ACT 2-8
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そいつは、とても綺麗な剣を持って現れた。
そいつは、とても綺麗な刀を持って現れた。
……剣は、まるで槍のような形状をしていた。
……刀は、おおよそ刀とは言えない大剣のような形状をしていた。
―――なにも恐れず、剣はその切れ先を、敵に向けた。
―――なにも躊躇わず、刀はその切れ先を、敵に向けた。
巨大な力は、いつしか周りも壊してしまう。
物であったり、人間であったり……様々だ。大きな力はいつか、身すらも滅ぼしてしまうものだと、学んだ。
だからこそ、巨大な力を手に入れたとき、人はそれをコントロールする術を学ぶ。暴力にしろ、金にしろ、権力にしろ、それを上手く扱い、それを使役する力を人々は学んでいくのである。無論、間違えた学び方をして、間違った使い方をしている人間もいるだろう。しかしそれはあくまで人間社会の中での犯罪。自分を繁栄させる使い方としては、なにひとつ間違えてはいない。
剣は、その為のひとつ。
力。
それを人間が得る為に作られた初めてのモノである。
人間はそれを基準にすべてを具現とし、力とした。武器とした。
故に、人の心を移すそのものと言っても過言ではなく―――
それを壊す事は、人の心を壊すのと同義であった。
ぶつかったのは、まだビルが原型を留めていたときの話だ。すぐに、次の一閃がくる。
だから乾いた音が響いたのだ。
剣と剣。鉄と鉄。心と心。
それらがぶつかった瞬間、この周辺には乾いた音が響いた。それは聴こうと思って聴けるものではなく、聴かないようにしても聴こえてしまう、そんな不条理の塊でできている。
それに引き寄せられたのは彼女だった。
神代優愛。
……ここで、ふたつの影が踊る光景を見るべき運命にあった少女。
黒い影と影、剣と剣がぶつかり合うと、その衝撃で、ビルの一部が倒壊した。次の瞬間、このビルの中を通っていたガスが漏れ始め、剣同士がぶつかり合うときに発せられた火花を原因に発火した。いや、爆発だ。
普通、そこで中にいた人間が生きている事などなかなかない。しかし、彼らにとって、死を回避する事は、爆発音を最小限に留める事は、造作もなかった。
その剣は不可能を可能にする。願えば、それはその通りに運命を捻じ曲げる。その力をもってしても叶えられぬ願いは……
戦いの果てに、すべての剣を集める事によって叶えられるだろう。
踊る。踊る。踊る。
爆破が終わり、火災になって、ビルが崩れ始めた中で、黒い影たちはそうして戦いを続けていたのである。
ここで決着をつける。これ以上、同じ顔を見なくてもいいように。ひとりでも、戦う回数を減らすように。少しでも……勝利に近づくように。その腕を振るい続けるのだ。
剣が交錯する。
―――一合、二合、三合―――一閃、二閃、三閃―――
そのたびに、乾いた音が響いた。ビルの外に、音が響く事は稀だ。交錯するたびに響く剣がぶつかり合う乾いた音は、通常の人間には恐らく聴こえないだろう。この剣とは、そう言ったものだ。
もし聴こえるのだとすれば、それはおかしい。異常だ。もしかしたら、同じように剣を持っている人間かもしれない。
果たして、神代優愛ははっきりと、その剣の姿を黙認し、戦いの光景を眺めていたのである。
現実とはなんなのか。今、生きているここはなんなのか。思わず、そう思ってしまった。
「なに……これ」
しぼりでてきた言葉は、それだけであった。
誰もが思い、当たり前のように口にしてしまう言葉だろう。この光景を前にして、普通の人間が、普通に思う感情である。
「なにこれ」
心臓の鼓動が早くなる。今まで感じた事のない鼓動の早さに、胸が痛い、息苦しい……
過呼吸になってしまいそうである。
「なにこれ」
ただの火事だったらよかった。いつもと違う現実、非日常に対して胸は高鳴り、少し自分が特別な日常に放り込まれたような気がしたからだ。喩え、その火事によって誰かが死んでしまったとしても、所詮は他人事。自分の周辺に影響がある訳ではない。
特別とは誰かの不幸や、災厄にともなって現れる。今日の事も、それで良いと思っていた。
そう考えるのはとても自然な事で、普通だ。誰もが、普通でありたいと願いながら、その実、普通じゃない事も求めている。矛盾と云う感覚の中で生きている。
「なにこれ」
しかしそれにも限度と云うものが存在している。
人間が許容できる範囲には限界があり、その限界を越えた非日常は有害である。精神的にも、肉体的にも、それは容赦なく牙を向く。
本能と同じで、制御の効かなくなった感情は、壊れてしまう。オーバーロードして、ショートして、すべてが、破壊され尽くしてしまう。
―――まさにそれだ。目の前の火事は、ただの火事ではない。彼女の思考回路を越えた非日常なのである。
炎の中で人間が踊っている。しかも、異形の剣を持って。
これはまるで……
「あのときの、夢……ッ!」
それと同じ。いや、完全な同一ではない。あのときは、別のビルでの戦いであった。この場所ではない。しかも、火災で燃えてはいなかった上に、崩れてもいない。
最後に、戦っていたのは自分だった。戦っていた相手は覚えていないが、あそこで踊っているふたりではないと、何故か解る。
隠れる事も忘れ、その場所で腰を抜かしたまま、座りこんでいる。ふたつの影が、炎の向こう側で交錯している姿を見ながら、どうしていいのか、解らないままここにいる。
逃げ出したい本能はとうの昔に壊れている。もう、ここから動けない。ずっと座ったまま、誰かに連れていって貰えるときを待っている。
もしくは、殺されてしまうときを待っているしかない。
鈍い音がはっきりと聴こえるようになってきた。戦いが行われている光景を眺め続けてどれぐらいの時間が経ったのか解らないが、徐々にその戦いの音は大きくなっていき、優愛の耳に響いてくる。逆に、火災が起こっていると云うのにその音や、ビルの壁が崩れる音などが、遠ざかっていくのだ。
鮮明になっていく、戦いの音と光景。奥で戦っているのはただの人間で、それ以上でも、それ以下でもない―――はずなのだ。
それが違う。剣を握って、炎の中で踊っているだけで、それは日常を侵食する、人間じゃないなにか。
ただ、そんな光景を眺めている事しかできないのだ。
鈍い音が何度かなったあと、その音は突然姿を消した。
殺し続けるのは、常に相手の心と、自分の心の痛み。
顕現するのは、剣。『心の剣』。
それを使い打ち合い、壊し合い―――残す。心を許し、心を介して、この世を知る。それが、心の真理だと知る。
ひたすらにそれを続けてきたのは、恐らく、今までそれを行い、完成した人間がいないからだ。だからこそ、こうして戦いを続ける。
知っているが……
「く―――ッ」
……思わず苦悶の感情を口に出してしまった。
「動きが鈍いじゃないか『セカンド』」
相手が話しかけてくるほど、こちらの動きはあまりよくなく、そして相手には余裕があるらしい。
「生憎、これがいつもの調子でね」
精一杯、強がってみるが、今日の調子がよくないのは認める。自分でも驚くぐらい、体調がすぐれない。それだと言うのに……見つかってしまったのだから、戦うしかないではないか。
できれば見逃して貰いたかったが、今日はそうはいかなかったらしい。こうして、人気のないところに『結界』を展開して、戦いを開始したのだが、どうやら結界が完全ではなかったらしい。攻撃は貫通し、ビルを破壊してしまったらしい。
つまり……ここには人がいる可能性もある、と言う訳だが、そのあたりはあまり心配がない。
確かに結界は完全ではなかったかもしれないが、この戦い自身をジャミングする能力はそのままのはずだ。それに加えて、この剣を使っている以上、自分たちの姿を認識できる人間はいない。
だがもしそれを認識できる人間が居るのだとすれば―――
「……」
「―――ッ!」
―――それも、この戦いを知っている人間だろう。
気づいた。相手も気づいている。当然、向こうもこちらの姿を完全に把握している。
「新しい参加者か? ……残っている役職は……『センター』と『ピッチャー』か」
「……こっちの戦いが終わっていない」
「オマエよりもあっちの方が、食べがいがありそうだがな」
それはどう云う意味か、聴く必要性もない。
剣を構えて、男に向かって斬りかかるが、男の行動は早かった。跳躍して、結界の外に出ると、その少女の目の前に立った。
舌打ちして『セカンド』と呼ばれた男はそのあとを追う。
それは、突然目の前に現れた。
「よぅ、お譲ちゃん」
姿を消した音。その理由は、自分の存在を、戦いをしているふたりに悟られたからである。
「あ……あの……」
なんと言えばいいのだろうか。本来なら、ここで悲鳴をあげるタイミングのはずなのだが……
残念ながら、彼女の喉からそんな大きな声は出なかった。このような状況で、人は、本当に大きな声を感情的にあげられるほど、完成されてはいなかったらしい。
男の姿は、どこにでも居る、普通のサラリーマンの男性に見える。格好も、戦っているときにはあまり見えなかったが、スーツを着ている。
普通と違うのは……その右腕に握られた、異形の剣だ。
何故それを剣だと認識したのかは解らない。見た目は明らかに、剣とはとても言い難い代物だからだ。一目見た瞬間に、それが剣だと解ったのは、まさに本能、心が、それがそうだと教えてくれたからである。
……が、この状況をどうすればいいのかまでは、教えてくれなかったらしい。
「あ……あ……」
刹那、あとを追ってきた人物が、後ろから彼に斬りかかった。
「危ない!」
そのときは声が出た。何故だか解らないが、出てしまったのだ。
男はすぐに反応した。後ろから斬りかかってきた人物の一閃を、振り返る事なく受け止めた。
「危ないじゃないか」
最初から解っていたのだ。自らを攻撃する素振りを見せれば、あの人物が後ろから斬りかかってくると、解っていたのだ。
今がチャンスだと、優愛は思った。
一目散に、背中を見せて走り出した。
あそこは危険だ。殺される。殺される。殺される。きっと殺される。あの光景を見たからだ、目撃者は殺される。違いない。根拠はないが、恐らくそうだ。
優愛の頭の中に出てきたのはいつだったか見た、夜のサスペンスドラマに出てきたよくある光景だ。真実を知ってしまったから消されると云うのは、ありきたりな展開なのである。しかし、犯罪を行った人間が逃げる為には必要な事なのだ。
それと同じで、今、優愛は何気ない興味本位に駆られてあの場所にたどり着き、現場を目撃してしまった。
殺される。
それしかない。
あの光景を知らないと言えるのは当事者だけで、第三者は平気でありのままの真実を話す。それが知らない赤の他人の事なら尚更だ。
走り抜ける。とにかく遠くに逃げなければならない。頭に血が回らない……ふらふらする頭を抱えて走る。途中何度か休憩を入れつつも、歩く事は辞めない。後ろを振り向いて、負ってきていないかも確認する。……誰もいない。
ふと、空を見るとあのときの赤さはさらに赤みを増しており、遠くでは消防車と救急車のサイレンが鳴り響いている。やっと、自分以外の誰かが火災に気づいたらしい。
落ち着いて周囲を見渡してみると、ここは自分の住んでいるアパートとはまったくの逆方向の場所である事に気づく。いつの間にか、学校の前を走りぬけて、そのまた向こう側へと向かって行ったらしい。
だが、まだ足りない。あの人間たちはあのような爆風の中でも、炎の中でも戦っていたような人間である。常識で測れないなにかを持っている。こんな場所では……まだ、近過ぎる。
この先には行った事がない。行く用事がないので、それ以上の事は知らないのである。故に、これから先に向かうのであれば、土地勘のない場所を走っていかなければならない、と云う事になる。
命を奪われるよりは幾分かましであろう、と思い、優愛は走り出す。
最初こそは閑静な住宅街だったのであるが、その内、いつも行く中心街と同じようにビル群が姿を現してきた。そろそろ、隣町だろうか……? ビルを見て、そう思う。
…………どれほどのときを走ったのかは解らないが…………いつの間にか優愛は、隣町の駅前まで来てしまっていたのだ。
「……、―――ッ、―――ッ」
もうこれ以上声は出ない。かすれてしまっていて、息をするのすら苦しい。
肩を上下させて呼吸をする。目眩がする。このまま倒れてしまいそうだ。
駅のところにあるベンチに腰をかけると、すぐに、ここでは目立つと悟り影のあるオブジェのところに移動した。
周辺に人の気配はない。通行人はおらず、駅前には優愛しかいない。静寂に包まれた空間にひとり居る光景は、第三者視点からみれば、絵にはなっている。
しかし―――
「ここ、どこだろう……」
隣町の駅と云う事は駅名を見れば解る。が、実際にはここに来た試しがない。故に、どうしようもないのである。
無我夢中でここまで走ってきたせいか、どの道を通って行けば自分の住んでいたアパートに戻れるのかどうかが解らない。この場所を動くと、またあのときの人間に襲われるのではないかと思えば、ここから動けなかった。
このまま朝日が昇るのを待って、始発の電車に乗るしか方法はない……
「結構長い事逃げたな」
…………………………それは、すぐそこに居た。
「え」
思わず短く呟いた。
そこにいる、異形の剣を持ったスーツ姿の男。
あのとき逃げ出した、逃げ切ったと思った。あのとき、後ろにいた人間はどうしたのだろうか? よく見えなかったが、年齢は自分と同じぐらいだっただろうか。
「コイツが見えているって事は……やっぱり、参加者か。―――で? オマエは一体どこのポジションの人間なんだ?」
「……」
この男がなにを言っているのか、解らない。
参加者?
ポジション?
……一体なんの話をしているのだろうか?
「まぁなんにせよ……ここで死んでもらうしかないんだがな。見えている以上参加者だが、そうじゃなかった事を考えるとあとあと面倒だ。
まぁ、剣を出せないなら仕方ないよな。死んでもらっても。殺してしまえば、もし参加者だったとしたら勝利に近づくし、そうじゃなかったとしても特異ケースの人間を排除した事になるし。まさに一石二鳥だ」
解らない。
この人間の言っている言葉が……解らない。
「んじゃ、またな」
……剣が振り上げられる。それが落ちてきて、頭から、足元まできたところで、自分は真ふたつに割れてしまうのだろうか。
「イヤだ」
それは、正常な拒絶反応だった。
―――――――――イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ。
死ぬのは、怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。
喩え、どれだけ人類が滅びようとも、自分だけは生き残りたい。
ひたすらに、生き延びたい――――――――ッ!
それは、いかなるものなのか。
それは、いかなる願いなのか。
真なる願いか。新なる願いなのか。それとも、神なる願いなのか……
それは優愛自身にも解らない。ただ、〝心の底から〟死にたくないと思った。
すべての生命がそうであるように、生き物は死を恐れるモノである。有限の時間を生き、無限ではないなにかを作りあげる。どうしようなく、時に縛られた存在なのである。
ひたすらに生き続けたいと云う願いは、生殖行為に現れている。彼らは、自分たちの生命の種がひたすらに、生き続ける。種として繁栄する事を、無意識に望み、そうなるようにプログラムされているのである。
故に、どれだけ人間は地球と云う世界を破壊しても、生き続ける。たったひとりになっても、生き続けるのだ。強い意志と、生にしがみつくだけの、本能を持っているからだ。
神代優愛は、今まさに、生にしがみついている状態だ。死ぬべくして、死ぬ状況にあると云うのに、それを拒否してでも生きたいと願っているからだ。
それは充分過ぎる、生きる意味。心からの叫びだ。
答えるべき、与えるべき。器と魂。心からの願いに呼応して、それは始まる。
距離感は関係ない。望めばすぐそこにある。望まなければ、永久に手に入らない場所にそれはある。この世と、そうじゃない場所と、まったく違うベクトルに存在しているそれは、まさに、人の深層心理と云う名の世界に存在している代物だ。
願いはない。ただ、純粋な生への執着心によって、それは現れ、優愛はそれを―――握ったのだ。
「……ッ!」
鈍い音が響いて、男の一閃がはじき返された。……一瞬、なにが起こったのか理解できなかった。
目の前の光景が反転したかのような、ほんの一瞬の暗闇。最初は、周囲の電灯がすべて止まってしまったものかと思った。実際、周囲の電灯はいつの間にか止まっており、暗い道をさらに暗闇に染めている。
それだけではないと感じたのは、その次の刹那だった。
「な―――」
に、と言いたかったのか。
刹那、彼の体は何者かに体当たりされて、後ろの方へと飛ばされていたのだ。一閃をはじき返されてからすぐの事だ。
彼女に向かって剣を振るい、その数秒後には逆に倒れている格好になっている。
なにが起きたのか…………
違う。解っている。
どうしてそうなったのか、解っているのだが……それを認めたくない自分がいる。
果たして、優愛の目の前には、ひとりの男が立っていた。―――糸ひとつ、まとわぬ姿で。
静寂の夜。
突如として現れた男は、首だけを捻って優愛を見て、ひとつ、笑いを作った。
まったくもって理解が追いつかない。日常と別れを告げる、最後の夜。
……優愛の今いる現実は崩れて、違う現実が、再構築された瞬間であった。
見ない顔だ。先ほどまで戦っていたセカンドとも違う。初対面の男だ。
一体どこから現れたのか。そして、見た様子、自らの剣をはじき返せるような得物を持っているようにも見えない。つまり、この全裸の男は、素手でこの一閃をはじき飛ばした事になる。
考えろ。この状況を。彼女は明らかにイレギュラーな存在で、そしてこの剣を目視している。彼女が生命の危機に陥った瞬間に現れた男。でき過ぎている。
剣を握る手に汗がにじむ。この男は一体なんなのか……。そればかりが頭の中でループしている。
「来ないのか?」
静かに、突然現れた全裸の男が口にした。
「―――ぁ」
その後ろ姿を、優愛が眺めている。なにがどうしてこうなったのか、解っていない顔をしている。
いいだろう。男は静かに頷き、剣を構えた。
「小手調べだ」
自分に言い聞かせるように呟くと、男は異形の剣を低く構えて、駆ける。
スーツ姿の男の足にはいているローファーと地面がぶつかる乾いた音だけが響く。距離にして、ざっと三メートル。そこまで遠くはない。だが、ここで速度を抑えて行くのは自殺行為。全力で掛からなければ、不意の事態に対処できない。
正面からぶつかった。
乾いた音が周囲一帯に響く。
「な……」
一体どのような方法でこの男は剣に対処するのか、気になっていたが……まさかそのままの方法とは思わなかった。
男は素手で、男の剣と渡り合っていた。
剣を引いて、一歩、二歩、男は下がった。
〝なんだ、今のは〟
目の前の全裸の男に、外傷はなにひとつ見当たらない。剣で斬りかかったと云うのに、傷ひとつ、血ひとつ流れていないのである。
手ごたえはあったが、なにか、硬いものにぶつかって出た音がした。つまり、今の音は、この男の腕から発せられた音だとでも言うのだろうか?
解せない。こんな人間、見た事がない。
否、本当に人間なのだろうか……
次の一手を考えなければならない。そうしたところで、こちらに向かってくる剣の気配を感じる。
「セカンド! 思ったより早かったな……」
目の前の男の件もある。それに、ここでセカンドが入ってくれば戦場は混沌状態になる。全裸の男は明らかに自分に対する敵意を持っている。加えてここにやってくるセカンドもまた、自分を倒そうとして戦っていた訳なのだから敵だろう。
二対一―――誰が見ても不利だ。そのような状況になったとき、打破できる術はない。
〝『完全開放』をすれば話は別だが……〟
今はそのときではない、と付け加える。
―――ならば、やるべき事は解っている。
男は次なる一手を考える事もなく、剣をいずこかへと消したあと、その場から走って姿を消した。最初こそ、駅前に走る後ろ姿が見えていたが、それも最初だけ、すぐに、ビル群の中に入って行って、見えなくなった。
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鈍い音、エンジンの音だ。
男が去って間もなくして、駅のところに見覚えのあるバイクが止まって、優愛は目を見開いた。
「大丈夫だった!?」
……バイクから降りてきたのは、山田悠里だった。一体どうしてここが解ったのか、などと云うどうでも良い思考をしつつ、やっと、安心できる状況になったように思えた。
「思ったより、早い段階で覚醒したみたいね」
「……は?」
訳の解らない質問に対して、優愛は首を傾げる。すると、悠里は指を突然現れた全裸の男を指し示した。
「―――ひ……っ」
今落ち着いてようやく気づいた。男は全裸だった。思わず、顔を朱に染めて優愛は手で覆う。
一体いつからここにいるのだろうか。どうして全裸なのか。何故、自らを助けてくれたのか……言いたい事は山ほどあるが、今はそんな事よりも……
「アレ、なんだったんですか……?」
それが知りたかったのだ。
「それを説明する為に、これから向かうのよ。―――と、乱入者か」
あのときと同じように、悠里の雰囲気が変わった。冷たい表情になると、ビルの向こう側を見る。
駅の向かい側のビルの上に小さな人影。それが飛び降りて、何事もなく地面に足をついたときには、驚いた。しかし、今ここで起きていた事態と同じで、紛れもない現実である事は、解っている。
それは、先ほどまでここにいて、自分を殺そうとしていた男と戦っていた人物であった。あのときはよく見えなかったが、同い年ぐらいの青年に見える。
「……」
状況が上手く飲み込めないらしい。周辺を見渡して、自分と戦っていた人物を探すが、その姿は見られない。代わりにいるのは、先ほど逃げた少女と、全裸の男と、もうひとり見ない顔をした女性のみである。
事態はどうなっているのか不明だが、どちらにしろ、戦っていた男を撤退させ、ここにて集結していると云う事になる。
「ひとまずは、安心かな」
そう、思わず青年は呟いた。視線は、優愛の方に向いている。
「なにもしらない人間を殺すのは気が引けるし」
「……え」
青年がなにを言っているのか優愛には解らなかったが、とにかく、彼は敵ではないようだ。
「丁度良い。キミも一緒に来て貰おうか」
悠里が青年を見ながら言う。青年は少し考えたあと、頷いた。




