世界を壊す者
「……は?」
レインは固まった。
ミナも耳をぴくりと震わせる。
「ちょっと待って。それどういう意味?」
セリアは感情の薄い瞳のまま答えた。
「言葉通り」
「いや全然分かんないんだけど!?」
ミナが声を上げる。
だがセリアは淡々としていた。
「“継承者”は、この世界では存在してはいけない力。確認されている限り、過去に現れた継承者は全員、最終的に世界規模の災害を引き起こしている」
レインの背筋が冷える。
「……そんなの、俺がやったみたいな言い方だな」
「まだやってない」
セリアは即答した。
「でも可能性はある」
「おい」
思わず声が低くなる。
だがセリアは視線を逸らさなかった。
「あなた、自分で分かってるはず。あの戦いの時、自分じゃない感覚が流れ込んできたでしょ」
「……」
否定できない。
剣聖ゼノス。
知らない記憶。
知らない戦い。
あれは異常だった。
「継承は、力だけを奪う能力じゃない」
セリアが続ける。
「記憶、人格、感情……全部流れ込む。継承を繰り返せば、いずれ“自分”が壊れる」
レインは拳を握る。
夢の中のゼノスを思い出す。
あれは本当に夢だったのか?
「じゃあ……俺はどうなるんだ」
「分からない」
セリアは静かに答える。
「でも黒い月が出た時点で、もう普通じゃない」
その言葉に、診療所の空気が重くなる。
黒い月。
あれが現れてから全てが始まった。
その時。
コンコン、と扉が叩かれた。
「入るぞ」
ガルドだった。
村長は部屋へ入るなり、レインを見た。
「起きたか」
「……村長」
ガルドは腕を組み、セリアへ視線を向ける。
「話は済んだか」
「ある程度は」
どうやら二人は既に話していたらしい。
レインは違和感を覚える。
「……知り合いなのか?」
「昨日知ったばかりだ」
ガルドは椅子へ腰を下ろした。
「だが、この嬢ちゃんは王都の魔法学院所属らしい」
「王都……?」
辺境村のレインからすれば、ほとんど別世界だ。
セリアは短く頷く。
「調査任務中だった。黒い月の観測と、高位魔物の異常発生について」
「つまり、あの化け物は偶然じゃないってことか」
「うん」
セリアは窓の外を見る。
昼なのに、空には薄く黒い月が浮かんでいた。
「黒月出現以降、各地で魔物が異常進化してる」
ガルドが低く呟く。
「……嫌な時代になりそうだ」
その時だった。
外から慌ただしい足音が聞こえる。
「村長!!」
若い男が飛び込んできた。
「大変です! 森にまた魔物が!」
「数は!?」
「わ、分かりません! でも……」
男の顔が青ざめる。
「全部、赤い目をしてます……!」
部屋の空気が凍った。
ガルドが立ち上がる。
「チッ、早すぎる……!」
セリアも即座に窓へ向かった。
「黒月の影響が広がってる」
レインはベッドから降りる。
「俺も行く」
「駄目!」
ミナが即座に止めた。
「三日寝込んでたんだよ!?」
「でも――」
「でもじゃない!」
珍しく強い口調だった。
ミナの耳が怒ったように立っている。
「また倒れたらどうすんの!」
レインは言葉に詰まる。
するとセリアがこちらを見た。
「……来るなら止めない」
「セリア!?」
「ただし」
セリアの青い瞳が細められる。
「死ぬ可能性は高い」
レインは苦笑した。
「それ、脅しになってない」
「本気」
セリアは真顔だった。
だがレインは窓の外を見る。
不安そうに逃げる村人たち。
泣いている子供。
震えている大人。
そして頭の中に蘇る、“前世の後悔”。
『また守れなかった』
あの感覚を、もう味わいたくない。
レインはゆっくり立ち上がる。
「……俺、行くよ」
ミナが唇を噛む。
数秒沈黙した後。
「……じゃあ私も行く」
「え?」
「一人で行かせるわけないでしょ」
ミナは腰の短剣を抜く。
震えていた。
怖いのだ。
それでも、逃げない。
レインは少し笑った。
「無茶するなよ」
「それ、今のレインが言う?」
その時。
セリアが小さく呟いた。
「……変」
「何が?」
「普通の人間なら、継承者を怖がる」
だがミナは即答した。
「レインはレインだもん」
セリアは少しだけ目を見開いた。
まるで、理解できないものを見るように。
そして。
診療所の外から、獣の咆哮が響く。
戦いが、また始まろうとしていた。




