遠くなった海に陽の光がきらきらと映ってる。
足元の景色のように流れて飛ばない海は、視点が上空からだからこその広がりがあって。
「綺麗だな」
明るい陽射しの中、水辺線を見やる椿。
「そう、だな……」
俺にとってはこっちの方が――。
浮かんだ言葉は呑み込んで。
少しだけ、握る手を強くした。
「ではまた頼む」
「ああ」
にこりと笑い、椿が姿を消した。
家へと戻りながら、椿と繋いでた左手を握りしめる。
ホントはわかってるんだよ。
偉そうに見える態度と話し方も。
歌ってる間の神々しさも。
ふと見せる笑顔も。
外見が子どもだった頃からそんなに変わらないと思う一方で。
子どもの外見だったからこそ曖昧だっただけだと痛感する。
間違いなく、椿に惹かれてる俺。
――椿は神使。人ではないと。
俺は何度自分に言い聞かせたらいいんだろうな。




