四 暫くの間
「私は神使。要するに神の使いだ」
誰もいない公園のベンチ。隣に座る椿が世間話でもするみたいに話しだした。
神の使い。
唐突にそう言われても、そうなのか、としか思えない。
人ではありえない、それは今更だもんな。
前と同じように集まった光を全部取り込んで。また出てきた人形たちもおんなじようについてきて。そんな状況で、椿は説明すると言いだしたけど。
せめて座って落ち着かせろと話を遮って。今、こうして並んで座ってる。
「響と初めて逢ったあの近くに社があるのだが。宮司の交代が上手くいかず、主様の力が散らばってしまってな」
あんなところに神社なんてあったっけ?
最寄り駅付近ではあるけど。覚えがないな。
首を傾げる俺に、小さな社だからな、と気にした様子もない椿。
「落ち着いてはきたが、主様はまだ社を離れられぬ。故に私が集めているのだ」
つまり、椿がそこの神様の代わりに力を集めてるってことだよな。
なら、あの光が神様の力ってとこか。
……椿の膝の上の人形も俺の肩の上のこいつもそう……なのか? ひょっとして?
椿と反対側にいるちっこいのをちらりと見ると、こてんと首を傾げた。
くっ、動作がいちいちかわいいんだよッ!
「花、そして元の私とも繋がる名を持つが故に。響には私の唄が聞こえたようだな」
「元の私って?」
「囀るモノだと言っただろう」
だからなんだよ、囀るモノって。
まぁそれ以上は教えてくれそうにないからツッコまねぇけどさ。聞くべきことはほかにもあるしな。
「つまり、俺が花田響って名前だったから椿のことに気付けた、ってことか?」
「そういうことだ」
たかが名前で、って思うけど。そんなもんなのか。
「私も主様同様まだ本来の力はないが、響のお陰で広範囲に唄を届けることができる」
「なんで俺のお陰なんだよ」
「その名の通り。私の唄が響に共鳴して増幅している、ということだ」
俺はスピーカーかよ。
「それによって力の集まり具合も増している。こうして一度で姿が変わるくらいにな」
神様に力が戻れば椿も成長するってことか。こないだは幼稚園児だったのに今日は低学年だもんな。
ならそのうちおばあちゃんに……いや、聞くと絶対怒られるやつだな、これ。
ひとりそんなことを考えてると、じっと椿が俺を見てることに気付いた。
「響が私のことを夢物語とするならば、そこまでの縁だったのだが。響は忘れずにいてくれただろう?」
惹き込まれそうな、黒い瞳。
子どもらしい輪郭なのに、眼差しには艶があって。
……忘れられなかったんだよ。
「だからこそ改めて縁を結べた。ありがとう」
瞳を細めて笑うその顔は、やっぱり子どものそれじゃない。
なんとなく、椿から視線を逸らした。
「……だから今日は説明してくれたのか?」
「ああ。暫くの間、主様の力を取り戻す手伝いをしてほしい」
前を向いたままごまかすように聞いた俺に、椿は普通に返してくる。
いいけどさ、と答えると、またありがとうと言われた。
そういや、結局聞き忘れたけど。
『その覚悟があるのなら』って。どういう意味だったんだろうな。
まぁ、別にもういいんだけどさ。
急に色々あって、色々聞いて。まだちょっと混乱してる気もするけど。
まぁ手伝うって言ったって。俺は突っ立ってるだけでいいみたいだしな。
ベンチの背もたれにもたれると、その動きに驚いたのか、肩の上のちっこいのがぴょこんと飛び降りた。
「あ、ごめんな」
驚かせたかと思って謝ると、大丈夫というようにふるふる首を振られた。
手を近付けると、ペタペタ触ったあとによいしょとばかりに乗っかってくる。
……なんだろな、ただののっぺらぼうの人形なのに。このかわいらしさは。
「こいつも神様の力とやらなのか?」
右手と左手、交互に出すとよじ登ってくるちっこいのを眺めながら聞くと、まぁそうだな、と椿。
「少々混ざってしまっておるが、核はそうだ」
「混ざって……って?」
「その辺りに普通にいる、ほんの少し意思のある存在、とでも言おうか」
……地縛れ……いや、こいつはそんな怖いモンじゃない……はず……。
「本来その姿でいることに執着はないはずなのだがな」
戻ろうとしないって言ってたっけな。
俺の何を気に入ってくれたんだか。
よじ登るのに疲れたのか、今は俺の指に腕をかけてもたれる人形。
いつまでもこいつだとかちっこいのじゃ可愛そうだよな。
「なんて呼べば……」
「もうそやつは響と縁を持っておる。響が名をつけてやれ」
俺がつけていいのか?
椿の言葉が聞こえてたんだろうか、身体を起こしたちっこいのがなんか期待しながらこっち見てる気がする。
俺も椿も花の名なんだから、こいつもその方がいいよな、きっと。
白とも黄色ともいえない光だけど。白いとどうしても非常口のイメージだし、黄色ってことにして。
黄色の、小さな……。
「たんぽぽ、は?」
ちっこいのがこくこく頷いてくれた。
喜んでくれたのかな。




