残響
空は、確かに元に戻っていた。
王都の風も、人の声も、遠くの鐘の音も戻っている。
それでも――どこかが“ひとつずれている”。
レインは地面に片膝をついたまま、ゆっくりと息を吐いた。
「……終わった、んだよな?」
問いというより確認だった。
ゼノスはすぐには答えない。
その沈黙が、いつもより重い。
『表層干渉は終了した』
ミナが駆け寄る。
「レイン!!」
勢いよく肩を掴む。
「ほんとに戻ってる!?どこも欠けてない!?」
「うるせぇ……痛ぇ……」
セリアも息を吐く。
「空間の異常値、消失……少なくとも“見える範囲”では正常ね」
リシアは涙を拭いながら笑う。
「よかった……」
ネアだけが、まだ空を見ていた。
「……違う」
小さく。
誰にも届くかどうかの声で。
レインが顔を上げる。
「何が違うんだよ」
ネアは空の奥を指さす。
「まだいる」
その瞬間。
空の“奥行き”がわずかに揺れた。
――キィン。
耳鳴りのような音。
レインの視界の端に、一瞬だけ“ノイズ”が走る。
ミナが首をかしげる。
「今、なんか変じゃなかった?」
セリアは眉をひそめる。
「魔力反応……また薄くなってる?」
リシアが不安そうに空を見る。
「戻ってきてるんじゃなくて……“上書きの跡”が残ってる?」
ゼノスが静かに言う。
『残響だ』
レインが立ち上がる。
「残響?」
『起源接触の痕跡だ』
その言葉で、空気が少し冷える。
ネアは静かに言った。
「完全には消えてない」
「むしろ、刻まれてる」
レインは空を睨む。
「刻まれてるって何にだよ」
ゼノスは答える。
『世界そのものだ』
沈黙。
ミナが小さく呟く。
「それ、やばいやつじゃん……」
セリアも苦い顔をする。
「一度“外”と繋がった以上、痕は残る……」
リシアは不安げに言う。
「また来るの?」
ゼノスは一瞬だけ間を置いた。
『来る』
『ただし“同じ形では来ない”』
レインが舌打ちする。
「一番嫌なやつじゃねぇかそれ」
そのときだった。
――パキ。
ごく小さな音。
誰も気づかないほど小さな。
だが確かに“世界のどこか”が割れた音。
ネアだけが顔を上げる。
「……今の」
レインも気づく。
「聞こえた」
ミナが周囲を見る。
「え、どこ?」
セリアが魔法を展開する。
「反応なし……でも確かに……」
リシアの声が小さくなる。
「見えない場所で……何かが」
ゼノスが静かに言う。
『始まったな』
レインが剣に手を置く。
「何がだよ」
『再定義だ』
空が、ほんのわずかに“ずれる”。
青は青のまま。
だがその奥に、別の層が重なっていく。
レインはそれを見上げる。
「……またかよ」
ミナが小さく笑う。
「休ませてくれない感じ?」
セリアはため息をつく。
「むしろこれからが本番でしょ」
リシアは静かに言う。
「終わらなかったね」
ネアは最後に呟く。
「ううん」
「終わり方が変わっただけ」
レインは剣を肩に担ぐ。
「ならいい」
「来るなら来い」
ゼノスが静かに締める。
『世界は修正を続ける』
『お前はそれに対する“誤差”だ』
レインは空を見上げる。
「誤差上等だ」
その言葉と同時に。
空の奥で、もう一つの“視線”が目を開いた。




