二 縁あればまた
すごいことになってた。
黒髪、黒い目、黒い着物。黄緑に白の線の入った帯。
そんな女の子の周りを、いろんな大きさの光の球がふよふよ飛んでて。
足元にはいつの間にか人形の光が並んでて。
女の子の歌声と一緒になっていろんな音を出してる。
いろんな音って分かるのに、全部綺麗に纏まってて。
俺まで共鳴させながら、辺りに広がってくみたいで。
幻想的、なんてもんじゃない。
集まってきた光を嬉しそうに眺める女の子は、とても子どもには――この世のモノには見えなかった。
幼稚園児くらいなのに。
光の中、微笑む女の子はどこか妖艶で。
目が離せなかった。
歌に合わせて舞うみたいに次々光の球に触れて。触れられた光の球は粉々になって、その身体に吸い込まれていく。
淡い光の中に浮かび上がるその姿と。
何か大事なものを見守るようなその表情。
神々しいって言葉がしっくりくるような。
そんな光景だった。
光の球を全部取り込んで。足元にいた人形たちを小さな肩の上にちょこんと乗せて。
女の子の歌声は、さっきよりも暗さの増した空に吸い込まれていくみたいだった。
歌が途切れて、その残響も消えてから。
俺を見た女の子が、ふっと微笑む。
「ありがとう。お陰で助かった」
その声に、ずっとぼけっと見てたことに気付いた。
こんなちっちゃい子相手に。何考えてたんだろ、俺。
でも、俺を見上げるその子の顔は無邪気な子どものそれには見えない。
もうどう考えても普通でない状況に、普通でない子ども。
……まぁ、全然怖くはないんだけどな。
「俺なんにもしてねぇんだけど」
『手伝え』とか言われたけど。見てただけだもんな。
そう返すと、その子は驚いた顔をしてからちょっと嬉しそうに笑った。
「いや。響がいてくれたので歌いやすかった」
「突っ立ってただけなのに?」
「名には意味がある。相性がいいと言っただろう」
俺を見上げるその目から、視線を逸らせなくなる。
「私もまた、花の名を持つ囀るモノだからな」
囀るモノ、がなんのことかはわかんねぇけど。確かに俺のことも、花と音の名を持つって言ってたっけ。
……だから惹かれてきたのだとも。
目の前のこの子がただの小さい子に見えないのも、惹かれてるから……なわけないよな。
妖艶でも。神々しくても。
目の前にいるのは小さな子ども、余計なことは考えないでおこう。そう改めて思い直した。
「名前の『つばき』は木へんに春の椿?」
切り替えるために聞いた俺に、黒い目が懐かしそうに細められる。
「そうだ。好物なんだ」
椿食うのかよ?
「で、何がどうなってんだ?」
「何がとは?」
キョトンとした顔で椿が返してくる。
「何がとは? じゃねぇよ。わっけわかんねぇことだらけなんだよ、こっちは」
「そうか、まぁそうだろうな」
カラカラと笑う椿。
いや、笑い事じゃねぇから。
「気持ちはわかるが、今は聞かぬ方がいい」
不服そうに見てたのに気付いたのか、椿はすぐに笑うのをやめてそう言ってきた。
向けられる眼差しは真剣そのもの。
強く、諭すような――。
「名と同様、言葉にもまた縛る力がある。聞けば戻れぬ」
じっと、俺を見ている。
あどけなさなんてない。
どこまでも深い、黒い瞳。
「これ以上は、私から願うことではないからな」
「……俺が願えば答えてくれるのか?」
思わず聞いた俺に、椿はまた目を丸くしてから柔らかく微笑む。
「時期尚早だと言っただろう」
返された声は、どこか嬉しそうに聞こえたんだけど。
その理由はわからなかった。
ふと視線に気付いた。
椿の肩の上に並んだ人形。その一番端っこ、ほかのよりも一回りちっこいヤツがいて。
非常口のマークの白い人形みたいに目も鼻も口もないのっぺらぼうだけど、どうにも俺を見てる気がする。
俺が見てるのに気付いたのか、そのちっこいのが手を伸ばしてきた。
「触れるな」
ちょっと強めの椿の声に、俺も、そのちっこいのも出しかけた手を引っ込める。
「騙し討ちのような真似をするでない。選ぶ権利は響にあるのだから」
ここでも俺?
なんのことかと思ったけど、ちっこいのはどうやらわかったみたいで。手を引き寄せてしょんぼりうつむいた。
顔はないけど。動きで落ち込んでるってわかるよな。
「縁あればまた逢える。それまで待て」
宥めるように声をかけてから、椿は俺を見上げた。
「ありがとう、響。ではな」
「えっ? ちょっ……」
ぶわっと風が吹いて。
思わず瞑った目を開けた時には、もう椿の姿はなかった。




