評価外
青空は戻っていた。
王都の上には雲が流れ、鳥が飛び、風が吹いている。
――何事もなかったかのように。
レインは地面に座ったまま、その空を見上げていた。
「……なあ」
ぽつりと呟く。
「これ、本当に戻ってるよな?」
ミナが隣で腕を組む。
「戻ってる“風”には見える」
「言い方怖いな」
セリアは空を観測する魔法陣を解除しながら眉をひそめた。
「異常値は消えた。少なくとも表面上は」
リシアは少し不安そうに周囲を見回す。
「でも……なんか静かすぎる気がする」
ネアは何も言わず、空を見ていた。
その目だけが、まだ“向こう側”を見ているようだった。
ゼノスが静かに告げる。
『監督者は撤退した』
「ほんとに?」
『評価フレームが破壊された以上、直接干渉はできない』
レインは少しだけ安心したように息を吐く。
「じゃあ終わりだな」
ゼノスは答えない。
代わりに、少し間を置いて言った。
『“評価外”として残った』
レインの動きが止まる。
「評価外?」
『存在として定義できないものは、観測系統から外される』
ミナが嫌な顔をする。
「それ、いいことじゃないの?」
『いいとは限らない』
セリアが小さく呟く。
「管理されなくなるってことは……」
「逆に“自由にされる”ってことでもある」
リシアが続ける。
空気が少し重くなる。
ネアがぽつりと言った。
「……見えなくなるだけ」
その言葉に、レインが振り向く。
「どういう意味だ」
ネアは空を見たまま答える。
「向こう側にとって、“もう見てない存在”になる」
風が一瞬止まった。
その瞬間だった。
――パキ。
ほんの小さな音。
誰もが空を見上げる。
だが何もない。
セリアが眉をひそめる。
「今の……」
「聞こえた」
ミナが即答する。
レインは立ち上がる。
義腕が、わずかに熱を持っていた。
ゼノスが静かに言う。
『評価外は“存在しない扱い”になる』
「さっき聞いた」
『ならば、どうなると思う』
レインは空を見る。
そして、嫌な答えにたどり着く。
「……好きにされる」
その瞬間。
空に“もう一つのひび”が走った。
今度は小さくない。
明確に“見える”。
黒ではない。
透明。
まるで空そのものが割れているような裂け目。
ネアが震える声で言う。
「違う……これ」
「第二層じゃない」
レインが振り向く。
「じゃあ何だ」
ネアはゆっくり答えた。
「“観測されない側”」
ゼノスの声が一段低くなる。
『来るぞ』
空の裂け目の向こうに、何かが“覗いた”。
目ではない。
形でもない。
ただ――
“意志”だけが、こちらを見ている。
そして。
声が響いた。
『認識外領域確認』
レインの背筋が冷える。
ミナが呟く。
「また新しいの……?」
セリアが歯を食いしばる。
「終わったんじゃなかったの……?」
その“意志”は続ける。
『評価系統:無効』
『管理対象外』
『処理方針:未定』
沈黙。
そして。
『興味対象:確定』
空気が変わる。
さっきまでの“観測”とは違う。
もっと個人的な。
もっと直接的な。
レインは剣の柄に手を置く。
「……おい」
「今度は誰だよ」
裂け目の向こうの“意志”が、わずかに揺れる。
まるで笑ったように。
『君は』
『どこから来た?』
その瞬間。
世界は“次の段階”へ進んだ。




