俺、この戦いが終わったら結婚するんだ②
現在時刻16:54
ティナの家は村の中央にあたる一際大きな家だ。
自生した大樹の上に、木や植物を使って組み上げられたロマン溢れる建築。
村中の住居がそうして木の上に建てられ、互いに回廊で繋がれた姿は、さながら森林の中に浮かぶ空中庭園とでもいうべき美しさだ。
案内された客間の窓から眺める景色はひどく浮世離れしていて、つい昨日の夜中までコンクリートジャングルの中で囚われの身となっていたことを思い出す。
たった半日程度で生活が一変した。
自宅がダンジョンに変わり、逃げた先で別のダンジョンに取り込まれ、ゴブリンを仕留め、ティナを救い救われ、おそらく現代人初のエルフ美少女の膝枕を味わい、プロポーズした。
なんだそれは。
我ながら声をあげて笑ってしまう。
「あっ、申し訳ありません。くすぐったかったですか?」
「いや、違うんだ。ちょっとした思い出し笑いだよ」
ティナはここに着いてからずっと、甲斐甲斐しくお世話をしてくれていた。
こうしてる今も、夜から動き詰めで汗だくになった俺の身体を布で丁寧に拭いてくれている。
時折彼女のしなやかな指が素肌を撫でて、なんとも気恥ずかしい。
自分で拭くと言ったのだが、任せてくださいと譲らなかったのだ。
わたくしのご奉仕はお嫌ですか?なんて泣きそうな顔で言われたら、こちらとしては降参するしかあるまい。
聞きたいことは山ほどあった。
が、まずこれだけは確認しなければならない。
「なあ、どうしてそんなに……俺のことを?」
彼女の行動や言動の端々から感じる強い好意、もしくは愛情と呼べるもの。
断じて出会ったばかりの異性に向けられるものではないだろう。
「ふふっ、それはあなたがわたくしの運命の人だからです」
どこか悪戯っぽく、可愛らしい笑みを浮かべるティナに俺の心は撃ち抜かれるばかりだ。
さっきからこの調子ではぐらかされる。
仕方ない別の質問をしよう。
「ごほんっ、じゃあ質問を変える。どうして急に会話できるようになった?」
「ハイネ村周辺では、わたくしたちエルフの加護が働いています。これは濃密な魔力の塊で、強力な魔法の使用は言うに及ばす、魔力を利用した特殊な意志の疎通も可能とします。……ですから残念ながら、渉様のお言葉自体の意味を理解できているわけではないのです」
なるほど、念話のようなものなのか。
違和感なく喋っているように感じるが、それこそが能力の真髄で実際には言葉で会話しているわけではないのだろう。
「それで村近くになって急に俺を引っ張っていったのか?」
「ええっと、あれはその……早く貴方様とお話したくてと申しますか……」
その後のやり取りを思い出したのか、真っ赤に頬を染めると、まるでごまかすかのように俺の胸元にコツンと顔を埋める。
彼女の可愛らしい表情が隠れ、艶やかに輝く黄金色の髪がサラリと揺れた。
鼻孔をくすぐる女性特有の甘やかな香りと、身体に触れる柔らかな感触。
ティナはかなりスキンシップが激しい性質のようで、なにかとくっついてきたり、肌をスリスリしたり、抱きついて来たりと大変心臓によろしくない。
やめて、俺の理性ゲージが崩壊寸前よ!
この様子であれば、おそらくこのまま押し倒しても彼女は拒まないだろう。
だが、ここで手を出すわけにはいかない。
いかに最低な俺とて、守るべき矜持や誇りくらいは持ち合わせているのだ。
すべてはオークを討伐してから。
そのためにはまだ聞かなければならない情報がある。
今の俺ではきっと戦う力が足りない。
強くなって、この娘の想いに応えてみせる。
だから、そのために…………。
「ティナ、魔法について教えてくれないか?」
現在時刻21:38
討伐まで残り三日
見上げた空は青い不思議な光に覆われている。
夜の闇が覆うことも、日の光が差すこともない幻想的な空。
このハイネ村も広大な森も、すべてダンジョンの内部に存在し、村人達はそのことに違和感を覚えている様子もない。
エルフを始めとした妖精たちの国アルフヘイムは、ダンジョン内部で他のダンジョンと有機的に連結し、様々な階層を形成して存在している。
が、ダンジョンすべてが妖精族の支配下にあるわけではない。
魔王を頂点とした魔族の国、人の住む複数の王国なども存在し、主に下層領域の多くが彼らのものとなっている。
妖精が地上への出口に遠征することはなく、ダンジョンの外の世界についてもまた、ほとんど知っていることはない。
ティナに確認した世界のあらましは、実に奇妙で不可思議に満ちていた。
俺の世界の現状や、昨夜始まったダンジョンの出現について話すと、大層驚かれた。
この森に出現しているオークの軍勢については、妖精族にとって特に珍しいことではないそうだ。
以前から妖精と人間に等しく牙を剥く魔族は、種族特有で個体数の多いオークを使ってあちらこちらに度々侵攻を繰り返し、略奪や暴力の限りを尽くして去っていく。
やっぱり俺の危惧した通りじゃないか!
話を聞いて益々闘志を掻き立てられた俺は、一人村近くの森で修行を開始した。
ティナに聞いた魔法の概念をある程度理解し、人の身でも使えるものであることが分かったのだ。
問題は三日後までに俺が実戦レベルで使いこなせるようになるか否かである。
頑なについてくると言って聞かないティナを説き伏せ、一人でここに来たのは只の見栄だ。
努力している姿も、無様を晒すのも見せたくなかった。
曰く、魔法とは世界の理への干渉である。
曰く、詠唱とは理への伝達手段である。
曰く、魔力とは理を顕現するための燃料である。
人間が魔法を使えない主な理由は、魔力の感知や操作に関する感覚が鈍いからだ。
ならばそれを解決すれば俺にも魔法が使える……はずだ。
あとは地道に検証し、身につけるだけだ。
筆致が安定しないのは仕様です……。




