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俺、この戦いが終わったら結婚するんだ③



 意識が浮上するのを感じる。

 目を閉じたまま、しばし頭に浸透してくる音に耳を傾けた。

 小鳥の囀ずりや、遠く風に揺れる草木の葉擦れ。

 寝惚けたままゆっくりと記憶を探ると、昨夜は修行の後、疲れ果てて森の中で倒れ込んだことを思い出した。


 無意識に寝返りを打つと、まるで子供をあやすかのように、さわさわと髪を撫でる優しい指の感触。

 頭の下には柔らかくてあたたかい素敵な枕があるのが感じられ、ほのかに漂う甘い香りが俺の心を安らがせる。

 このままもう一眠りしたい衝動をこらえ、静かに瞼を開いた。



「……おはよう、ティナ」


「おはようございます、渉様」



 文句なしに最高の目覚めだった。

 例え見上げた先の美少女が、拗ねた顔でこちらをジトっと見つめていたとしても。



「渉様は、わたくしの家より森で眠るほうがお好きなのですか?」


「まさか。できれば屋内のベッドでゆっくり寝たいかな」


「その割に昨夜は結局、部屋に戻ってこられませんでしたが?」


「いやいや、ちゃんと戻る予定だったんだが道に迷ってしまって、つい……な」



 どうやらティナさんは俺の回答がお気に召さなかったのか、嘘つきです……と小さく呟いて頬っぺたを軽くつねられた。

 全然痛くはないが、少しだけその指が震えていた。



「心配……したんですよ?あなた様がいなくなってしまわれたのではないかと」


「……ごめん」


「もう…………わたくしを置いていったりしないでください。ずっと、あなたのお傍にいたいのです……」



 彼女に心配を掛けてしまったことを申し訳なく思ったが、同時にここまで本気で想われていたのかと喜びを隠せない自分がいた。

 ティナの愛が重い。

 けれど、今まで生きてきた中で女性にこんな想いを向けられたことなど無かった。

 誰にも強く想われた経験のない俺にとって、それはあまりにも甘美で心地よい重さである。



 しかしどうしても気になる。

 人が誰かに強い愛情を抱くのには、必ず切欠や理由があるはずなのだ。

 故に、ティナは俺に何かを隠している。

 俺もティナのエッチな盗撮写真を隠している。

 お互い様だ。


 あ、いや駄目だ。

 現代社会では盗撮は犯罪だ。

 異世界の常識でもバレたら白い目で見られ、嫌われるかもしれない。

 だが、あの写真は魔物の攻撃方法を記録した希少性の高い学術的資料であり……ということは、やはりなんの問題もないな。

 ないに違いない。


 だから、今はこれでいい。

 結婚すれば、いつか必ず話してくれる日が来るのだろうから。



 立ち上がり、俺が眠っていた周辺で木々が根こそぎ消滅(・・)しているのを確認する。

 心に宿る確かな実感を胸に。

 罰と称して腕組みを強要されながら、俺はティナと仲良く家へ帰るのであった。







 現在時刻12:06

 討伐まで残り二日



 さあ、やって参りました!

 異世界メシの時間です。

 昨夜は魔法を試したくて、結局何も食べずに夢中になってしまった。

 先程膝枕で起きたのも昼前で、つまりハイネ村に到着して初めての食事ということになる。


 しかも嬉しいことにティナが作ってくれる。

 まだ嫁じゃないが、嫁の手料理だ。

 自慢にもならんが、女の子の手作り料理など家庭科の授業以外で食べたことがない。

 でも今日からはそんな悲しい日々とおさらばだ。

 万年日照りの俺が、ついにリア充の真似事ができるのかと思うと感慨深いな。


 広い家の中にティナパパことジークリンデさんと、ティナママ(ソフィアさんと言うらしい)の姿はない。

 ありがてえ。

 義父かっこ予定と同席して食事なぞ、ハードルが高すぎるからな。


 ハイネ村ではエルフ戦士団長たるジークリンデさんが村長としての役割も兼ねているが、オークの軍勢が接近しているからか、その対策に走り回っているようだ。

 また、一人では手が足りない部分をその妻ソフィアさんが補っている。

 村で評判のおしどり夫婦らしい。



 席に着いて少しぼうっとしていると、ティナが食材を持ってきてテーブルの上で調理を始めた。

 どうやら台所という概念は無いようだ。

 包丁代わりのナイフで食材をカットし、陶器の器に材料を入れて混ぜ合わせている。

 雰囲気としては、まるでお好み焼きの生地作りだ。

 しかし水道も見当たらないし、コンロも無い。

 この後どうするんだ?と観察していると、おもむろにティナが詠唱する。



「火よ、闇夜を照らせ!」



「おおっ」



 カルチャーショックだ。

 魔法は料理にも使う。

 これぞ異文化交流の醍醐味だな。


 ティナと学ぶ魔法講座その1。

 詠唱は現象を発生させるために用いるが、具体的な力の制御は各人のイメージによって成される。


 例えば先程の詠唱は小さな火を発生させるためのものだが、その後の焼き加減を制御したのはティナのイメージによるものだ。


 器の中にあった生地は見事なきつね色に焼けている。

 おそらくエルフの文化では、料理上手は魔法上手なのだろう。



「普段からこんなふうに料理をするのか?」


「いえ、外に釜戸があるので普通はそちらを使います。今日は渉様のためなので特別です」



 薄っすらと頬を染めて微笑み、もっとわたくしを見てほしいので……と付け加えた。

 可愛いことを言ってくれる。



「って、やっぱり魔法使わないのかよ!」


「だって、その……風刃の魔法を行使したときに熱い視線を受けましたので、てっきりそういうのがお好きなのかと」



 助けられた時か……確かに見惚れてたし、魔法とかのファンタジー要素も大好きだけども。



「違う。俺が見惚れたのは、魔法を使うティナが綺麗だったからだ!」



 あっ言っちゃった。

 恥ずかしいが止められない。

 思わず口からキザなセリフが飛び出す男。

 わたしです!

 ただし、こんなセリフを言っていいのは本来イケメンに限るのだ。

 俺はイケメンではないので、大変よろしくない。

 学生時代の闇が甦りそうになって悶えていると、ティナが一言。



「ありがとうございます」



 とても幸せそうな表情で言い放ち、俺は唇を奪われた。

 素敵な食事だった……。





 んっ?料理?

 味なんて覚えてないよ。

読んでくださっている皆様、ありがとうございます。

分かりにくい箇所とかあったら、遠慮なく罵ってください。

泣いて喜びますので。

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